第34話 センセイ

「デュランスから聞いたっスか? 私が魔力を持たずに生まれてきて捨てられたってのは」

「聞いた聞いた。露頭に迷った所をデュランスのパパさんに保護してもらったんだろ?」

「そうっスそうっス。あの頃は魔力なし希望なしのないない尽くしだったんスよ」


 笑顔でなかなかヘヴィなことを話し出すソフィア。その顔に悲壮感は漂っていない

 魔力を持たないエルフ。不吉の証として幼くして里を追い出されたソニア。

 デュランスの父に拾われたはいいものの、当時は自分に自信を持つことができなかったという。

 体力、筋力が多種族に比べて貧弱な分、魔力が強いのがエルフという種族の特色だ。

 なのに魔力を持たないエルフという自分の存在意義にソニアは疑いを持つようになってしまった。


「自分の価値ってなんだろうなあって、こんなんじゃ自分価値ないじゃないっスかってなっちゃったんスよ」


 自分の価値か。俺も一時はその手の悩みを抱えていたことがあるがそれでもその若さで直面したことはない。

 当時のソニアの苦悩は計り知れないものだったろう。

 デュランスがいくら遊びに誘っても”すいませんすいません”と頭を下げるのみだったという。

 そんなソニアに転機が舞い込んできた。


「そんな時に出会ったんス! センセイに!」

「セ、センセイ?」

「センセイっス!」


 目をキラキラ輝かせるソニア。そのセンセイとやらが鬱屈した日々から解き放ってくれたのだろうか。

 ある日街をうつむきながら歩いていたソニアが酒場の前を通りがかった瞬間、扉から大男が飛び出してきた。

 ただ飛び出してきたわけではない。男はゆうに数メートルはすっ飛んで背中から地面に叩きつけられる。

 驚いたソニアの目に入ったのが地に伏せた大男とそれを見下ろす老女だった。

 人種はヒューマン。年齢は70歳は過ぎているであろう頃合いか。

 眼鏡をかけて身長は140cm弱。肉付きは全くなく見るからに貧相でか弱いその老女こそが大男を地に叩き伏せたのだ。

 老婆が人差し指を立てるとその先端から火が起こり、銜えたタバコに近づける。


「そ、それがセンセイ? すんげえ婆ちゃんだな……」

「センセイは最強かつ伝説の格闘家なんス! もう一目見た瞬間に弟子入りを志願したんス!」

 

 センセイと呼ばれるその老婆が持ち得ている格闘技こそがその頃のソニアを助ける希望だったようだ。


『す、すいません! あのわた、私ソニアって言います! あの……』

『ガキがなんのようだい。わたしゃ誰かと話す気分じゃないんだよ!』

『あの! あの! そんな小さな体で、あ、あんなでかい男の人を投げ飛ばしてすごいって私、思って!』

『カッカッカ。そんなにすごかったかい!』

『すっごいかっこよくて、すっごいすごくて!!』

『すごいすごい言い過ぎだよあんた。面白いガキだね』

『あの、あの! 私を弟子にしてください! 私、エルフだけど魔力もなくて、何もなくて空っぽで……強くなりたいんです!』

『弟子入り? やめときなやめときな。こんなババアに弟子入りしたってロクなことないよ』

『で、でもババアでもすごいと思ったんです!』

『レディをババアって言うんじゃないよ!!』

『す、すいません!』

『あんた結構失礼だね……ったく……ついてきな! あんたみたいなガリガリでもムカつく奴を簡単にボコれるようにしてやるよ。今日からあたしがあんたの先生だ』

『あ、ありがとうございますセンセイ!』


 これがソニアとセンセイの出会いだった。

 筋力に依存しないエルフでも扱える格闘術をセンセイに仕込まれたソニアは日を経つごとに活発な性格へと変わっていった。


「は~。そのセンセイって人はさぞかし名のある格闘家だったんだろうな」

「そうっス! 東方出身でほぼ敵無し無敵の格闘家だったらしいんス!」

「そのセンセイに弟子入りしてから性格変わっていったよなお前」

「アホみたいに体鍛えて技を覚えていったらクヨクヨするのが馬鹿らしくなってきたんス。それに、た、大切な人にあんまり心配かけたく、なかったってのもあるけど……」

「あ? 今なんか言ったかソニア」

「な、なんでもないっス! 何も言ってないっス!」


 俺は聞こえてたぞ。ガッツリ聞こえてたからな! 頑張れソニア。爆発しろデュランス。前髪だけ爆発しろデュランス。

 今度隙を見てこいつの耳を掃除してやるからな。


「それで数年間センセイに教えを授かってたんスけどある日『しなくちゃいけないことができた』ってポツリと呟いた次の日に姿を消しちゃったんス」

「随分急な話だなおい」

「格闘家として、冒険者として名前を売ればセンセイの耳にも入るかもしれないっス! もう一度私センセイと会って、勝ちたいんス!」


 拳を握り強く言い放つソニア。その目には炎が灯っていた。

 自分に自信をつけさせてくれた師匠を探して恩返しか。ソニアらしい正直な動機だ。

 活力を取り戻し、格闘家の道を歩むこととなったソニア。

 そして後に信仰に目覚めることとなったデュランス。

 なるほどなるほど。なかなかどうして個性的な面子がパーティに揃ったものだ。

 人に歴史アリだな。なんだか自分がすげえ地味な冒険家に思えてきたよ……

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