第131話  新たなる真実

「幹部はこれでひとまず無力化した」


 リゲルはフルゴールが屈辱の果てに、意識を途絶えさせたのを機に断言した。

 周囲は、凄惨な有様だった。

 綺麗だった庭は破壊し尽くされ、地面はめくれ上がり、草木はほぼ吹き飛んでいる有様。

 まさに地獄だ。それに輪をかけて悲惨なのはレストール家の屋敷で、上階はほぼ半壊。

 他に関してもかろうじて原型を留めているという光景。


「油断はしていなかった。防備は万全だった。それでも破られた」


 幹部フルゴールを倒した感慨はすでにリゲルにない。

 守るべき屋敷は破壊され日常が引き裂かれた。

 忸怩たる思いが湧き上がるが、まずはその感情を押し込めるしかない。


「ラッセルさん。負傷者や死者はいますか? それと増援の気配は?」

「死者はいません。……しかし、負傷した者は多く、かなり魔力も消費しました。装備品こそ無事ですが戦闘を行う場合、支障は出るかと。――増援は今のところ大丈夫とは思いますが……」


 リゲルが親衛隊のギルド騎士に尋ねると、彼はひびの入った兜の下でわずかに口を歪ませる。


「分かりました。念のため、警戒は続けましょう。――《ツヴァイホークアイ》」


 リゲルは索敵に秀でた魔石を放ち、その力を開放した。

 空中にこの屋敷と周囲を俯瞰する鮮明な映像が浮かび上がる。


「索敵特化の魔石です。周囲三キロに関しては危険な影はないみたいです」

「おおっ、かたじけない」


 リゲルは次いで、負傷したラッセルの他、騎士数名へ《ヒールトーテム》の魔石を使った。

 回復に秀でた三頭柱の魔物の力は、次々と傷を徐々にだが癒やしていく。


「これからの方針の相談を。――レベッカさん、この場面で最善は何だと思います?」

「火種の元を断つことでしょうねー」


 警戒や周囲の被害の把握に周囲を見渡していた、ギルド参謀長の女性が即答する。


「幹部が出てきたということは、都市ヒルデリースに来てほしくないことの現れです。リゲルさんや我々が辿り着くのを阻止したいことの裏返しでしょう」

「……増援はあると思いますか?」

「当然、あると思いますよ。そこのお休み中のフルゴールだけが襲撃者とは限りませんからね。私が相手の立場なら第二、第三の矢を放つところです」

「同感です」


 リゲルは空中に映し出された、《ツヴァイホークアイ》の映像を見やり、付け加える。


「迎撃にはラッセルさんたちギルド騎士を回しましょう。それと僕の魔石で《ゴーレム》や《ガーゴイル》を含んだ軍団を用意。ミュリーたちはひとまず地下に避難させたまま――」


 リゲルがそこまで告げた――そのときだった。

 唐突に、空中にガンガンガガンッという大音響が聞こえ、一同が騒然とそちらを見やった。


〈な、何!?〉

「リゲル殿、これは……っ」


 結界が揺れている。念のためとリゲルが戦闘後に張り直したそれに――

 凄まじく、激しい炸裂音が鳴り響く。

 それに衝撃音。音の壁を容易く突破する轟音――さらに衝撃波。先程と同等の結界がひび割れ、破壊されてしまう。

 なぜ!?

 誰に!?

 ――その答えをリゲルたちが導く前に、『彼』の声は聞こえた。


 

「――勝利の余韻のときに申し訳ありません。ですがこれもわたくしの使命です」


 

 全身が、凍りついた。

 その場の誰もが、一瞬、あり得ないと心の中で断じた。


「馬鹿な……」


 それは誰の声だっただろう。愕然のままに空間は凍結し、襲撃の張本人――虚空に佇む『彼』の名を叫ぶ。



 

「――幹部、フルゴール!? 馬鹿な、たった今、お前は倒したはず――」



 

 最も早く我に返ったのはリゲルだった。


「――っ、皆! 僕の魔石の――」


「遅いですねぇ」


 騎士ラッセルの横っ腹に、凄まじいほどの蹴りが炸裂した。

 瞬間――バキボキゴキッ、と怖気を誘うほどの破砕音と衝撃が彼を襲う。


「がっ……!?」


 藁のように、何度も地面に打ち突かれラッセルは吹き飛んだ。

 屋敷の壁に衝突する。轟音。次いで振動。蜘蛛の巣状に放射的に生じた破壊痕の中央で、ラッセルは吐血する。


「ぐ……あ……っ」


 短く震え、壁から崩れ落ちる。生命力が急速に失われる。


〈っ! ラッセルさん!〉

「――隙だらけですね。『退魔の竜王札』」


 痛烈に叫ぶメアに向かい、フルゴールが装飾過多の札を放った。


「――危ないっ!」


 咄嗟にリゲルが前に出る。

 《アイアンゴーレム》、《シールドゴブリン》、《リフレクドール》など、防御に秀でた魔石を放つが凌ぎ切れない。


〈きゃあああああっ!〉


 メアが幽体特攻の札を受けて弾け飛ぶ。地面すれすれ、大砲の弾のように飛ばされなる。彼女の姿が明滅した。曖昧に薄くなり、あわや消えかけるほどにまでなる。細かい痙攣。か細い吐息。


〈ああ……〉


 小さな悲鳴を上げ、メアは微動だにしなくなる。


「――弾けろ、《バイトファング》! 《ボーングリズリー》! 《アクトスパイダー》!」


 リゲルが咄嗟に戦闘に特化した魔石を放つが、フルゴールの方がわずかに早い。

 手刀を構え一瞬の隙を突くと突貫――レベッカの首を狙って刺突する。


「ぐっ!?」


 血。

 衝撃。

 振動。

 そして、誰かの悲鳴。

 刹那の間にそれらのものが生じ、一瞬後――レベッカが首を貫かれ遥か後方に吹き飛ぶ。

 針葉樹に激突し、破砕する。それでもなおも勢いを止まらず、彼女は何度も地面に叩きつけられ大地に転がった。


「さて。あとは一人――」

「――《トリックラビット》!」


 リゲルが後方の石ころと自身の位置を入れ替えた。

 たった今までリゲルの頭部があった場所にフルゴールの貫手が突き刺さる。

 砕ける石。

 弾ける破砕音。

 わずか一秒。フルゴールが姿を再び現してから過ぎた、あまりにも短い攻防とその結果だった。


「……何故だ?」


 リゲルが低く問う。ラッセルが倒れ、メアが消えかけ、レベッカが生死不明の重体の中、変えだけが冷静に距離を取りつつ問う。


「フルゴールは倒したと思ったけど」

「目の前の光景が、全てにございます」


 幹部フルゴールは、優しい、宣教師のような笑みを讃えてそう嘯く。


「わたくしが倒れた――されどわたくしは戦っている。ゆえにその答えは自然と導かれるのです」


 リゲルは油断なく横目で確認した。

 無力化させたフルゴールが、そばの地面の上で付している。


 では目前のアレはなんだ? 偽者? 分身? 幻影? リゲルの中で最大限の警戒が湧き上がる。

 フルゴールが『二人』いる。その事実に極限まで精神が研ぎ澄まされる。


「――僕の周りでは、最近人が増えることが流行っているのかな」


 心の中、ミュリーの姿が浮かぶ。彼女らの安否を確認したいが、現状それは難しいと判断。

 目前のフルゴールだけに意識を集中させる。

 フルゴールが優雅に、典雅なお詫びの礼を取って語る。


「わたくし、言い忘れていたことがございました。我が力は『極小化』と『魔眼』だけに有らず。第三の能力を有しているのでございます」

「――それはそれは。面倒くさい幹部だね。それは何かな?」

「答えませんよ――と言いたいことですが、黄泉への手向けに教えましょう。――わたくしの第三の能力。それは『分体』の創造でございます」

「――っ!」


 リゲルは思わず魔石を複数取り出し、警戒した。


「ええ。あなたが今想像している通り、わたくしは、自身を『分裂』させ、行動させることが出来るのでござます」


 一流の執事のように、かしこまった口調で超然とした口調で語るフルゴール。


「さらに言えばわたくしの『分体』は自身の姿――能力、口調などを具現化出来ます。『もう一人のわたくし』を作り上げる力です」


 妖しくも美しい微笑が口元に現れる。


「ですが、一度に作れる『分体』は八つまで。それも時間は十三分が限度と、万能な力ではありません」

「……気前が良いね。その先は言われなくとも判るよ。それ、『足止め』に特化した能力だねね」

「ふふ……」


 フルゴールが、優秀な生徒を見るような目つきで応じる。


「はい。わたくしが今回、承ったのはリゲル様たちの妨害。――ゆえに、それに即した魔術の加護も有して戦場にございます。わたくしの能力は『極小化』、『魔眼』、『分体』もあって、妨害の化身と言えるかと」


 リゲルは内心で厄介だ、と呟いた。


「どうあっても僕たちをヒルデリースに向かわせないつもりか?」

「その通り。残念ながらわたくしたちの悲願は『緑魔石』が必須のため。それを瓦解させる可能性が高い貴方がたを放置するわけにはいきません。――ウッフフ。さあ、殺し合いましょうか! 何時間でも! 何日でも! わたくしの『分体』に付き合っていただきます!」


 けたたましい奇声を上げるフルゴール。リゲルは横目で皆を確認した。死者はいない。かろうじて命を繋いでいる。それならばまだ挽回は出来る。『もしもの時』のため、設置していた魔石が役に立つ瞬間がある。


 ――本当は、出来るなら使いたくはない。

 ――けれど躊躇している状況ではない。

 リゲルは一瞬だけ決意を胸に秘めた。やれる。それしかない。


「――残念だけどフルゴール、時間稼ぎが目的と判っている相手と馬鹿正直に戦うほど、僕は愚かではない」

「無駄でございます。転移や幻術といった脱出の力は封じております」


 フルゴールはいくつかの魔術具――護符を取り出した。


「辺りに結界を張らせていただきました。貴方がたは死の淵に至るまで、わたくしと絶望のワルツを踊るのです」

「――それはない。――[我、道化の神に捧げよう。親しく時の憩いの想いを捧げよう。――『サクリファイス・ヒストリア』]!」

「それは――」


 瞬間、リゲルの全身が突如として輝き出す。陽光のように、暁光のように、視界全てを染め上げる、猛烈なる光が広がっていく。


「まさか――あなた」

「遅い。――置換せよ、《エンシェント・トリックラビット》」


 消失する。消失する。消失する。

 リゲルとメア、レベッカ、倒れていたラッセルや棒立ちだったギルド騎士の面々までが、一斉に消失する。

 否。それは正しくは消失などではない。


 置換だ。

 猛烈な光溢れるその瞬間、リゲルとその仲間たちは、遠く離れた位置にあった『樹木』と置き換わっていく。


「――まさか!? 遠距離の物体と入れ替わる魔石!? そんな、転移系の力は封じているはず――」

「だから遅いと言っている」


 瞬間。

 フルゴールの目の前に、猛々しい人影が立ち塞がった。

 見上げるばかりに巨大な合金。畏怖すら与える壮烈なる巨躯。

 《デミアダマンタイト・ゴーレム》。リゲルが有する魔石の中でも屈指の性能――第五迷宮岩窟の第四百階層以降に存在する、ランク八、ゴーレムの中のゴーレム。


「BAOOOOOOOOOOOOOッ!」


 流星にも似た、極速の拳が、フルゴールへと振るわれる。

 大気を、空間ごと粉砕するかのような剛撃。


「がっ!?」


 咄嗟にフルゴールは体術で受け流そうとするが、受けきれない。

 極小化ですら減衰しきれない。家屋三つ分ほどの腕――それはそれはもはや凶器。

 空気も、大地も、何もかもを爆裂させるかのような剛撃は、一瞬で地面を粉砕させ、着弾点を破壊し、地割れすら起こしてフルゴールごと弾き飛ばした。


「――む、うううっ!?」


 即座に『分体』を四つ生み出し、衝撃波を緩和させようとするフルゴール。

 だが容易く破壊される。

 さらに同時に『極小化』で威力を減退させようとするが、『視界に収まりきらないものは極小化しきれない』という、リゲルには言ってなかったはずの弱点まで突かれている。防御に失敗。

 地面を転がる。無様に、滑稽に、周囲の木々にぶつかる。

 それでも破砕と横転を繰り返しながら、フルゴールは屋敷外の大樹にまで激突する。


「ぐっ……うう」


 所持していた威力減衰の魔術具を、複数使って耐えしのぐ。

 命に別状はない。だがそれでも《デミアダマンタイト・ゴーレム》の猛攻は終わらない。

 襲撃者よ滅ぶべしと、生かして返すわけにはいかぬと、巨大なる荘厳な巨人は大地を割り、砕きながら猛進する。


「これは……少々手間が掛かりますね」


 フルゴールははじめて口の中に血の味を感じながら、暴力の化身とも言うべき巨人を見上げる。


「時間稼ぎのつもりが、こちらが稼がれるとは」


 ――フルゴールには、いくつもの知識の中で導いた答えがある。

 リゲルは、『代償』を元に本来なら不可能な脱出を行った。


 通常、この付近にはフルゴールの張った結界がある。

 転移系の力は封じられるはず。

 だが彼は『代償』を払い、それを無理矢理にこじ開けた。


 ――『サクリファイス・ヒストリア』。

 それは遥かな皇国や帝国の中でしか伝わっていないはずの秘術。

 『自分の記憶を代償にして』通常の数倍の力を引き出す禁忌なる秘術だ。

 秘奥も秘奥――まさに国の中枢に位置する人間のみが有するはずの秘術のはずだが。


 なぜか、リゲルはそれを利用出来た。


 ――なぜ? どうやって? 彼は何者? その答えをフルゴールは知らない。だがリゲルは臆することなく秘術を使った。


『まさか』――フルゴールが心の隙を突かれた結果は無断だ。

 置き土産の《デミアダマンタイト・ゴーレム》に襲われこの様だ。フルゴールの内で激しい後悔や屈辱が湧き上がる。


「――っ、撤退の護符を」

「BAOOOOOOOOOOOOOッ!」


 させないとばかりに豪腕が、空を切り裂き到来する。

 フルゴールは体術や魔眼、それに極小化や分体を駆使しその猛攻を凌いだ。

 だが凌ぎ切れない。肋骨が折れ腕が軋み、全身が万力にでも潰されるような激しい圧迫感。


「ああ、ああああああああっ!」


 狂おしいまでの屈辱と、憤激。それらを押し殺しながらフルゴールが咆哮する。


「捧げたのは自分の記憶? おそらくはどうでも良い記憶でしょう。ですが、まさか実践で躊躇もなく使えるとは」


 『サクリファイス・ヒストリア』は万能ではない。

 調整を間違えれば致命的な記憶すら消失してしまう。

 諸刃の剣。――ゆえに秘奥。他国の、それも中枢に近い者のみが知っているはずの、禁忌にも等しい大秘術だった。

 それを使われ、逃げられた。


 さらには《エンシェント・トリックラビット》――周囲の味方ごと遠方の物体と置き換わる魔石を使い、リゲルは脱出不能のはずの空間を見事に破り脱出した。


「わたくしが、仕損じるなど……」


 《デミアダマンタイト・ゴーレム》が咆哮する。

 貴様は死ねと猛攻する。フルゴールは、弾き飛ばされ、転がされながら、屈辱に身を焦がすしかない。


「おのれ! リゲル――その名、覚えておきましょう。今度手合わせるときは、必ず仕留めます。リゲル、リゲル、リゲル、リゲル。――わたくしの、全力をかけて貴方を――」


 言葉は最後まで言えなかった。

 なぜなら。

 背後に。背後に。背後に――。


「GYAAAAAAッ!」

「KYUURAAAAAAッ!」「BOMOOOOOOOOッ!」

「SYUUAAAA!」「YUUUUUッ!」「FUUUUUUUUUッ!」


 背後。広大なる大地の上に。大量の魔物が、組織だった巨影が。

 いくつも乱立している。膨大な魔力が溢れ、狂騒の花を咲かせていく。


「待ち伏せの――魔物!?」


 フルゴールの全身が禍々しい魔力で震える。

 馬鹿な、馬鹿な、こんな……っ! いつの間に……。


「予め魔石を放っておき、緊急時に備えていた……!?」


 フルゴールのその予想は当たっている。

 リゲルが用意したのは、《ドレッドトレント》、《バークスパイダー》、《レッサースフィンクス》、《エルダースケルトン・ナイト》、《ホブドレイク》、《バーバリアンジェネラル》、《バーンゴーレム》、《ブレイズキャンサー》、《ラージエレメンタル》など強力な魔物。

 総数三十八種類――数にして百二十四個の魔石による大軍団だ。


 いつ、それを展開していたのかわからない。いつ、それを準備していたのかわからない。

 フルゴールの脳裏に、走馬灯が過ぎりながら、彼がただ思ったことは。


 ――リゲルに足止めは通じない。

 その膨大な戦力にすり潰され、命の灯火を散らされる。

 本来、恐怖の象徴であるはずの、自分が。

 『楽園創造会シャンバラ』の幹部が。

 およそ初めて感じた――真なる恐怖。


「あはは……」


 フルゴールは笑いが止まらない。

 死、死だ、死が迫っている。

 目の前に濁流の如く群がる影たちを見つめながら。フルゴールは腕を噛まれ頭を潰され猛威の具現と化した魔物の群れによって、破壊し尽くされた。

 

 

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