異郷人の旅路〜〜エリート人間の進み方〜〜
鍛治 透
プロローグ:生きる理由
誰がどう見ても俺、對馬裕人(ツシマ ヒロト)には不幸という言葉は似合わないと判断するだろう。誰もがそう思うはずだ。
KO大学を卒業式後、25歳でこのシルバー・サックスの投資部門の若手エースとなった。
その評価は社内でも大きく、女性社員からの羨望の眼差しをいつもうけている。外見も悪くない。スーツのパリッと似合ったかきあげヘアーだ。
やはり、俺を見て羨むことはあれど不幸だと思う人はいない。
しかし、現実はそんな華々しいものではない。俺は生まれつき有能ではなかった。
そのかわり、すべての才は姉のすみれに奪われたのではないかというほどだ。
音楽を奏でれば人々の心を突き動かせ、スポーツをさせれば同年代ではあり得ない記録を残し、勉学については天井を知らぬ探究心と好奇心で知識をスポンジのように吸収していく。
そして、弟の俺に底抜けに優しかった。家庭環境が酷い我が家にとっては姉だけが俺の救いであった。
姉が生きていればこの世界を変えたかもしれない…。
しかし、姉は医療の最先端アメリカの大学附属総合病院の一室でずっと寝たきりだ。
すでにそうなって8年は経つ。
医療の進歩は目覚ましく、植物人間と言われる彼女を生かしておくことは可能だ。
そんな彼女の医療費を稼ぐために今の地位にまで俺は駆け上ったのだ。
いつまで経っても親戚に迷惑をかけるわけにもいかない。
今の職につき姉の入院代の借金もおおかた返すことができた。
高校生活の青春を捨て、頭を丸め勉学以外のことはせず、私立名門大学でアメフト部にはいることでOB/OGと一流企業入社のコネを作る。
勉強もアメフトもヘドがでるほどやった。
T大に入るつもりが、三年間勉強したぐらいでは届きはしなかった。
仕方なく方向転換し、KO大学へ。
OB/OGとのコネを作るためにアメフトに入るも高校時代に運動の経験がなかった俺は、励んでもスターティングメンバーに一・二度入れたくらいだ。
一つのことをこれだけ根を詰めてやっても上には上がいるのだ。
しかし、何度現実にぶち当たっても目標があったから悲しくはなかった。
負けもしなかった。
折れもしなかった。
姉のすみれが笑顔でまた俺の名前を呼んでくれる。
俺の姉ちゃんは凄いのだと胸を張って自慢できる。
そんな未来があればなんてことはない。
俺の人生の目標は多額の報酬をもらえる超一流企業への入社だった。
そして、取引先からの帰り道。
俺は横から突っ込んできた暴走トラックに車ごと潰された。
目を開くと社用車のフロントガラスが割れ、ハンドルが捻れている。
俺の外傷も酷いものだろう。
「ず、びぃれ…」
意識が遠のいていく、寒い。
「ひゅっ…っ…」
声が出せない。肺から空気が漏れただけの音。
死ぬのか…。あまりにも非情だ。
俺の唯一の希望さえこの世界では許されないのだ。
頬に冷たさが走る。
「ご、ゔぇん…よ」
すみれ。ごめん。俺は結局のところ…。
そこで意識は完全になくなった。
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違和感はあった。
意識がはっきりしている。
はっきりしているからこそ違和感を感じる。
交通事故にあった後、運ばれたのだろうか。
しかし、目に写るのは天井ではなく、日の光が溢れる大木の葉だ。
外にいる。
その光景を目の当たりにし、病院に運ばれて命拾いしたという考えは無くなった。
では天国か。
あまりにも天気が良い。身体も痛まない。
俺は前世で罪を犯した覚えもない。
「あったのか…天国」
目を見開いて呟く。声が出るので肺は潰れていない。
「てんご…く?」
人の声が聞こえ、ぎょっとして上半身だけ立ち上がる。
すると何かで頭を打った。
いや、人の頭だ。
こちらを覗き込むような体勢で声の主である子供がしゃがんでいたのだ。
ぶつけたところを涙目でさすっている。
この歳で死んだのか…。
君も不幸の星に生まれたのだろう。
あーめん。
「あめーん?」
おっと、口に出ていたようだ。
キリスト教徒でもない俺の冗談を子供は違ったイントネーションで唱える。
次こそ立ち上がろうと手をついて身体を完全に起こした。
すると、また違和感を感じた。
子供が小さくない。
むしろ、この八歳くらいの子供の方が少し大きいのだ。
ありえない。
俺の身長は180cmにはいたらないが、それに近いくらいあったはずだ。
次に足を見る。
「はっ…」
革靴とスーツを履いていたすらっとした足はそこにはなく、短パンと木を彫ってできている靴を履いていた。
何が起きている…。
天国では皆歳が若返り、このような民族衣装を正装としているのだろうか。
周囲を見渡してみる。
そこには頭をぶつけだ子供以外人はおらず、青々と茂った草木と綺麗な花畑があるだけだった。
水の音もする。川が近くに流れているのだろうか。ついでに鳥の鳴き声もする。
想像していた天国より原始的だが、アダムとイブが住んでいた場所といわれれば納得できそうな気もする。
とりあえずは情報収集だ。
俺には次の人生を生きる準備をしなければならないはずだ。
輪廻転生ではそのはずだ。
いやまて、天国はキリスト教の観念か。
生まれ変わりは仏教…。
思考がまとまらない。
「〇〇、〇〇〇〇?」
「は?」
目の前の子供が不思議そうにこちらを覗き込んでいる。
性別は女の子だろうか。
目は先ほど見渡した木々の様な緑色をしており、髪の毛は茶髪でショートカット。
しかし、日本人がカラーするブラウン色とは違い、よりナチュラルなブラウンだ。
木々の幹の色というのが一番近いだろう。
手には木でできた桶を持っている。
「〇、〇〇?」
何を言っているのだろうか。
俺の頭をペチペチと不思議なものを触る様な手つきで触ってくる。
と、とりあえず意思疎通だ。
「君、ここはどこか知ってる?」
「〇、〇〇?」
次は子供が首を傾げた。
言葉が通じないのだろう。
当たり前だ、ここは天国。
外国人も死ぬだろうからな。
英語とドイツ語をマスターした俺でも聞き取れないということはそれ以外の国の言語だろうか。
スペイン語ともイタリア語とも違う、中国、韓国、東南アジアの言語とも違う。
それに見た感じの容姿はヨーロッパ系だ。
ヨーロッパのマイナー国の出自なのだろう。
無言でいると少女は手を掴んで引っ張ってきた。
ついてこいということだろうか。
そこにきて初めて合点がいった。
この子は天使なのだ。
この天国に来た俺をこれから神のもとに連れて行ってくれるに違いない。
頭の上に天使の輪はないけど…。
まぁ、あれは迷信だから。
そう自分に言い聞かせると俺は少女に連れられるまま後についていった。
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目の前には綺麗な川がある。
そこに映る自分を見て驚いた。
幼少期の頃の自分とは似つかない顔の少年が不思議そうな顔をしている。
歳はやはり八歳程度だろうか。
髪の毛は少女と同じナチュラルなブラウンで瞳の色は生前より黒い。
鏡があれば便利だが、水面に映る程度の反射なのであまり細部まで確認できない。
しかし、それは確かに俺の知る俺ではなかった。
また思考がまとまらない…。
川の流れは少し早いのか、水面の木の葉があっという間に流れていく。
とても神秘的な川だ。
これが三途の川…。
想像していたより美しい。
これを渡れば俺は對馬裕人の人生を終えることになるのだろう。
しかし、流れが早い。
かと言って船に乗るほど対岸が遠いかと言われればそんなことはない。
川幅が4メートルもないので、きっと泳いでわたるはずだ。
水泳は得意ではないので気が滅入る。
もし溺れて死んでしまっては…いや、もう死んでるじゃん。
少女はぐいぐいと俺の(麻でできていそうな上着の)裾を引っ張った。
わかった、入ればいいんでしょ入れば…。
そうしておもいきりよく、片足を川に入れようとしたところを強い勢いで引き戻された。
その反動でかわりに少女が川に落ちる。
ばしゃんという水飛沫とともに少女川へ落ちたのだ。
浮かんでこない。
やばい。
天使を殺してしまった…。
しばらくして水疱がぶくぶくと浮かんでくると少女の姿が水面に見えた。
よかった生きてたと感心したのも束の間、川は思っていたより深い。
少女が顔を出した途端川の流れに身体を持っていかれる。
少女は息苦しそうに水面をたたいている。
しかし、こうなれば泳げない俺は流れる方向に陸地から川の淵に沿って追従するほかない。
まずい。俺は泳げない。どうすれば…。
あの子を見殺しにするか。
いや、死んでいるからもう死なないか。
でも…
「まってろ!すぐ助ける!出来るだけジタバタするな!」
「○っ○…!」
何を言ってるか伝わっていない。
だめだ…追いかけることしかできない、そう思った瞬間何かに足を取られた。
下を見ず走っていせいか勢いを殺せず頭から地面にダイブする。
「ぐはっ…。ちくしょう!」
また、見殺しにするしかないのだろうか。
姉を見殺しにして死んでしまった。
そして今度はこの少女までも見殺しにするのか。
自分の不甲斐なさにを悔やみ地面を叩く。
するとそこには丸太が落ちていた。
俺が転けた原因はおそらくこれだろう。
直径は50センチほどで長さは2メートル。
成人男性であれば持ち上げて少し走るくらいできただろう。
しかし、今の身体の俺では到底無理だ。
ダメ元で丸太の端を握る。
そして、持ち上げようと力を入れると丸太は軽々持ち上がった。
「うそだろ…」
天国に植栽する木々の質量はこんなにも軽いものなのか。
わずかアメフトボールくらいの重さしかない。
でもこれは好都合だ。
丸太を抱えて全速力で走る。
なんとかジタバタと浮いている少女に追いつき丸太の端を差し出す。
「掴まって!」
言葉は通じずとも意図は伝わったのだろう。
彼女は丸太の端を掴みぐいっと陸地に近づく。
俺も流れに少女と丸太を持って行かれないよう足に全力をこめて踏みとどまる。
そうして彼女は川べりに手をつきことなきを得た。
「〇〇〇〇〇」
陸に這い上がると少女はもじもじしながら何かを言った。
言語は相変わらず伝わらないが言いたいことは伝わった。
きっと彼女はありがとうといったのだ。
そうに違いない。
俺は人助けをすることができたのだ。
人ではないかもしれないけれど…。
すると安心しきった俺の身体はその場で膝から崩れ落ち、また意識を失ったのだった。
-----
どれくらい経ったのだろうか。
目を開けると木目調の天井が目に映った。
おそらく、屋内にいるのだろう。
視界が定まるように目をパチクリさせると、幾人かが俺の顔を上から覗き込んでいることに気付く。
歳はバラバラだが、髪の色と目の色は先ほどの少女と同じ色だ。
同じ国籍なのだろうか。
「〇〇〇〇!」
「〇〇…」
「〇〇〇〇〇」
「ピゥーピー」
こいつらは何を言っているんだ。
ここはどこなのだろうか。
ぼーっとする身体を起こすと、俺の周り囲っていた人だかりが少し距離を置く。
その中に先程の少女もいた。
どうやら恐れられているのだろうか。
しばらく俺を観察した後に人だかりから髭の生えた年寄りが奇妙なペンダントを掲げて歩み寄ってくる。
身体は小さいのにその目には確かな威厳を持っていた。
そしてペンダントを俺の首にかけると口を動かした。
「これで話せるか?」
年寄りが持ったペンダントが薄く発光する。
「え…」
「どうやら、言葉通じたようじゃな」
「やっぱり、アルセラ様の言った通りだわ」
「こ、この子が予言の子なのよ!」
お爺さんの後ろから女性達が声を上げた。
「待て待て、まだそうと決まったわけじゃなかろう」
女性をたしなめてから老人はこちらに向き直り、訝しげにこちらの目をみる。
ひょっとするとこの老人が神様なのか?
その風格は確かにある。
この意味のわからない光るペンダントも肩に乗せた大きなカラフルインコも神ならではなのか…。
「小僧はどこの生まれじゃ?ここでは見ん顔でな」
「に、日本ですが…」
「ニホン…はて聞いたことがない。」
神が日本を聞いたことがない。
そんなバカな…。
仏教も確かに盛んだが、神道も有名なのだ。
八百万の神がいるのに一人も知り合いがいないというのか…。
「極東の島国で人口は約1億2000万人、四季に富んでいて春の桜なんかはとても綺麗なんですよ!き、聞いたことないでしょうか…」
老人の怪しみの目がいっそう濃くなった。
墓穴を掘ったのだろうか。
ここで地獄に落とされるのだけは嫌だ。
「嘘をつくな。人がそんなにおるわけなかろう。この村ですら100人とそこらじゃ。そしてここもまた極東であるが、付近にそんな大国があるとは聞き及んだ事はない」
「む、村?天国ではなくてですか?」
「テンゴク?ここは鳥と自然に恵まれたパピュー村じゃ。」
天国じゃないのか…。
このいかにもな老人は神様ではないのか…。
そこで初めて老人の横にいる大きなインコと目が合う。
目がぎょろぎょろしており少し薄気味悪いがそこでまた合点がいった。
俺は博識だ。
頭の中のCPUをフル稼働しパピューと鳥、自然という単語からある一つの結論を出す。
ここが天国でないとしたら俺は既に輪廻転生を終え、何かのミスで前世の記憶を持ちながらパプアニューギニアにて新しく生まれ変わったのだと。
テレビで見たことがある。
綺麗な自然と何百種類もの鳥々。
確か国旗にも鳥が印字されていたはずだ。
しかし、ヨーロッパ系の人が住んでいただろうか…。
と、とりあえず口裏を合わせなければ険悪な雰囲気になりそうだ。
こうのような民族の村で村八分だけは避けたい。
「パピュー…き、聞いたことがあります!ごめんなさい、記憶が混濁していて。えへへ」
数々の取引先の信頼を掴んできたこの笑顔でここを乗り切るしかない。
「記憶がないのか。では善とも悪とも判別つかん。しかし、原因不明の病魔が流行りつつある時に貴様が来た。それは変わらぬ事実だ」
手を組んで考え始める老人。
病魔?とかしらん。絶対関係ない。
「しかし、もし予言の子であれば村の損失ともなります。それにこんな子供が病魔をもたらす悪魔だとは考えづらいです。」
頭にバンダナを巻いた成人男性が声を上げる。
俺には及ばないがなかなかのイケメンだ。
同僚だった倉木に似ている。
「わかった、牢にてしばらく様子を見よう」
牢だと…。
ドラクエでしか聞いたことがない。
現実では無縁のワードだ。
生まれ変わったのに早速村八分かよ。
ダメだ、俺は日本に帰って姉の延命治療費を払わなければならないのだ。
ここで捕まるのはまずい…。
「おじいちゃん!ぱぱ!まって…」
おじいちゃん?ぱぱ?
先程の少女が声を上げる。
顔はうつむいており、ズボンの端をぎゅっと握っている。
緊張しているのだろうか。
「なんだい、ニーナ」
「この人は溺れた私を助けてくれた人なの…だから…牢とかは絶対だめ…!」
思わぬ助け舟がきた。
やっておくべきだな、一日一善は。
おじいちゃんと呼ばれた老人がなぜか驚いている。
よく見れば倉木もだ。
「ニーナがわしに意見する日が来るとは…」
「成長したんだな、愛娘…」
二人の目元には涙が浮かんでいる。
子馬鹿、孫馬鹿なのだろうか。
「おい、小僧」
「は、はい!」
「牢に入れん。しかし、お前がこの村で少しでも妙な真似をすれば追放だ。わかったな?」
「は、はい!」
「ニーナの頼みだ、感謝しろ。イヴァン、こいつはしばらくお前の家で様子を見てやれ。村の者も不安だろうからな。」
「わかったよ、父さん」
どうやら倉木似の男性の名はイヴァンというらしい。
倉木は俺の頭に手を乗せにかっと笑った。
「娘を助けてくれて、ありがとう」
生前の倉木の笑顔を思い出す。
会議でへまこいた時に助け舟を出すといつもこんな顔をして俺に礼を言ってくれた。
「い、いえ」
「今日から君はうちの客人だ。困ったことがあったら俺に言ってくれ」
「わ、わかりました。ありがとうございます!」
そう例を言うと頭をわしわしされた。
ふと少女の方を見る。
助け舟を出してくれたのは彼女だ。
お礼を言わなければ。
「ニーナ?もありがとう」
礼を言うと少女は俯きながら頭をこくこくと縦に振った。
耳が赤い、照れているのだろうか。
少し頭に置かれたイヴァンの手が力んでキリキリするが気のせいとしておこう。
うん、そうしよう。
それより、この国で生計を立て一刻も早く姉の元に帰らねば。
生前の記憶があればまだ俺は生きていける。
生きる意味がある。
ここから立ち直れるのだ。
そう考えていた俺を現実はまたあらぬ方向で裏切ってくるのだった…。
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