4話 生死をかけた岩登りへの挑戦

 コニーはこれから登頂しようとする崖を見上げていた。


 まずは、髪が邪魔にならないように、伸びている部分をできるだけきつく縛り上げていく。


 次に、登頂中に汗で濡れて滑ったりしないように、掌と足の裏の汗腺に、分泌を押さえるようにおまじないをかけておく。

 とりあえず、2時間ほどコントロールできれば何とかなるだろう。


 準備が整うと、ようやく岩壁に手足をかけて登り始めた。


 ルートとして選んだのは、滝とは反対側の、崖に向かって右手にあたるほうだ。滝側の方は、水滴や水蒸気で手足が滑る可能性が高い。



 登り始めて最初の方は、手がかり、足がかりも比較的多く、3分の1ほどは順調に登ることができた。


 しかし、困難になるのはこれからだ。


 今よじ登っている面は、この先の上部が切り立っていて、表面の凹凸が非常に少ない。


 一方、左方面に進むと、崖の上部が内側に反り返ったような形状になっているので、しがみつくのがかなり困難になる。


 コニーは、岩壁の中央辺りに垂らされた、香の入った籠をぶら下げたロープになんとか手が届かないかと奮闘していた。


 ロープの強度や結び目はさほど強くなくても、手がかり、足がかりにしたりバランスを取る上でかなり手助けになるはずだ。

 万一、墜落したとしても、何もつかんでいないよりは多少は緩衝作用の助けになるだろう。


 しかし、先ほどからギリギリ足がかりのある場所に移動して手や足を伸ばしてみるものの、どうやっても届きそうにない。


『……ぐぬぬ…… 手足があと5cmでも10cmでも長ければ、もっと近くに寄れるのに』


 そもそも、岩登りももう少し身長が高ければ、さらに楽だったはずだ。


 コニーはもともと身体の発育が遅めだったことと、小さい頃からアクロバットで全身の筋肉を鍛えてきたためか、平均的な身長よりもかなり低いほうだった。


 祈神舞を舞う上では、小柄なことが有利になることも多かったが、今の状況では不利な事の方が多そうだ。

 こうなったら別の手段で、ロープを引き寄せるしかない。



 コニーには他人にはできない特殊な事がいくつかできるようだったが、基本的にその能力はできるだけ隠すようにしていた。


 そもそも誘拐されて家族から引き離された原因も、今回、生け贄に選抜された理由も、「変異種」という、普通の人と少し違う点があったからに違いない。


 コニーにとって特殊な能力は、神からのギフトどころか呪いでしかなかった。

 


 だが、今は誰も見ているものはいないし、まずは、生き延びる事が先決だ。


 子どもの頃にこっそり遊んでいた方法の1つは、多少であれば空気の濃度や流れを変える事ができるというもので、小さな竜巻を作ったりしていた。


 長い間やっていなかったが、籠の周囲の空気の流れを変える事ができれば、こちらに引き寄せる事ができるかもしれない。


 コニーは気圧という言葉は知らなかったが、ロープを中心に空気の濃い部分を作りだし、周囲の空気を薄くして濃度をつけることで籠はゆっくりと動き始めた。


 あまり勢いが強くならないように気をつけながら、旋回しながら近づいてくる籠を、捕らえようと格闘する。

 何度か手を滑らしたり、取り逃したりした後に、ようやく籠の端をつかんで引き寄せる事ができた。


『ラッキー!! 私ってすごいじゃん?』


 有頂天になると同時に、私は大きな失敗に気付いた。


 籠の中にはトランス効果のある香の残骸がまだ残っていて、風で巻き上がったその香りを私は目一杯吸い込んでしまったのだ。

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