第4話

 ノル様と暮らし始めてしばらく経って、色々な事が分かってきた。

 まずノル様は私以上に夜型で、基本的に日の昇る時間に外へ出歩くことが無いこと。

 そのせいか、この屋敷へは来訪者がほとんど訪れないこと。

 そしてなにより、


『サラ、私が寝ている間何事もなかったか?』


 ノル様はとてもお優しい、ということ。


「私も先ほど起きたところですので……そういう意味では何事もなかったかもしれません」


『ふむ、そうか』


 数日置きに繰り返すこのやりとりは、もはや挨拶のようなものになっていて。

 

『では、食事にしようか』


 私たちの遅い一日は、この挨拶で始まるのだ。


「はい、ノル様。すぐに用意を致します」


 用意といっても料理の腕を振舞うような大層なものではなく、保存食を皿に載せるだけの簡単な作業なのだが。


『食料の備蓄、そろそろ切れる頃だったかな』


「そうですね……あと数日分、くらいでしょうか」


 他愛もない話をしながら、小さなパンを一切れかじるノル様。

 二人分を想定して用意している食事なのだが、基本的にその大半を私が頂いてしまっている。

 備蓄されていた量を見ても、ノル様は普段からあまり食事をされない方だったのだろう。

 しかしそれを見越して量を減らしてしまうと、


『今日の食事、量が少なくないか?』


 などとおっしゃられるのだ。

 つまるところ、この食事は私のために用意させているということなのだろう。


(しかしなぜ、ここまで優しくしてくださろうのだろうか)


 手際のよい手伝いを探していたのなら、没落寸前とはいえ貴族の娘などを選ぶ必要などない。

 あれだけの金貨を用意すれば、しかるべき場所の優秀な従者を雇えるだろう。


(まぁ、それを知ったところで何も意味はないのだから、下手なことを尋ねる必要もないのだけれど)


 身売り同然で追い出されたのだから、もっとひどい境遇に追いやられていた可能性もあった。

 それがここまで自由にさせてもらっている上に、むしろ前の家にいたときよりも居心地がよいのだから、些細なことは気にしないのが吉だろう。


『それでは明日、市場へ行こうか』


「はい、そうですね。市場、へ……」


 いつものように返事をしようとして、一瞬固まってしまった。


『どうした?何か問題でもあったか』


「いえ、そんなことは……」


 確かに外に出歩くのはあまり好きではないが、今気になったのはその部分ではなくて。

 とはいえ、問題というほどのことでもないのだが。


『私だって、外出ぐらいするさ』


 そんな私の心中を見透かしたような一言。

 少しだけ早足で書かれたその文字は、からかっているようにも拗ねているようにも見えて。


「……ふふっ」


 思わず笑みがこぼれてしまった。

 ノル様はどう考えても、私と同じ出不精としか思えない。

 そんなノル様がわざわざそう言ってくれたものだから。


(外に出るのが楽しみなんて、いつぶりのことだろうか)


 ソファで横になりながら、窓から差し込む月明りを見つめる。


『ベッドの空きはいくつでもあるから、遠慮しなくてもよいのだが』


 この屋敷へ来た初日、ノル様に言われた言葉がふと浮かんできた。

 家にいる時にソファでよく寝ていたから、こちらの方がしっくりくるというだけなのだが。

 ノル様はやたらと細かいところまで気にされる。


(尋ねる必要なんてない、ない、けど……いつか聞ける日は来るだろうか)


 そんなことあるわけないとは思いつつ、もしかしたら期待している答えが返ってくるかもしれない。


(なんだ、期待している、答え……って)


 そんなよくわからないことを考えながら、私はゆっくりと眼を瞑った。

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