―21― ニーニャちゃん、とくになにもしない!

「これからどう致しましょうか? さしあたり討伐は中止して街に戻りたいとは思っていますが」


 ネネリがそう提案する。

 馬がいなくなった以上、歩いて戻るしかない。

 ならば時間がかかるため、まだ日は浅いが切り上げ時だろう。


「助けに行かなくていいんですか?」


 ニーニャがそう述べた。

 行商人の話によると、冒険者と子鬼ゴブリンが戦いながら、どこかへ行ったらしい。ニーニャのことだから「ネネリちゃんなら子鬼ゴブリンなんて簡単に殲滅できる」と思っているに違いない。


「やめたほうがいい。あれは普通の子鬼ゴブリンではなかった。お嬢ちゃんたちには荷が重いだろう」


 普通の子鬼ゴブリンではない。

 行商人の言った言葉が気になるが、ひとまず行商人もネネリと同意見のようだ。


「わたくしも素直に引き上げるべきだと思いますわ。行商人を護衛しながら街まで戻る必要がありますし、下手に加勢して夜まで街に戻れなくなったら困りますもの」


 夜になる前までには帰る想定なので、特に夜営の準備はしていなかった。そんな状態で夜になってしまったら、恐らく魔物に襲われて死ぬ。


「ですが、ここからウィンの街まで歩くとなれば相当時間がかかりますわね」

「だったら、わたしの俊敏さ【バフ】を使えば――」

「お断りですわ」


 ニーニャの提案を食い気味にネネリが拒否をする。

 そっきニーニャに抱えられながら移動したが、あんな思いは二度としたくないと思ったばっかりだ。


「ならば、ラスター村に行くのはどうだろうか? ここからならウィンの街に比べてだいぶ近いし、ラスター村になら民泊もある。どうしても今日中に街に戻りたいということなら、ラスター村で馬を借りればいい」


 と、行商人が提案した。

 確かにそれがよさそうだ。


「ラスター村の行き方はわかりますの?」

「ああ、もちろんまかせてくれ」


 そんなわけでニーニャたちはラスター村に向かうことになった。





(くそっ、どうしてこんなことになった!?)


 C級冒険者、剣士のザックは嘆いていた。


 目の前には3体の賢い子鬼ホブゴブリン

 そして奥には巨体の体をどっしりとかまえる子鬼ノ王ゴブリンキングの姿。


 対して、ザックらのパーティはC級とD級で構成されている4人組。

 どうみても適う相手ではない。


 ザックたちは最初、ただの子鬼ゴブリン狩りをしていたはずだ。

 そのはずなのに、気がついたら賢い子鬼ホブゴブリン子鬼ノ王ゴブリンキングに囲われていた。

 完全なる失態だ。


「ザック!」


 後方から自分を呼ぶ声が。

 前を見ると、剣を持った賢い子鬼ホブゴブリンが襲いかかってきた。


「パリィ!」


 ザックは剣術スキルを発動させて、相手の剣をうまく受け流す。

 さらには蹴りを使って賢い子鬼ホブゴブリンを後方へと吹き飛ばす。


「お前ら、もっと下がれ!」


 他のパーティメンバーに指示を出しながら、ザック自身さらに後方へと下がった。


 格上の魔物に対して、ザックのとった戦術は徹底的に逃げることだった。


 幸いなことに相手は遠距離の攻撃手段を持ち合わせていないようで、一定の距離さえ保てば安全だ。

 また、賢い子鬼ホブゴブリンは素早いが子鬼ノ王ゴブリンキングはそうではないようで、今のところ子鬼ノ王ゴブリンキングから攻撃を喰らわずに済んでいる。


「いいか、子鬼ノ王ゴブリンキングの攻撃範囲に入れば命はないと思え! 徹底的に距離を保つぞ!」


 ザックは檄を飛ばす。


 そういえば、さっき行商人とその馬を戦いに巻き込んでしまうという失態をしてしまった。

 あの行商人は平気だろうか?

 もし、自分が原因で死んだとしたらひどく悔やむだろう。

 せめて怪我を治してあげるべきだったか。

 けど、恐らくそんな悠長なことしていたらパーティの誰かが犠牲になっていた。


「ザック!」


 また、自分を呼ぶ声が。


「パリィ!」


 襲いかかってきた賢い子鬼ホブゴブリンの剣を受け流す。

 そして、また逃げるように距離をとる。


「くそっ、いつまで追ってくる気だ」


 最初、遭遇した場所からそうとう移動したはずだ。

 なのに奴らは執拗に追い回してくる。

 子鬼ノ王ゴブリンキングはニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 まるで、いつでも俺らを殺せるけど今は弄んでやる、とでも言いたげのように。


「ザック!」

「わかっているよ!」


 そう言ってザックは襲いかかってくる賢い子鬼ホブゴブリン対して、剣を構える。


「違う! 後ろっ!」

「――は?」


 反応が遅れた。

 賢い子鬼ホブゴブリンの後ろに隠れるようにもう一体の賢い子鬼ホブゴブリンが潜んでおり、そいつが予期もしない箇所から剣を突き刺していた。

 対応できないっ!


「ガハッ!」


 ザックはもろに攻撃を受けてしまう。

 鎧を身に着けていたが、いとも簡単に貫通される。


「ザック今助けるぞ!」


 そう言って、同じ剣士のスートが駆けつける。

 そして、3体の賢い子鬼ホブゴブリン相手にスート1人で相手し始める。


「今、治すからね」


 回復職のネロンがザックの元に駆けつける。


「必要ない、俺を置いてお前らは逃げろ!」


 ザックは満身創痍の状態でもそう主張した。

 今、前衛職はスートしかいない。

 スートだけでは賢い子鬼ホブゴブリン3体を相手にできるはずがない。

 

 しかも、ネロンが自分を治すってことは、その間ここにとどまり続けるってことだ。

 そんなことしていたら、子鬼ノ王ゴブリンキングに追いつかれる。


「そんなことできるわけないよっ!」


 ネロンが涙ながらそう主張した。


「いいから、早く逃げろ!」


 このままだと、このパーティは全滅する。


「グハッ!」


 気がついたときにはスートが血を吐きながら倒れていた。

 賢い子鬼ホブゴブリンにやられていた。


「くっ!」


 弓使いのココが必死に応戦するも簡単に剣で弾き飛ばされる。


「グフゥウウウウッ!」


 気がついたときには子鬼ノ王ゴブリンキングが近くまで来ていた。


 そして見せつけるように大剣を高く上にかかげる。


(死んだな……)


 ザックはそう確信した。

 ネロンが涙ながらに自分を守るように覆いかぶさってくる。


「ごめん、お前ら」


 ザックはそう後悔の言葉を口にして――


「ふむ、実に騒がしいと思ったら、これはどういう状況だ?」


 長い金髪をなびかせる男がいた。

 彼は腰に剣を挿しており、剣士だとひと目でわかる。

 そして細い体ながらも、服越しにも体が筋肉で引き締まっているとわかる。


「グフ?」


 子鬼ノ王ゴブリンキングは首を傾げながら金髪の男のほうを見た。

 けれど、男は動じず子鬼ノ王ゴブリンキングを凝視していた。

 その堂々たる姿は歴戦の冒険者であることを伺わせる。


 そんな男を見て、ザックは思わずこう口にした。


「誰?」


 と。

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