第3話

 馬車に揺られてどれほど経ったか。

 人里離れた森の奥地で、立派な屋敷が見えてきた。


「……」


「わっ……ありがとうございます、伯爵様」


 馬車から降りようとするも足の届かなかった私を、乗せた時と同じように伯爵様が抱え上げる。


(……人の気配が、全くない)


 馬車にも御者がいなかったし、この屋敷の状態を見るにどうやら使用人などは雇っていないらしい。

 大きな扉がゆっくり開け放たれると、ぶわりと埃が渦を巻いた。


「けほっ、けほほっ」


 生活感を一切感じさせない屋敷の雰囲気。

 この大きな屋敷に、伯爵様は一人で住んでいるのだろうか。


『散らかっていて、すまない』


 キョロキョロと周囲を見回していた私へ、伯爵様はバツが悪そうにそう告げる。


(バツが悪そうに、の部分は私の勝手な脚色だけど)


 しかし、この短い間での付き合いで分かるほど、伯爵様の考えは分かりやすいもので。

 最初に私も感じたように、きっと外見で勘違いされて伝わっていないことが多いのだろう。


「こういう雰囲気、好きですよ私」


 やたらごてごてとした煌びやかな装飾なんかより、このくらい落ち着いている内装のほうが安心できる。

 それはおためごかしで出た言葉ではなく、本心から出てきたものであり、


「もちろん、気を使って言ってるわけじゃありませんよ。伯爵様」


 いそいそと何かを書こうとしている伯爵様のためにも、言葉を加えておく。


「……」


 慣れた手付きで燭台へ火を灯していく伯爵様。

 その背について薄暗い廊下を進んでいくと、二人で使うにはあまりにも大きな居間が現れた。

 

「……」


 私を隣に座らせた後、伯爵様が私の隣に立つ。

 長いテーブルに席はこの一つだけで、長い間一人にしか使われていなかったことがうかがえる部屋。

 

「……」


「……」


 気になることが多すぎて、逆にどれから聞けばよいのかは定まらず。

 それは互いに同じことなのか、伯爵様も何か言いたげにペンは回しているものの筆は進んでいない。


「あの、伯爵さ……」


 言いかけた言葉が、細く長い人差し指に制されて立ち消える。


『伯爵様、はちょっと他人行儀すぎる』


 それではなんとお呼びすればよいのですか、と。

 そんな私の次の言葉も読まれていたようで、


『私の事は「ノル」と呼んでくれ』


 伯爵様……いや、ノル様が裏返した紙の裏にはそんな事が書かれていた。

 

「では、えと……ノル、様」


 恐る恐る、探るように、教えられたその名を呼んでみる。


「……」


 相変わらずの無表情、と見せかけて。

 一瞬だけこちらをちらりと一瞥するノル様。

 目を合わせてくれない理由も気になることの一つだが、それは今聞くことではないように思える。

 なので私はとりあえず、一つのことだけ伝えておくことにした。


「私の名前は「サラ」と言います。ノル様」


『そうか。これからよろしく、サラ」


「はい、不束者ですが」


 こうして私とノル様の共同生活が始まったのだった。

 

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