第33話 信仰
「んじゃ一つずつ説明しますか。俺がクレリックになった理由はですね……成り行きですね」
「成り行き?」
「ええ。子供達を連れて亡命したって言ったじゃないですか。つっても道中めちゃくちゃキツくて。山道キツいわ朝から晩まで歩きっぱなしだわそもそも未来が見えないわで俺も子どもたちもかなりヘコたれちゃってたんですよ」
デュランスはポツリと語り続けた。
国を追われて亡命。子供どころか誰だって辛いだろうよそんなアテのない旅は。
亡命の道中デュランス達は教会を見つける。
戦火に巻き込まれたのだろうか野盗の襲撃にでも合ったのだろうか、その教会の板壁はどこも腐りかけ、いつ屋根が崩れ落ちても不思議ではないほどの廃屋だった。
そこで一夜を過ごすことになったデュランス一行だが心身共に疲れ果てていた。
「俺もですけどね、特に子どもたちが精神的にひどい状態だったんですよ。父ちゃん母ちゃん失ってワケわかんないとこ旅させられて。普通無理ですよそんなん」
「ソニアはどうなんだ?」
「もうその頃にはアホのソニアになってたんでそこは心配いらなかったですね。そんなソニアが子どもたちを励ましてはいたんですが……」
それでも子どもたちの心の灯火が消えかかっていた。
それを悟っていたデュランスは何か子どもたちの心を暖める何かを探していた。
そこでデュランスが廃屋と化した教会で見つけたのが聖書だった。
聖書なんてお硬いことしか書いてない。
そう思いつつもデュランスは気休め程度の励ましにともなればと駄目元で子どもたちに読み聞かせを始めた。
「そしたらもう反応がすごいすごい。『どうしてその人はパンを分けたの?』とか『すごい優しい神様だね!』とか言っちゃって。”そういうの”に飢えてたんですよ」
デュランスは嬉しそうな様子で当時を振り返る。
子どもたちの質問にアドリブで返しながらデュランスが聖書を読み進めるごとに子供の心と目に光が戻ってきた。
デュランスはその聖書を亡命の最中、事あるごとに子どもたちに読み聞かせた。
そしてある日気づいたのだという。
「救われたのは子供じゃなかったんですよ。俺だったんですよ」
「子どもたちを励ます為の読み聞かせを続けたら信仰に目覚めたってか?」
「目覚めたっていうと大げさですけどね。まあ……悪くはねえかなって思って」
照れくさそうに語るデュランスの言葉に俺は耳を傾ける。
信仰の力というのは良い方向にも悪い方向にも向いている。この男の信仰は良い方向へと繋がっていたのだろう。
その後この国、アールンド王国にたどり着いたデュランスはクレリックとしての修練を積み、なけなしの私財を投じてこの孤児院を借り上げて運営を始めたのだ。
「自分と子供の気持ちを紛らわすために聖書読んでたら宗教にハマった。簡単に言えばそんな感じですよ」
「宗教にハマるとか言うな言うな。怪しいだろが」
「男も宗教もミステリアスな所がモテるんですって」
まるで気恥ずかしさを誤魔化すように照れ笑いを浮かべるデュランス
宗教か。迷宮探索ではイカれたカルト宗教信者が生贄求めて襲いかかってきたりとあまりいいイメージを持ったことがないけれども
たまには俺も治療所に寄った時に軽く祈ってみるとするかな。トーマス司祭は『祈りよりもお金を捧げて!』とか言いそうだけど。絶対言う。
「なるほどなあ。それでクレリックになったってことか。人に歴史ありだねえ」
「そうっス! デュランスのお陰で子どもたちは笑顔を取り戻せたんスよ!」
「うわあ! ソニアお前いつの間に!」
耳元でソニアの大声が響く。いつの間にか後ろに近寄られていたようだ。
「ビビらせんなよソニア!」
「すんませんっス兄さん! なんだか二人で真面目な顔して話してて気になっちゃったてつい!」
「別に真面目な話ってわけじゃねえよソニア」
「ま、デュランスの事情はわかったよ。それよりソニア」
「なんスか!?」
「お前昔は相当奥手だったらしいじゃないか。何がどうなって今みたいになったんだ?」
「あ~! デュランスバラしたんスねぇ~? 恥ずかしいじゃないっスか!」
頬を膨らませながらソニアがデュランスに抗議の意を示す。ほっぺたプニプニしてそうでめっちゃ突っつきたい。
しかし今のソニアを見てると到底想像できない
異形の肩の骨を外すような子がオドオドビクビクした内気な子だったとはねえ。
「いいじゃねえかソニア。俺だけ旦那に説明するのは不公平だろ。お前も言えってば」
「そうそう聞かせてくれよ。すごく気になるよ。内気エルフ少女! 格闘脳筋肩外しエルフへ変身! すっげえ気になる!」
「なんスかそれ格闘脳筋肩外しって! も~」
ソニアはピョンピョン跳ねながらブツブツ文句を言う。体が先に動くタイプなんだろうか。
「すまんすまん。でも聞かせてくれよ。何があったんだ?」
「んも~。別に聞いても楽しい話じゃないっスよ? まあ話しますけど……」
リーゼントエルフの次は脳筋エルフのお話だ。
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