第36話 東京go 計画始動


ストーブに薪を追加して、上にのせているヤカンに水を入れる。

天板に貼り付けている温度計の針は200度を超えているので、そろそろ火の勢いを緩めても良さそうだ。


横にある空気取り込み口を閉じるとストーブの中の炎が弱まり赤い炎から透けたような色合いの炎へと変化していく。二時燃焼とかそう言うのがあるらしく、ゆらゆらと炎が揺れている。

この状態をあとは維持していけば大丈夫。


はるなっちは最初だけストーブの周りにいて体を炙っていたけれど、全体が温まってきたらすぐに工具のとこに行ってカブのネジを締め直したりし始めた。

ほんと、私の家をマイガレージだと思ってるのよね。

最近通販の部品とかも、私の家に届く時があるし。外にある置き配用のボックスになんか入ってるな、と思うと大抵はるなっちが買った何かの部品だったりする。

あと、はなんかよくわからないアウトドアグッズなどもガレージに並んでき始めていて、すっかり自分の趣味の部屋と思っている感じ。

まぁいいけど。


同級生とかは、Kポップ聞いたり日本の歌手で誰が好きとか、ドラマの俳優の名前とかそういうので話をしているというのに、私たちはいつもバイクかそれに関連する趣味の話ばかり。


こういう女子高生って将来大丈夫なのかしら。はるなっちなんか見た目ギャルで可愛いのに、話すと残念な子になってるし。


とりあえず、お湯が沸いたらお茶でも淹れようかしら。

と思っていると


「できたわよ〜」


とヒナミさんが声をかけてきた。

私たちでは飛行機のチケットの取り方がわからないので、代わりにとってもらっていたのだった。


「予約はできたから、明日には振り込んでおかないとダメよ」


「振り込み?」


「未成年だからクレジットカード持ってないでしょ?お金は振り込みか、通帳から送金するの、それくらいは自分でやってよ」


それくらいなら、学校の帰りにでもできるだろう。


「今後のこともあるから、やり方覚えておいた方がいいわよ。

アプリ入れておいてあげるから二人ともスマホかして」


そう言って、ささっとアプリを入れてしまい。

「飛行機乗る時、このアプリ使って乗ったりもできるから」

とかそんなことを言われる。


「それに、飛行機でWi-Fi使うときにこれが入ってないと無理なのよ、あと予約が急に変更になった時、飛行機が飛ばない時なんかにすぐ変更ができるから便利だし」


と色々言われるが、まず自分で飛行機のチケット買ったりしたことがないので、何のことやらよくわからない。まぁ飛行機乗る人は入れておくアプリなのだろう。


それからは宿泊先、帰りのチケットなどを予約していくのだが。


「せっかく東京行くなら、レンタルバイク借りて横浜走ってみない?」


とヒナミさんが言う。


世の中にはレンタルバイクというものがあって、バイク屋さんに予約入れておくと借りることができるのだそうな。


「でもあんたマミーの見送りがあるんじゃないの?」


ちょっとニヤッとしながらはるなっちが言うと


「22日の飛行機でイタリアに飛ぶから、23日、24日は時間があるの。25日まで横浜にいる予定。あなたたちも23日に約束があるんでしょ? 25日に帰るようにして、24日はちょっとツーリングしてみない?」


「東京をバイクで走ると、黒い大きな車に煽られたりしないの?」


「横浜は東京じゃないわよ」


「横浜って東京じゃないの?」


「・・・これだから田舎者は」


そう言ってヒナミさんはGoogleマップを広げて見せてくれる。あ、東京都横浜区とかじゃなくて神奈川県とかいうあまり聞いたことのない県にあったんだ。


「田舎者は、ってあんたも熊本人じゃない」


「私はマミーについていって東京とかよく行くし。あっちの事情は結構しってるの。だから案内してあげれるのよ。

横浜から京急でよく東京に行ってたから、品川、山手線とかまでは大体わかるわ。」


「東京ってたくさん電車走ってるんだっけ?」


私が聞くと


「豊肥本線と同じとか思ったらダメ。横浜から東京行くのに京急とかJR横須賀線とかもあるし。東京だと地下鉄もたくさんあるから」


と言って路線図なるものを見せてくれたが


「なにこれ」


「これが、東京の電車の路線」


全くわからない。赤いのとか青いのとか茶色いのとか線がのたくって這いまわっているようにしか見えない。

これを乗り継いで目的地まで行くとか、一人じゃ絶対無理。


「うわーこんなにあるんだ。ほんとヒナミに手伝ってもらわないと無理だったわね」


「今日、駐輪場で私と出会えたことに感謝しなさい」


「ははーありがたやありがたや」


とか言いながら私とはるなっちが拝んでたりする。

それからは私の素性に対して根掘り葉掘り聞かれて、ヒナミさんは


「お高いバイク乗ってただの金持ちかと思ってたけど、なんかごめんね。

両親とか親戚もいない生活してたとか知らなくて」


と言ってくれる。割とこの人素直で真面目な人なのではないか。

だが、バイクに関しての話になると急変する。この家にある工具やガレージの話になるとみんな盛り上がってしまい、お茶をおかわりするくらいの時間、たっぷり話し込んでしまった。ヒナミさんは海外のバイクについて詳しいので、はるなっちとは違う知識が押し付けられてくる。

今度時間ある時に店に来たらとか言われてしまった。

話で盛り上がったせいで外が真っ暗になってるけれど。


「ここからはるなっちは家近いからいいけど、ヒナミさんは大丈夫?」


と聞いてみると


「ここからなら国道とか大きな道路通っていけるから、そう問題ないわ。でも、明日何にもないなら、ここに泊まっていきたいわね〜」


と名残惜しそうに、ストーブ前で炙ってあっためていたジャケットをなでなでしている。


「ねぇ、明日泊まってもいい?」


いきなり急展開


まぁ、なにも問題ないか。


そう思って口を開きかけると


「なに、それなら私も泊まる」


と、はるなっち。


「はるながいた方が都合がいいわ。明日さ、そのレンタルバイクとか、東京の事でもっと打ち合わせした方がいいと思って。明後日休みだし」


「寝具はないから、それだけ持ってきてくれたら大丈夫」


と私が答えると、ヒナミさんは


「ありがとう、これから大津さんのこと大津っちって呼ぶけどいい?私のことはヒナミって呼んでもいいからさ」


大津っちって、何かたまごっちみたいでかわいい、というかそんな呼ばれ方されたことがない。名前が言いやすいのでみんな名前で呼ぶ人が多いのだ。


「別にいいけど、じゃあ私はヒナっちって呼ぶけど」


というと、ヒナっちは笑って


「いいわそれで、じゃあ明日またよろしくね」


と言いながら、温まったジャケットと手袋を持ってバイクへ乗る準備を始める。


「私は明日一回家に帰ってからくるから、またよろしくね」


とはるなっち。

ガレージのシャッターを開けると、一気に冷たい風が入り込んでくる。部屋着のジャージ上下姿の私は身をすくめてしまう。

リビングとガレージの間にはガラスの扉があるので家の中までは冷気は入ってこないけど。


二人は手をあげて、暗く切り取られた向こうへ、それぞれの乾いたエンジン音を響かせながら走り去っていった。


今まで賑やかだった室内が急に静かになる。

シャッターを閉めてしまうと、家の中には

薪がはぜる音。ヤカンのお湯が沸く音が響いていた








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