Boys Bravo!
乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh
Track 01 不良少年の唄
これで何度目だろうか。
タロがまたフラれたらしい。学生時代から絶えず彼女(と言う名のエッチ友達)が入れ替わっている。しかしここ数ヶ月フラれまくって調子崩してるな。メディアに露出してここ数年は入れ替わりが幾分かスローだが。
俺の相棒は女性と付き合うのには全く向いていない。性格が割とアレだ。二言目には『ジロちゃん』『モンちゃん』(俺の本名は小林紋次郎)だし二〇年程片想いの大本命の女がいる。秀才故にそこら辺に転がる奴と頭の造りが異なるのだろう。
「フラれたんじゃねぇ。フラれるように仕向けたのよ」
本番前の楽屋でタロは女性兵士のプラモデルの素組みをする。一見自由に見えるがこれでも緊張している。今日は大本命の女が観に来る。地元の限定感謝ライブでも愛する舞美が関係者席にいれば緊張はするらしい。いつもなら塗料持ち込んでコサコ氏にドヤされるが今日は大人しく素組みだけとは……借りて来た猫だな。
「最近それ言うよね。今回は何て言われたの?」
「『おっぱい揉んでねんねして、だっこせずおんぶせずまた明日でつまんない』ンだと」
ゲンコツ山の狸さんかよ。
「社長命令でクールなイメージ守る為に寡黙に過ごさなきゃならないのは同情するけど。ってかその手の友達とセックスしないってそりゃフラれるよ。俺が心配するのも変だけどもうストック切れたんじゃない?」
「そーなのよ。ストックゼロ。……ジロちゃんがおねーちゃんだったらなぁ。気兼ねなく喋れるし体力あるし何発でもヤれそう」
「うわ、きんもっ。俺はタロとセックスしたくないよ」
「舞美さんとなら今すぐ合体してぇー。お婿に行きてぇー。俺のヴィーナスは舞美さんだもん。舞美さんがニコニコでいてくれるなら何だってしてあげる。また舞美さんの手料理毎日食いてぇ。パンツ一緒に洗って貰いてぇ。舞美さんのおっぱいに埋もれてぇ」
「士気に関わるから黙ってくんない?」
★★★★★
今でこそ気持ち悪い程に仲は良好だが出会いは最悪だった。
中学にめちゃくちゃ目立つ奴がいた。伝説の男、それがタロだ。長いウェービーな赤毛、ターコイズブルーの瞳、中坊とは思えない上背と体格……。うちの中学の男子は耳と眉に掛からない程度の髪型を保たなければならない。故に校内では非常に目立った存在だった。父子家庭が崩壊してる事、父親が放任主義である事、母方の祖母がアイルランド人故に目を瞑られたのもあるだろう。しかしそれだけではない。中三にして東大の赤本を解いていた。つまりは学校きって、いや都内きっての、いやいや若しかしたら日本一の秀才だった。
東條太朗の伝説は運動部の俺の耳にも入った。授業中は寝てるかヘッドフォンでお経をノリノリで聴いているかで、休み時間は廊下を占拠してコンドームをパック代わりに箒でアイスホッケー大会、スズランテープで三階の教室からバンジージャンプ、講堂集会で大スクリーンをジャックしてNTRのエロDVDを流すのはザラだった。更には校内スケッチ大会で、校舎裏で青姦に興じる体育教官と美術講師を写実に描き印刷したフライヤーを大量にばら撒いて呼び出された超問題児だ。中一で筆下ろしを済ませ常に年上のエッチ友達を五人もストックし、高校生と喧嘩しても負け知らず。全国模試一位の看板を守り続ける秀才の癖に頭のネジがぶっ飛んでロックな不良だった。
同じクラスでは無かったしタロは帰宅部、俺は陸上部の短距離選手だったので接点も全く無かった。表彰台常連の俺はエースの看板を背負っていたし、部員かクラスの奴らとしかつるまない。クラス委員等、面倒な仕事も背負わされて忙しかった。勉強はドベだったが足の速さに恵まれ、古くよりオリンピック選手を輩出する上野高校も『スポーツ特待生として進学して欲しい』と俺を青田買いする程だった。東大への花道の御三家、若しくは海外の有名大学へ進むだろうタロとは住む世界が違った。
本当に全く接点がなかった。しかし三年次に隣のクラスになってから矢鱈とタロがガンつけてくるようになった。当時から俺も割と身長ある方だったけど(中三で一七三センチあったな)、バリバリの外人顔(少し童顔だけど)に凄まれると少し怯む。そもそも伝説の男に目をつけられるなんて御免被りたい。何でガンつけるの。俺、東條太朗に何かした?
キョドッても舐められるし突っかかるのも面倒臭い(派手に騒いだ時点で進学が吹っ飛ぶ。俺まだ走りたいよ)。相手にしなかった……しかし夏休み直前のある日、廊下ですれ違いざまに横っ面を殴られた。
「ムカつく」
それが右フックを掛けた理由であり、タロが掛けた第一声だった。訳分からん。
ああ。殴り返してやったとも。俺もムカついていた。毎日毎日ガンつけられるのもストレスだ。それに進学気にしてやり返せないのも悔しい。いや、殴られた時点で進学なんて頭から吹っ飛んでた。
無我夢中で殴り合った。廊下の男子どもやタロの取り巻きは指笛を吹き声援を送り、女子は『やめてよ』と悲痛な叫び声を上げる。真面目系女子が呼んだだろう顧問が止めに入るまで俺とタロは殴り合った。
喧嘩の仕方を知るタロが始めは優勢だった。しかし部活で筋トレをこなし筋瞬発力に恵まれた俺に勝利の女神は微笑みかけた。……微笑んだんじゃない。微笑み掛けたんだ。止めに入った顧問に四肢押さえつけられる迄は確信してたのに。
顧問と柔道の講師に引きずられ俺とタロは進路指導室で説教を喰らった。互いの担任も現れクドクド説教し倒された。『小林は今回の件は内々に済ます。以後進学に向けて慎むように』と俺の担任恩田は言った。しかしタロについては『お前は秀才だが素行不良の問題児だ。特に理由らしい理由もなく先に手を出したお前を庇いきれない。悪戯は兎も角暴力は目を瞑れない。今回の一件は内申に響かせるぞ』とタロの担任の瀬川が冷酷な判断を下した。タロは御意見無用とばかりに全開にしたシャツの裾で鼻血をかんでいた。
何で俺だけが守られるんだよ。それこそ訳分からん。他のクラスの采配に口出すのも何だが俺は当事者だ。
「瀬川センセ、それこそムカつきます。俺だって殴りました。進学なんてクソ食らえって殴り返しました。俺も罰則食らわなきゃ納得いきません」
瀬川と互いを見据えた恩田は声を低くする。
「小林。お前はドベのお馬鹿だが模範生だ。部活で忙しいのにクラス委員も担い、クラス内での揉め事もお前が公平に片付けている。俺は担任として鼻が高いし、お前の人望抜きにクラスの運営は考えられない。その上、お前は上野校に高く評価され青田買いされている。傷物で渡す訳にはいかん。慎め」
「嫌です」
俺と恩田が睨み合っているとタロは鼻を鳴らす。
「ばーかじゃねぇの。恩田のおっさんが庇ってんのによ。お馬鹿の模範生はみゃーみゃー鳴いてケツ舐められてろ」
この野郎。お前に助け舟出される程落ちぶれちゃねーよ。
「は? 俺の勝手だろ? 諸悪の根源はお前じゃねーか。お前が殴らなきゃ俺も殴らなかった」
「ムカつくから殴ったんだよ!」
「俺だってその面見てるとムカつくよ」
「あ? やんのか?」
「ケリつけんぞ」
二人同時に椅子から立ち上がると恩田は机に拳を突き下ろした。
「いい加減にしろ! お前ら夏休み没収!」
晩秋に開催されるジュニアオリンピックも視野に入れていたので元から俺には夏休みはないのと同然だった。ってか運動部に入れば年間の休みなんて雀の涙だ(満足に休めず家業すら手伝わないのは長男としてどうかと思うが)。その上部活の昼休みに東條太朗先生様の補習を受けなければならなくなった。模範生と称えられようが俺の成績順位はケツ、良くてブービー。スポーツ特待生とは言えキングオブお馬鹿を上野高校に進学させる訳にはいかないのが恩田の悩みだった。そこに東條太朗先生様が喧嘩を大安売りして専属講師を担ってくれた訳だ。救いようもない程にお馬鹿な俺にとっても補習は罰だったし(何よりも喧嘩沙汰をお袋に知られたのが痛かった。俺ん家母子家庭だから心配かけたくないんだよ)、お馬鹿に勉強を教えなければならない秀才タロ先生にとっても罰だった。
午前のメニューをこなすとシャワーを浴びて制服に着替え、教室へ向かう。不良秀才様は馬鹿の相手はしないだろう。登校してるか怪しいが一応教室を覗いてから弁当食うか。俺って律儀。
引き戸を開けると教室には和柄のアロハシャツ姿のタロがいた。踵を踏み潰した上履きのまま机に乗り、八段ものトランプタワーを作っていた。うわー暇人。しかし俺に気付くとタワーを手刀で惜しげもなく崩す。鼻を鳴らしたタロは『そこに座れ』とテキストを取り出した。えー。うそーん。信じられん。
タロはトランプの上にテキストとノートを乗せる。
うわうわ。マジか。信じられん。博打でも教わるのかと思いきや休み時間まるまる潰して数学を見て貰った。正直驚いた。授業を聞くよりも遥かに分かり易い。息をするように水を飲むように勉強が楽だと感じた。誤答した問題も何処が引っ掛けで、どんな考え方が的確だったのか、とタロは実演してくれた。
時間を忘れて勉強に没頭していると顧問が迎えに来た。授業を展開するタロと真剣に聞き入る俺を見た顧問は感心する。
「よー、不良先生。お馬鹿を返して貰うぞ」
教卓の時計を見遣った俺は既に昼休みが終わっていた事に気付く。
「やべ。喰いそびれた」
「そんなに熱中してたのか? 早く喰っとけ」顧問はカラカラ笑う。
タロは鼻を鳴らすと何処かに行ってしまった。
……あ。お礼言うの忘れたな。
翌日も翌々日もタロは一日目のように飯も食わずに勉強を見てくれた。
「……あのさ。飯どうしてんの?」
俺の問いにタロは呟く。
「……テキトー」
「なら弁当食わない? お袋がさ『勉強見てくれるお礼に』って作ったんだ。俺ん家、中華屋だからさ、弁当も美味いよ?」
塩ビ製のスポーツリュックから弁当箱を二つ取り出し、赤いバンダナで包まれたドカ弁をタロに差し出した。赤ペンを置いたタロはバンダナを解くと黙々と弁当を喰った。気の所為か、時々洟を啜る音が聞こえた。
夏休み中はずっとそんな感じだった。
二学期が始まってもタロは昼休みに屋上近くの踊り場で勉強を見てくれた。ちょろちょろと互いの事を話すようになっていたって言うか、漫画や音楽の好みとかドンピシャで意気投合していた。殴り合ったのが遥か昔に感じる程だった。
無論その頃もお袋のお礼は続いていた。赤いバンダナに包まれたドカ弁はタロ専用。必ず小さなメモが付いている。大昔流行った丸文字で『いっぱい食べて大きくなってね!』とか『今日のチャーハンは自信作!』とか『タロちゃん残さず食べてくれるから大好き!』『いつかご飯食べる所見たいな』とか記してある。タロはメモを小鳥の雛のように優しく学ランの胸ポケットに仕舞う。そしてちゃんと『いただきます』と手を合わせて挨拶してから黙々と弁当を喰らう。食い終わるとちゃんと手を合わせて『ご馳走様』をする。キャンパスノートを破りちょっとしたイラストと『とても美味かったです。今日もご馳走様でした』と達筆なメモを添えて空の弁当箱を俺に返す。タロの感想はいつも同じだったが、それを読むお袋はとても嬉しそうだった。
返却された中間テストを見せるとお袋は飛び上がって喜んだ。どの教科も七〇点以上(中には九五点も!)で俺は成績上位者へ一気に駆け上がった。恩田にも『スポーツ特待生制度利用せずに高校受験でも上野は射程圏内だろうな。卒業までこの調子で頼むぞ』と笑われた。
お袋は『ジロも次の日曜休みでしょ? お礼したいからタロちゃん店に呼んで』と俺に頼んだ。その旨を伝えるとタロは暫く固まった。
当日一時丁度にタロは菓子折を下げて店にやって来た。一張羅のセルリアンブルーのスカジャンと長い赤毛、ターコイズブルーの瞳が目に眩しかった。まだ三〇半ばにも届かない笑顔美人のお袋を見たタロの顔は瞬時に赤面した。お袋はタロの為に前日から仕込んでいた料理を次々と出しつつ、カウンター越しにあれやこれやと質問攻めする。終始微笑みを浮かべるタロは敬語を操り一つ一つ真摯に答え、お袋の手料理をこれでもかと賛美し、またお袋を楽しませようと軽い冗談を飛ばす。そしてお袋を『舞美さん』と呼び俺を『紋次郎君』と呼んだ。うーん、気持ち悪い。唯我独尊、傍若無人に振る舞う学校ではとても考えられない態度だった。
しかし『高校何処に行くの? それとも飛び級で海外の大学とか?』とお袋が問うとタロは困ったように笑った。
「……働こうかと」
え。御三家受験違うの? 寝耳に水だ。
「どうして?」お袋は思わず眉を顰めた。
「親父の世話になるのはもう懲り懲りで」
大きな瞳を潤ませるお袋にタロは訥々と説明する。離婚前から親父さんが外で女を囲っている事、離婚して一年でお袋さんが他界した事、可愛がっていた五歳年下の弟が母方の祖母の許で暮らしている事、帰宅しても誰もいない事、そして誰も帰らない家である事。親父さんを憎んでいる事、働けば未成年でも親の庇護下から抜け出せる事、自由になれる金が欲しい事……。それを聞いたお袋は泣き出した。
「学校は好き……?」
頬に幾筋も涙を伝わらせたお袋にタロはティッシュを差し出す。
「……まあ。存分にヤンチャ出来ますしお馬鹿の面倒も見られますし」
「だったら……お父さんの手前苦しいだろうけど高校行って」
口籠るタロにお袋は吐露する。
「私ね……一七でジロちゃん産んだの。吉嗣さんと結婚できたしお店で楽しく料理できるしジロちゃん産んだ後悔なんて微塵もない。吉嗣さんね、ジロちゃんと店を残してさっさと死んじゃったけど。だけど私……高校行かなかった後悔はあるの。学校に行ったら友達に毎日会える。それにこの国じゃ幾ら頭がよくても学歴は壁となって立ちはだかるから……。私、この店を失ったら何処へも働けない」
「舞美さん……」
「お家に帰るのが辛ければ幾らでもウチに居ていいから。吉嗣さんの部屋片付ければいいから。ここ、タロちゃんのお家だから。お金が欲しければ、大金は無理だけどウチでバイトしてくれればいいから。だから……小うるさいおばさんのお願い。高校に行って?」
え。話が凄い方向へ飛び立ってるんだけど。おーいお袋、息子の意見聞かないの? ……まあ、タロはダチだし、部活漬けで店手伝えない息子なんて何も言えないけどさ。うーん、複雑。
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