第35話 薪ストーブ

「何、ここ・・・」


私の家にやってきて、ヒナミさんが初めて言った言葉がそれだった。


「バイク乗りの理想郷じゃない」


と言いながら、壁際にある工具類を漁っている。


「勝手に触らないでよ。わかんなくなったらどうするの」


とはるなっちが言ってるが、それ私のなんだけどなぁ。

意味もなくスナップオンの工具を並べたり磨いたりしているから愛着が湧いてきたのかも。


私は全く工具とかに興味なかったから、バイク乗ってる人ってこんな感じで工具類とか大好きなのかしら。

あ、でも高藤先輩はそうでもなかったな。カメラと座椅子には反応してたけど。


「ちょっと待ってて、ストーブ着けるから、その間そこに電気ストーブで温まっててよ」


と言ってガレージにある電気ストーブのスイッチを入れる。

これははるなっちが家から「使ってないから持ってきた」と勝手に持ってきたもので、これから寒くなると工具が冷えるから、温めるために持ってきたとか言ってるやつだったりする。寒くなってもバイクはいじるのね。


さて、ストーブをつけるのがちょっと一苦労だけど。


とりあえず、ガレージの片隅に積んである薪をいくつかキャリーに乗せて転がしてくる。薪ストーブはガレージと居間の間のレンガが並べられた上に置かれている。壁際にもレンガの壁が設けてあって、その横に薪おきがあったんだけど。

ガレージからタイヤのついたキャリーで運んでそのまま横に置いておけば薪置き場となるため、レンガの壁のところはいまは洗濯物を干すところとなっている。ものすごくよく乾くので冬でも洗濯が楽になったわ。

今日は洗濯してないので、そこには物干しが立てかけてあるだけ。


ストーブは業者さんがやってきてメンテナンスをしてくれた後、江川さんと扱い方をしっかりと聞いていたけど


ダッチウエストとかいうアメリカの会社ので、2次燃焼とかリーンバーンとか触媒とか、なんか難しいことを言われてしまったけれど、なんか環境にも優しいストーブらしいと言う話を聞かされた。

煙を何度も燃焼室で燃やすことで、触媒を使うことで害のないようにして煙突から放出するとかで。最近の薪ストーブは環境についても考えられてて、街中で使ってて問題ない、とか言ってたように思う。

でも、街中で薪とかおくとこないと思うけど。

灰も捨てるとこなさそうだし。


一人で着けられるようになったのはごく最近。最初は途中で消えたりすると面倒くさいのでエアコンにしてたのだけれど。


でも、外気温がマイナス5度とかの朝が来る時に、エアコンの暖房を入れてても室温が一桁にしか上がらず、寒すぎるとエアコンがが役に立たないことを知り、ここで生きていく上では薪ストーブを使えないと命に関わると思い使い方を必死で練習したのだった。

いや、外気温が寒くなりすぎるとエアコンが効かなくなるなんて普通体験しないし。


それに、江川さん曰く「この家は大きな吹き抜けがあるからエアコンだけじゃ暖まらないよ」と言われ、最初から薪ストーブによる暖房を狙った作りとなっていると教えてもらった。

でも薪割りとか私できないし。

と思ってたら、薪はすでに割って乾燥させたのが売ってあると言われた。

燃料代も灯油とあんまし変わんないとも言われちょっと安心したのだけれど。


何せ、手間隙がかかる。

前の扉を開けて残った灰を火かき棒で探ってみると、燃えさしが残っているのを発見した。

やった、これがあると楽だわ。


早速庭先で拾ってきた小枝、通販でやってくる段ボールを刻んだもの、を放り込み、横にある火吹き棒で息を吹きかける。


2、3回息をかけると、煙が出始め、ポッと音がして炎が燃え上がった。


よしよし。これから火を育てていかないと。

横にある小さく割った薪を入れ始めると、背後に二人がやってくる気配を感じた


「何!薪ストーブとかあるの!」


ヒナミさんがすごく目を輝かせて覗き込んできた。


「すごい、マミーのノンニんとこ行った時に見たことあるけど、日本で持ってる人とかいるんだ」


マミーのノンニ? 頭に包帯でぐるぐる巻にされたミイラ男が頭に浮かんでしまったけど、これはゲームの影響よね。


とりあえず、火を育てるには集中しないと、途中で消えてしまうこともあるので。

適当に話を合わせながら、私は火をしっかりと見守り、勢いが弱まらないようにと慎重に薪を追加していく。


段々火力が上がってくると、室内がほんのり温まり始めてきた。

薪ストーブはこの温まってくる感じがとても心地いい。


いっとき火がつくまではヒナミさん後ろから眺めてたけど、途中で飽きたのか家の中を勝手に色々と見回り始めたようだ。暖かくなってきたので動き回る気になったのかもしれない。

はるなっちが勝手に色々開けて説明してるけど大丈夫なのかなぁ。


炎が安定したところで、太い薪を入れストーブの空気取り入れ口を全開にして

煙突効果で空気の流れを作り、あとは自然に炎が太い薪に移っていくのを待つ。大体20分くらいこのまましておけばいいかしら。

最初にガンガン燃やして家の温度を一気にあげる。


手につけてた革のミトン手袋を外し後ろを見ると。ハーマンミラーの椅子にゆったりと座ってスマホを扱っているヒナミさんの姿が。


「何ここ、学生が一人で暮らしてていい家じゃないわ。なんて贅沢なとこなの。

ねぇ、Wi-Fiのパスワード教えてよ」


すっかり我が家気分でくつろいでる。

初めて家に来てここまでくつろいでるひと初めてみたわ。はるなっちですら最初は高そうな椅子とか家具には近付かなかったのに。


パスワードを教えてあげると


「いいわね、薪ストーブのこの暖かさ。

イタリアで、家族で過ごした冬を思い出すわ」


「今年はイタリアに行かないの?」


「パ、・・・お父さんが地域の区役っていうのかしら、今年の地域イベントのまとめ役とかになったみたい。

どんど焼きまでは家にいないといけないって言うから、私が家に残ることにしたわけ。パピーは一人じゃ何もできないし」


「ぷぷっパピーだって」


「海外じゃ普通なのよ!」


そう言ってヒナミさんは怒るけれど、なんかかわいい。


家全体が暖かくなってくると、3人とも薪ストーブの前でゴロゴロし始めたりして。


「薪ストーブっていいわねぇ」


なんて言いながらとろけてたりする。

ポニーテールに茶色の髪の毛をまとめて、横になりながら炎を眺めつつ、ヒナミさんが


「これ、ピザとか焼けないの?」


とか聞いてくる。イタリア人は火を見たらピザなのかしら。


「熾火になったらできるって。まだやったことないけど」


「うわ、じゃあ今度作ってみましょう!」


そんなことをヒナミさん言ってるが、もしや、この家に今後も通う気なのか。

段々と、放課後にバイク乗りが吹き溜まる家になってしまうのではないかと心配になってきた。




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