第6話

 市場は小さいころに一度だけ、訪れたことがあった。

 その時の思ったのは、こんな騒がしい場所二度とくるもんか、という散々なものではあったが。

 今日やってきた夜の市場はそんな印象とは真逆の、不自然なまでの静けさが広がっていた。


『絶対にはぐれないように、掴まっているんだ』


 街頭の薄明りの下で言伝られた言葉。

 その一言に従って、私はノル様の左腕へとしがみつく。


(この状況、周りにはどう見えているのだろう)


 まさか恋人とは思われないだろうし。兄妹、というにも無理がある。

 よくて親子、といったところだろうか。


(ノル様が変な風に思われないといいけど)


 暗い夜の街だからか、それとも元々周知をされていないのか。

 私たちを見て騒ぐような人物は今のところいない。

 つまり私の心配事は、杞憂に終わる可能性が高そうだ。


「あの、歩きにくくはありませんか?」


「……」


 余計なことまで気になって、無意味な問いをしてしまう。

 これだけ身長差のある相手がしがみついているのだ、歩きやすいわけがない。

 言った直後に自分でそこまで分かるのだから、なんと答えにくい質問だろうか。


『大丈夫だ、問題ない』


「そうですか。それならよろしいのですが……」


 概ね予想通りの返答に、私も急いで用意しておいた言葉を返す。


『サラは何か、好物などあるか?』


 続いていた沈黙に気を使ってくれたのか、今度はノル様の方から質問が飛んできた。


「好物……そうですね、プリンが好きです」


『ほう、プリンか』


「ではノル様は……わぷ」


 何かお好きな食べ物がございますか、と。

 続けようとしていた言葉はノル様が立ち止まったことでうやむやになってしまった。


「……」


「ノル様……?」


 珍しくノル様の視線が追えたので、視線の先を確認してみると。


(綺麗な髪飾り……)


 夕焼けの色をそのまま封じ込めたような鮮やかさの、名も知らぬ花を模した髪飾り。


「お客さん、お目が高いね。そいつはさる王朝の女王が身に着けていたものでね……」


「……」


 店主が商品についての聞いてもいないうんちくを語っている間も、ノル様の視線は微動だにせず髪飾りの方へ固定されている。


(こういう髪飾りが好みなのかな)


 他の貴族達と違って、ノル様は装飾の類をほとんど身に着けていない。

 

(……あるかもしれない、ギャップ萌え)


 ノル様は整った顔立ちをされているから、髪飾りもきっと似合うだろう。


(そう、私と違って)


『値段を聞いてもらえないか』


 トントン、と肩が叩かれて。

 ノル様が指示を出していたことにやっと気づいた。


「あ、あの。これ、いくらですか?」


 この流れなら私がねだっているような感じに見えて、違和感も少なくて済むだろうか。


「金貨一枚だよ、お嬢ちゃん」


 店主が指を一本突き立てて、にやりと笑いながらそう告げる。

 

(こういうものの相場は分からないけど、凄い値段……)


 金貨一枚というと、今日買った保存食すべての金額を足してもおつりが来るほどの金額だ。

 造りがいいものであるのは確かだが、それにしたってあまりにも。


(なんて、みみっちいことを考えるのは私だけなんだろうな)


 貴族というくくりで考えるのであれば、むしろ私のように考えるのが少数派であって、


「……」


「へへ、毎度あり」


 このぐらいならぽん、と出してしまえるのが普通なのだ。


(そういえば、私も金貨で買われた身だった)


 あの髪飾りを高いと思うのならば、私自身はどうなのだろう。


(私も装飾品みたいなものなのかな)


 私を買ったのも、気にかけてくれるのも、所詮はお金持ちの道楽のようなものかもしれない。

 あの金貨袋に見合う価値が、私にあったかは甚だ疑問ではあるが。

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