―08― ニーニャちゃん、ボスと戦う

 ニーニャの当面の目標はこのダンジョンから脱出すること。

 そして【灰色の旅団】から逃げること。


 ゆえに階層にあるとされる青い光の円を探しては次々と下の階層へと潜っていった。

 なお、本人は上へと上がっているつもりである。


 俊敏さ【バフ・改】した状態なら魔物と遭遇しても逃げ切れるため、戦うことなく進むことができた。

 ダンジョンが広い森林のフィールドを成していたのも幸いだった。もし、道が狭いフィールドだったら魔物から逃げ続けるのは不可能だっただろう。


 そしてついに、ダンジョンの最奥。

 ボスのいる部屋まで来ていた。


「あれ? なんか広いところに来ちゃった」


 来た瞬間。

 その異変に気がつく。

 今まで森林が続いていたのが、途端ガラリと光景が変わった。


 広い空間。

 その中央に黒い巨樹があるのみ。

 大きさは20メートルを軽く超えるか。

 ただし枯れているのか葉っぱは一切ついていなかった。

 それ以外は特になにかがあるというわけではない。


「ひとまず、その樹のところまで行けばなにかわかるかも」


 そう思ってニーニャは警戒することなく近づく。


 瞬間。

 黒い巨樹が動き出す。


「えっ――」


 触手。

 気がついたときには巨樹から伸びる触手がニーニャを弾き飛ばしていた。

 ニーニャが枝だと思っていたのは実は動く触手だった。


「がはっ」


 血を吐く。

 かろうじて意識はあった。


「自然治癒力【バフ・改】」


 体を回復させる。


 見ると、黒い巨樹には4つの脚がついており、ゆっくりとこちらに気がついてきている。



 蠢く黒い巨樹ブラック・ゴート

 ランクSSS級。



 この最奥には何人もの冒険者が辿り着いて、その全てが殺された。

【灰色の旅団】が最も攻略に躍起になっている魔物でもある。


 知らずしてニーニャはその魔物と戦うこととなった。


「俊敏さ【バフ・改】」


 ニーニャは一直線に蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートに走り出す。


「回避【バフ・改】」


 近づくにつれ、無数の触手がニーニャを襲いかかる。

 それを次々と避けつつ距離をつめていく。


「物理攻撃力【バフ・改】」


 そして、蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートへとパンチを繰り出す。


(あれ? 全然効いていない)


 攻撃が吸収されているような。

 そんな感覚を味わう。


「――あ」


 見ると触手が眼前へと迫っていた。


「防御力【バフ・改】」


 寸前、防御力を【バフ】することに間に合う。


「あっ」


 けれど触手の攻撃は強烈だった。

 ニーニャは吹き飛び地面を転がる。


「俊敏さ【バフ・改】」


 ニーニャは立ち上がり再び蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートに近づく。

 そして、触手を避けてはパンチする。


 けど、蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートはビクともしない。


 そして触手に返り討ちにあう。


(なんで、効かないの?)


 ふと、ニーニャは考える。

 けれど、考えたところで今のニーニャにはこれ以外の攻撃手段がなかった。


「攻撃力【バフ・改】」


 だから、ニーニャは何度も蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートにパンチを繰り出した。


 それも何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――。


「攻撃力【バフ・改】」


 もう何十回目となるニーニャの打撃だ。


 だというのに、蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートはビクともしない。


「うがっ」


 隙を突かれては、ニーニャはまた触手に弾き飛ばされていた。


「ゲホッ……ゲホッ……」


 ニーニャは血を吐きながら立ち上がる。


(無理……勝てない)


 いつしかニーニャはそう結論づけた。


(逃げたい……)


 けれど、どこにも出口が見当たらない。

 倒さなくては出られないんだろう。


「自然治癒力【バフ・改】、スタミナ回復力【バフ・改】」


 体を元の状態まで戻す。

 けれど、精神は磨耗したままだ。


(わたしじゃ……勝てないよ)


 そう思ったら、涙がでてきた。

 地面にポタポタと涙が落ちる。

 戦闘中に泣くなんて情けない、と思う。

 けれど、涙は止まらなくて……。



 ヒュン――ッ。

 風を切る音。

 見ると、眼前には触手が。


「あがッ」


 ニーニャは飛ばされ、地面に転がる。


(痛いっ)


 再び、触手がニーニャを襲う。


(痛いのはもう嫌だ……)


 それからニーニャは痛いのから逃れるため、ただ触手から逃げることを考えて行動していた。


「俊敏さ【バフ・改】、回避率【バフ・改】」


 ニーニャはただただ無様に逃げ回る。

 そこにいるのは冒険者ではなかった。

 ただ、涙ながらに恐怖から逃れようと必死に願う女の子だ。


 だけど逃げ続ければ逃げ続けるほど事態は悪化していく。


 気がついたときには逃げ場がなくなっていた。


「あっ……あ、ああ……っ」


 背中に壁があたる。

 逃げ道を無数の触手が塞ぐ。


「ゴォオオオオオオオオオオオオ!」


 低い蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートの鳴き声だった。

 追いつめた。

 蠢く黒い巨樹ブラック・ゴートはそう言いたげだ。


 そして、無数の触手を鞭のように振るった。

 それも何度も何度も。


「防御力【バフ・改】」


 ニーニャは膝を折り丸くなる。

 そして、攻撃を受け続けた。


(痛いっ)


 防御力を高めたところで痛いのには変わらない。


(痛いっ)


 次々と触手はニーニャを攻撃する。


(痛いっ)


 そして、徐々にニーニャにダメージが蓄積していく。


(痛いっ)


 どうしたら、この苦しみから解放されるんだろう?


(痛いっ)


 そうだ【灰色の旅団】にいたときも毎日こんな感じだった。


(痛いっ)


 どうやって、克服したんだっけ……?



 ふと、ニーニャはそんなことを考えていた。

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