永久凍土融解地獄

「でさ」


 妹は更に愚痴を言おうとしている。俺が今日、仕事が休みなのをいいことに。

 救いを求めるように、ソファで新聞を読む父を見た。


 一瞬目は合ったがすぐにそらされ、居心地が悪いのかテレビをつけてなおかつ新聞で顔を隠して知らぬふりをした。

 その新聞越しに、人でなし! と睨みつける。

 こういう時母がいてくれたら、と思うも、タイミング悪く母は友人達と旅行を楽しんでいた。


「これ、聞いたことある」


 愚痴を言うはずだった妹の口は閉じられ、テレビの画面を指差している。

 ちょうど車のCMが流れていて、街中を疾走する車の映像の裏で聞き馴染みのあるメロディーが流れていた。


「永久凍土融解地獄か」

「何それ?」

「ナナはたぶん知らないよ」

「知ってるかもしれないじゃん。どうしていつもそうやって決めつけるわけ?」

「悪かったよ。悪かったって」


 平謝りするも、いつもじゃないだろ、と心の中で反発する。

 妹は絶対に聞かない音楽で言ってもきっときょとんとするだろう、と俺は予想ができていた。


「ボイド曲だよ」


 ボイドことボイスドロイドは、某楽器・音響機器販売会社が作り出した、音声合成技術のことだ。それを応用した製品を使って、作詞作曲した音楽をキャラクターに歌わせて動画サイトにあげる人が続出し、ある界隈では人気となっている。


「あーボイドか」

「え、知ってるの?」

「知ってちゃ悪い?」

「そんなことはないけど」


 けど、まさかそんな反応が来るとは思わなかった。だって、そう、あれは十年くらい前のこと。忘れもしない、初夏の頃だ。

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