第39話 クレリック/ローグのマルチクラスデッキ

「へー。こんなカードもあるんですね。イラストかっこいいですねえ」

 

 テーブルの上に陣取られたカードを嬉しそうにデュランスは覗き込む。

 へー。こんなカードもあるんですね。イラストかっこいいですねえ。じゃねえよデュランス!

 お前このカードがどんなカードかわかってんのか!?


「アイザック様。それでは心を盗む女盗賊の効果を解決致しますね」

「あ、ああ。こちらに対応はない」


 心を盗む女盗賊の召喚を許してしまった。これは実に辛い。

 このクリーチャーのステータス自体は1/1(パワー/体力)だ。魔力4のクリーチャーにしては実に貧弱だ。

 だがその真髄は場に出た時の能力だ。

 こいつは『男性もしくは雄のクリーチャーを奪うことができる』能力を持っている。

 俺の場に存在する規律正しき見張り。こいつは男性の設定だ。

 盗賊の能力に引っかかっている。規律正しき見張りがリーゼッテに奪われてしまったのだ

 だが何より痛いのは……


「規律正しき見張りさんよろしくお願いいたしますね。あら……素晴らしい剣まで持参して嬉しいですわ」

「クソッ! 剣ごと持ってかれたのが痛い!」


 そうなのだ。心盗む盗賊が奪ったのは見張りだけじゃない。

 見張りが装備していた名工が鍛えし剣も奪われてしまったのだ!

 これで俺の場にはクリーチャーは0。

 リーゼッテの場には1/1のクリーチャーと5/3の二回攻撃できる強力なクリーチャーが存在することになる。


「女盗賊で奪われたクリーチャーはそのターン攻撃できません。次からその剣を正義と平和の為に振るってもらいますわ。ターンエンド」


 澄ました顔でターンエンドを宣言するリーゼッテ。

 こりゃ一体全体どういうことだ。

 相手のクリーチャーを即時魔法で打ち取り、更に装備魔法で強化。後は数回殴るだけで勝ちだったはずだ。

 それなのに、握ったと思った主導権がいつの間にか手から消え失せていた。

 たった一手で盤面を覆された! 

 この女……!


「なあリーゼッテ……」

「アイザック様どうされました?」

「気に入った!」

「へ?」

「お前……やるじゃねえか! まさか俺のクリーチャーを奪って逆転するとはな! 気に入った!」

「き、気に入ったんですか? 人によっては不愉快に取られても仕方がないプレイングかと思うのですが」


 思いも寄らない言葉だったのだろうか。リーゼッテは目をパチクリさせていた。

 

「不愉快!? んなわけあるか! リーゼッテ。俺はお前という女を心底気に入ったぜ!」

「な、ななな。なんですのいきなりアイザック様!」

「いきなりも何も心に思ったことをそのまま言っただけだが?」

「そそそ、そんな心の準備もしてないのに! もも、もしかしてアイザック様! 私のプレイングミスを誘おうと!?」

「何言ってんだ。そんなんじゃねえよ」


 先程までの冷徹な目が嘘のようにキョロキョロと視点が定まっていない。

 プレイングの見事さを褒められただけで随分大げさなリアクションだな。

 人から褒められ慣れていないのだろうか。友達も少ないって言ってたもんな。

 だがこの聖女の勝利へのえげつないプレイングに俺は感服したし感動もしていた。

 聖女という立場でありながらデッキに盗賊を組み込むしたたかさ。

 いうなればクレリックとローグのマルチクラスデッキか

 骨の筋まで決闘者デュエリストなリーゼッテという女を俺は同じ決闘者として気に入ってしまったみたいだ。


「ででで、ですがそんな嬉しいこと、じゃなくて突拍子もないことを言っても、手、手加減はいたしませんわよ!」

「そういう所だよ。そこが気に入った!」

「ひゃい!?」


 背筋をビクンと引きつらせるリーゼッテ。その顔は真っ赤に染まっていた。


「俺がお前を気に入ったとしても、勝負は譲らないぞ! 俺のターン! ドロー!」

「ままま、また気に入ったとか!」


 真っ赤になっているリーゼッテは置いといてカードを引こう。

 俺がドローしたカードは『堅牢な砦』だった。

 駄目だ。これじゃ剣を携えた見張りを退かせない。


「魔力をチャージ。魔力3で堅牢な砦を召喚! ……ターンエンド」

「け、堅牢な砦ですの。確かに良いカードではありますが見張り様からすれば脆弱ですわよ!」


 落ち着きを取り戻したリーゼッテが勝利を確信する笑みを浮かべる。

 確かにその通りだ。堅牢な砦はパワー0 体力6の防御的なクリーチャー

 パワー5の二回攻撃が出来るクリーチャーの前では心許ないことこの上ない。

 だが今は耐えるしかない。デッキを信じて最後まで戦い抜く。

 それがデュエドラに、相手へのリスペクトなのだから。


「では私のターンですわね。ドロー!」


 さあ問題のターンだ。勝つも負けるもリーゼッテの行動次第だな 


「魔力をチャージ。これで魔力5ですわね。バトルに入りますわ。女盗賊と見張りで攻撃します!」

「いいのか? 俺は魔力を1だけ残している。また何か即時魔法を握っているかもしれないぜ?」

「私の知識では魔力1の即時魔法でこの状況を覆せるカードは存在しないはずですわ。ハッタリ、ですわ!」

「クッ! 俺は砦で見張りをブロック」

「二回攻撃の見張りで砦を破壊! 女盗賊の攻撃が通って1ダメージですわね」


 すまない堅牢な砦……捨て駒にしてしまった! だがお前の犠牲は絶対に無駄にはしない!

 本来11ダメージ食らう所を1ダメージに抑えてくれたんだ。伸びた寿命で逆転の鍵を引き入れてみせる!


「敵に回して痛感したよ。やっぱり俺のデッキは最高だ。えげつない攻撃してきやがる」

「相手のデッキの完成度が高ければ高いほど私の女盗賊は効力を発揮致しますの。鋭く磨いた牙が自分に向けられれば誰もが取り乱します」

「なるほどな。相手の切り札を奪い取り更にクレリックで制圧。いいデッキだ」


 リーゼッテのデッキの基本コンセプトは相手のキーカードを奪い取り空いた顔面をぶん殴るという戦法だ。

 そして肝心の女盗賊を出す前にやられない為の回復魔法とクレリック……ってとこか。

 だが切り札を出したリーゼッテは明らかに勢いを落としているはずだ。息切れをしている。

 先のターン、何も出さずにバトルに入ったのがその証拠だ。相手は勝負を焦っているはず。

 そこに勝機があるはずだ。

 俺の残りライフは19。見張りの攻撃をモロに喰らえば2ターンで敗北か。

 吹きすさぶ風が頬を撫でる。いつもよりも風を鋭敏に感じている。

 ヒリついてきやがった。やっぱりデュエル&ドラゴンズは最高だ。


「頼むぜ俺のデッキ……ドロー! …………これは!」

 

 ドロー。山札から引いたカードを見た瞬間に肌が粟立つ感触を覚える。

 引いたカードが光って見えた。来た。来た。来たぜ!

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