スーパー フォア 

スコ・トサマ

バイクと友人と私

CB400スーパフォア

第1話 父の遺産

窓を開けると家の中にひんやりした空気が流れ込んでくる。

天気はいいのに空気はまだ冷たい、道端にはスイセンの花が咲き始め、外にある街路樹に小さな蕾が見えるようになってきた。

この地域では、毎年3月後半にはこの桜並木が見事に咲き誇る。


「ここの桜並木が美しいから、このアパートにしたんだからね!」


と母はいつもこの時期になると、嬉しそうにそんなことを言いながら笑っていた。

街頭に照らされて夜桜も楽しめるので、桜の時期はこの通りは賑やかになる。


ベランダの柵にもたれ、道路を走る車の音と、遠くの公園から聞こえる子供の声を聞きながら、去年母と眺めた桜並木を思い出す。

去年は何を一緒に食べていただろうか。アサヒカニだったかな、島原の車エビだったかな。

なぜか桜の時期は海鮮を焼いて食べるという習慣この家には存在していたのだ。


このアパートにやってきてから毎年何を食べていたのか、桜と母の笑顔とともに思い出していると、けたたましく電話が鳴り響く。


急いで部屋の中に戻りベッドの上で充電中のスマホを手に取ると知らない番号が表示されていた。

ここしばらく、毎日のように知らない電話からかかってくるので気にせずそのまま電話を受ける。


「大津さくらさんですか?」


とスマホからは落ち着いた男性の声が聞こえてきた。ここ数日出会ってきた母の親戚という人たちとも違う。


「はい、さくらです」


「私、丸木司法書士事務所の江川と申しますが、お父様のことがわかりました」


息を呑み、スマホをグッと耳に引き寄せた


「・・・お父様は、2月に亡くなってます」


頭の中が真っ暗になった、思考が停止するというのはこういうものだろうか。


父が死んでいたとは。


今日は3月5日



母が亡くなったのは2月25日



人間というのはあっという間に命が失われるもので、母は昨年12月に癌が見つかってからほんの2ヶ月で旅立ってしまったのだ。


それから会ったことのない親戚と名乗る人達が大勢やってきて、いつの間にか母は骨壷に入れられ、一族の墓へと納められていく。

母は特に宗教に入っていないため、葬儀や他の手続きは実家のやり方で行ったそうだが私にとってはどうでもいいことだった。


全てが終わった後、私は一人荷物が半分以上減ったアパートに佇んでいた。

母の遺影もお骨も無く、自分の荷物だけが置かれた部屋。


母の親戚と名乗る人達は母が残してくれたものについて、司法書士の人に全て任せてあるのでそこで話を聞くようにと言われ。

私の今後は、父親を頼るように言われた。もう高校生なのだから一人でも大丈夫だろうということも。


母親の親族は元々父との結婚には反対だったらしく、私の存在についてもあまり良い思いを持っていないらしい。これは母から以前聞いたことだが詳しい原因はわからない。だから母も父と結婚してからは親類に会うことは避けていた。

父と別れてからも、私を親族にあわせることはせず、むしろ親族はいないような話をしていたくらい。


父は私が幼い時に母と別れ、連絡先も何もわからない。

母の電話に登録されていたのは以前の携帯の番号で、そこにかけても返事はないため、司法書士の人からの連絡待ちとなっていたのだった。


だが、その父がすでに死んでいる。


「・・・それで、お父様の遺産の方が色々とありまして。近日中にその確認などをして欲しいのですが」


と聞こえてくる言葉の内容について、あまり考える余裕もなくただ返事をしていたことだけは覚えている。

色々続けてあると、なんだか全てどうでもよくなってくる


<>


 

 江川さんの車に乗せられてやってきたのは阿蘇だった。

母親の軽自動車に乗せられてワラビ狩りなどに連れてきてもらった記憶もあるし、何か学校の行事があると阿蘇に連れてこられてた記憶もある。なので全く知らない土地ではない。

今住んでいるアパートが建軍自衛隊の近くだから、大体1時間ほどの距離だった。

国道57号線から行くより山沿いのミルクロードから入った方がいいらしく、しばらく阿蘇の草原を走った後にクネクネとした峠を降りて、外輪山に囲まれた阿蘇市 内牧へと降りてきて。そこからさらに森に入り木々に覆われた道を進むと、左右に小洒落た家が立ち並ぶところへ出てきた。熊本ではなく福岡あたりの人たちが別荘としてこの辺りに家を持っているそうで、さくらには「なぜ家をいくつも持つ必要があるのか」が疑問に思えた。


「都会で人にまみれて仕事をしていると、田舎でのんびり休みたくなるんですよ」


と江川さんが教えてくれたが、それならホテルでいいではないかと思う。家の掃除とかどうするんだろう?


「確かに管理を人に頼んだりするのでお金も余計にかかりますが、お金を持っているならそれくらい問題ないんですよ。あとは自分で管理もして楽しむ人もいますし。

生活のための家ではなく、趣味のための家。それくらい稼いでいきたいもんですよ」


と言いながらハンドルを叩いている。江川さんの車はよく街中で見かける、犬みたいな顔したやつで奥さまが主に乗っているのだとか。フィットとか言ってた気がする。

今回は狭い道を走るので借りてきたので、自分が乗っているのはインテグラという昔の車なのだとか。

色々説明されたけれど興味がないのでほとんど聞き流していた。ブイテック?が何とか言ってたけどよくわからない。

そんな自分の趣味に打ち込める家を別に買えるというのが羨ましいとのことだった。

だったら江川さんも別荘買えば良いのに。


別荘地からさらに外れて、車一台が通れるくらいの狭い道に入り込むと周りの草木が刈り取られた開けた空間が現れて、そこに黒くて四角い家が立っていた。

見た目に田んぼ一つ分くらいの土地が切り開かれ、そこからは阿蘇の外輪山がよく見える。


鉄板で覆われたような家で、見た目はサイコロのよう。窓が大きく開いていてこちらから向こうにある樹木の様子もよく見えるくらいだった。


「この土地、家がお父様のもので、ずっと使っていない別荘だったようです。

こちらの相続がさくらさんになっておりまして・・・」


と専門的な話をされるが、要はこの家をもらえるということらしい。

父は母と別れた後は海外で主に仕事をしており。たまに日本に帰ってきたときに以前はこの別荘で過ごしていたのだとか。

父の仕事については江川さんも知らないらしく、その辺りは別の方に聞いてほしいと名刺を渡された。

弁護士事務所がどうとか書いてあるけれど今はそちらのことを考える余裕がないので、持っていたポーチの中に放り込んでおく。


この別荘を相続するか、売り払って相続税を支払う足しにするのか、などそういう話をされながら家を見て回ることに。


家の周囲は砂利が敷き詰められ、シャッターの前から道路まではコンクリートで固めてある。

レンガとコンクリートをうまく使って家の周りが雑草に覆われないようにしてあり、外にはバーベキュー台や石窯などもあったりする。

江川さんは妙にそれらに興味を持ち、中を確認してる。こういうの欲しいなぁとか口にしながら。


鍵を開けてもらい、家の中に入ると中は大きな木の柱がまず目に飛び込んでくる。

直径30センチ以上はありそうな

梁にも丸太が使われていて、内装は全て木の板で覆われている。

外から見ると鉄板に覆われた四角いサイコロなのに、家の中に入るとログハウスのような「木」の空間になっていた。

壁がほとんど窓なので、光が中に差し込みとても明るい。


1階の奥には煉瓦が積まれ、薪ストーブが置かれている。江川さんはそれにも興味を示したようで、ガチャガチャ開けたり閉めたりして「良いなぁ」とか言っている。

その横がそのままコンクリート剥き出しの土間になっている。1階の半分くらいが土間という作り。


「これは、ガレージハウスですね」


そう言って江川さんはシャッターをガラガラと開けていく。この土間の部分に車を置き、その横に薪ストーブ。

一段上がって、リビングとキッチンという作りになっていた。

1階はワンフロアの作りになっていて、真ん中にある大きな柱と四方に伸びている丸太の梁が家を支えてくれているらしい。

急な階段を登ると、2階があり、そこもワンフロア。

土間の方が吹き抜けになっていて、ストーブの熱が2階にもくるようになっているのだとか。


「お父様はよほどの車付きだったのでしょうね。2階からもガレージをよく見ることができますよ!」


と吹き抜けから身を乗り出して、嬉しそうに江川さんは言う。

こういう作りは男のロマンなのだそうで、ガレージハウスは憧れなのだと聞いてもいないのに色々と話してくれる。

好きな車と一緒に生活できるのがいいらしい。

ただ、車の方はすでに人に手渡されていてガレージには置かれていない。


「ローバーMINIとロータスの2台所有していたようですね、趣味人らしい車ですよ」


と手に持った書類をめくりながら江川さんが言う。

車の名前を言われても私にはわからない。


全体的に家具はなく、キッチンも作り付けの棚があったり、2階に作り付けの納戸のような収納がある程度。

生活感がほとんど無いのは、父の死後ここを管理していた人が片付けてしまったからだそうで、

ガレージには父が使っていたであろう車を整備する道具たちと、カバーがかかったものが置かれているだけだった。


その道具を眺めていると、江川さんが書類を眺めながらカバーのかかったもののところへ歩いていく。


「これは、お父様が何も指示をしてなかったらしく、このまま家とともにさくらさんのものとなるようですが」


そう言ってカバーをめくる。

そこには黒いバイクが存在していた。


丸いライトに羽のような模様がタンクに貼り付けてあって、近づいて書かれている文字を読んでみる。


「HONDA? CB400・・・スーパー フォア?」


書かれている文字を読むとそんな風に読める。


「CB400スーパーフォアですか。車の趣味からするとノートンとかトライアンフとか持ってそうなのに、スーフォアですか〜

どれどれ、インジェクションだから新しいやつですね。

VTECのRevoですか。車と家の趣味から見て、何か違和感はありますが、400なので近所の足にでも使ってたのかもしれませんねぇ」


と何に感心したのか江川さんがしみじみ語っている。

言ってる意味が全くわからない。


江川さんはバイクと、家の様子を一通りチェックしてから


「この家と、このCB400スーパーフォアが、お父様の遺産になります、受け取りますか?」


と聞いてきた。


母と過ごしたアパートでこれからも一人で生活するには、精神的に辛いものがある。

いつも母との生活を思い出してしまうからだ。


父との思い出はほぼ無い。

それに、この家、周りの環境が私は気に入ってしまった。阿蘇という場所も好きだし。一人で静かに時間を過ごすのが好きだし、この景色、自然の豊かな空間も大好きだ。

父が何を考えてこの家を手にしていたのか。そんなこともちょっと知りたいと思ったし。

江川さんが差し出したファイルを受け取りながら、


「受け継ぎます」


と私は言い、サインをした。



















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