第7話

「……?」


 考え事をしていた私の不意をついて、何かが髪に触れた。

 

『サラに似合うと思って、つい買ってしまったよ』


「へ……?」


 あまりに予想外の行動で、先ほどまで考えていたことが全て押し流されていく。


「私、こんな高価なもの、受け取れません……」


『もしかして、気に入らなかったかな?』


 ほんの少し、筆圧の弱まった文字。


「いえ、私も好きです。この色」


 誤解を招かぬよう、言葉を返す。

 そういうことではない、好みとかそういう話ではなくて。


『それなら、受け取ってほしい』


 私の言葉を待たずに走り書きされた文字を見て、なんだか顔が熱くなってくる。

 お金持ちの道楽だなんて、なんと失礼なことを考えてしまったのか。

 こうなってしまったら、贈り物は素直に受け取るべきなのだろう。

 たとえそれが、似合う気全くしなくとも。


「ありがとう、ございます」


 こんなことならば、少しは身だしなみを整える作法を学んでおくのだった。

 がさがさの髪に入れられる髪飾りに忍びない。


『やっぱり思った通りだ、似合っているよ』


 なんて事まで言われてしまったら、忍びない気持ちはどんどん加速する。


(本当、なんで私なんかに)


 お前がもっと美しければ。

 お前にもっと愛嬌があれば。

 昔からずっと、両親にはそう言われて育ってきた。

 

「あの、ノル様」


『あぁ、何だろうか』


 以前は理由も意味も気にする必要などない、と。そう思っていたが。

 ここまでされると流石に、意味も理由も気になりすぎる。


「どうして、私にここまでよくしてくださるのですか?」


 その言葉は自然に、口をついて出ていた。


「……」


 いつもならここで、質問を読んでいたかのように返答がすぐに返ってくるのだが。

 所在なさげにくるくると回されるペンから、答えに困っているのが見て取れる。


(あぁ、困らせてしまうことは分かっていただろうに)


 こういうのを愛嬌が無い、というのだろうか。

 素直に喜んで、感謝して、それで終わりでいいものを。


(ほんと、かわいくないやつ……)


 そろそろ帰りの馬車へと辿り着く頃になっても、ノル様はまだ悩んでいる様子で。

 それが返答のようにも思えた。


「変なことを聞いて申し訳ありませんでした。もう、お気になさらないでください」


 逆効果かもしれないとは分かりつつも。

 自分のためにもそう、言っておかねばならない気がした。


「さ、ノル様。帰りましょう」


 気になったのはただの気まぐれ。

 ここまで困らせると知っていたら、こんな疑問は口になどしなかった。



「……キミの」



 聞いたことのない、声がした。

 あまりの驚きに、自分で自分の目が丸くなっているのが分かる。


「キミの気を惹きたくて、つい」


 弱弱しくてたどたどしい、日頃のイメージとはまた違った声。


「だから、変な事は、聞いていない」


 声は後半につれてどんどん小さくなって、最後のほうはほとんど聞こえていなかった。

 

(……すごく澄んでいて、美しいお声)


 なぜ普段お声を隠していらっしゃるのだろうか。なんて疑問は、今は捨て置いて。


「その、なんというか、ありがとうございます」


 懐疑心などを一切取り払った、素直な気持ち。

 ノル様が私のことを気にかけてくれた。

 その気持ちがしっかりと伝わってきて、理由や意味はとりあえずどうでもよくなってしまった。


(また、顔が熱くなってきた)


 ノル様の表情はこんな時でも変わりがない。

 だがその内心まで表情と同じでないことは容易に分かる。


「……」


 再び無言に戻ってしまったノル様が、私の手を引いて馬車へ促す。

 帰路につく間、再びノル様が口を開くことはなく。

 心地よい沈黙の中に一抹の寂しさも生まれていた。


(またお声を聞ける機会が、来るといいな)


 きっとそんな事があれば、またノル様が困っている状況であろうに。

 そんな不届きなことを、思ってしまうのだった。

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