第37話 暗黒教団への勧誘

 教団に迎え入れる? なにがなんだかわからない。俺はそんなことを望んでないのに勝手に決められても困る。


「ちょ、ちょっと! あんた何様のつもりなの! リックの意思は無視して、勝手に話を進めて」


「部外者は黙っててください」


 ノエルがリーサの額を思いきり指ではじく。リーサはその攻撃を受けて仰け反り倒れてしまった。


「え、ちょ、な、なにこれ。あはは、か、からだがく、くすぐったい……! ひ、ひい。あひぃ。た、たすけて……」


「おい! お前! リーサになにをした!」


 俺はその辺で拾った長い木の棒をノエルに向ける。剣と呼べる代物ではないが、こんなものでもないよりはマシだ。


「私が用があるのはリック様。あなただけなのです。そこの浅ましい体型をした金髪ビッチはどうでもいいのです」


「警告1、リーサを元に戻せ。警告2、これ以上、リーサの侮辱はするな。警告はした。それを破れば、俺はお前になにをするかわからない。暗黒騎士は1度力を解放したら、誰かを殺すまでは解除することができない。死にたくないんだったら、弁えろ!」


 ノエルは黙って指パッチンをした。次の瞬間、床に転がって悶えていたリーサが元に戻り、息を整えた後に起き上がりノエルを睨みつけた。


「リック。私、こいつ嫌い」


「リック様。私はあなたには敵意はありません。それどころかあなたに忠誠を誓いたい所存です。あなたが死ねとおっしゃるなら私は喜んで自らの首を刎ねましょう」


 ノエルはその場で跪いた。俺が「死ね」と言われたら自分の首を刎ねる? 冗談じゃない。誰が「死ね」だなんて言うか。


「俺はあんたらみたいな怪しい教団に関わる気など一切ない。俺はただ平穏に暮らしたいだけなんだ」


「平穏? ご冗談を。暗黒騎士のスキルに目覚めただけで理不尽に殺される。そんな腐った世の中でどうして平穏に過ごせると言うのですか?」


 ノエルの言葉が俺に突き刺さる。確かにノエルの言っていることには一理あるのだ。俺はアルバートのように快楽殺人者ではない。ただ、自分の身を守るため、誰かを助けるために自身の力を使うことはあったが、自らが強くなるために他者を殺す気などない。もちろん、殺しで快楽を得る嗜好もないのだ。それなのに、世間は俺を危険分子だと決めつけて殺そうとしてくる。


「それに処刑の対象になっているのは暗黒騎士だけではありません。表立ってはいませんが、私と同じ悪霊憑きも国から命を狙われる存在なのですよ」


「な、なんだって」


 ノエルから聞かされる衝撃的な事実だ。悪霊憑きは発現数が少ない。なのに、どうしてそんな扱いを受けるんだ。


「実はですね……悪霊憑きの発現確率は思ったより低くないのですよ。それなのに、なぜ低いとされているのか。このスキルに目覚めた者は秘密裏で暗殺されているのです。だから、悪霊憑きが発現したという記録が極端に少ないのです」


「そ、そんな……どうして」


「理由は1つ。このスキルが聖騎士を殺しえるスキルだからですよ。この世界はどうしても聖騎士が最強だということにしたいのです。そして、聖騎士を崇めるように国民を洗脳している。事実、騎士を目指す者の中でも聖騎士に憧れる者が多いでしょう」


 確かに。俺も騎士学校に通っていた時代は聖騎士に憧れていた。最も強くて高貴で神聖な存在。みんなは彼らに憧れを抱いていた。


「なぜだ! なぜそんなことをする必要がある!」


「それは力をつけた暗黒騎士を殺せるのが聖騎士だけだからですよ。国は暗黒騎士の存在を認めていない。だから、万一、力を付けた暗黒騎士が暴走した時に備えて、聖騎士の軍団を結成したのです。そして、悪霊憑きはその聖騎士の天敵だという理由で殺されてしまうのです。そうすることで騎士系最強が聖騎士になる。天敵がいない聖騎士は個体数を増やしていき、暗黒騎士をより始末しやすくなる。それが、各国の方針なのです」


 暗黒騎士が狙われるのはアルバートのせいだと言うことがわかる。だけど、悪霊憑きまで狙われるのは完全にとばっちりではないか。


「ノエル。良かったのか? 俺たちにスキルをバラして。悪霊憑きも狙われている存在なんだろ?」


「ええ。その点は問題ありません。私たちの教団に記憶を消すスキルを持つ者がいます。あなた方から情報を得たら、私のスキルに関する記憶を全て消すつもりでした。だけど、私とリック様は正に一蓮托生の身。同士なのです。記憶を消す必要はもうありません」


 なんなんだこいつは。俺は教団に入るとは一言も言ってないのに勝手に同士にして。ついていけない。


「ノエル。俺は教団に入るつもりはない。国に反逆したいのなら勝手にやってくれ。俺は戦争がしたいわけじゃない。戦いたいわけじゃない。ただ、平穏に暮らしたいだけなんだ」


 俺の発言を受けてノエルは黙ってしまった。そして、一呼吸置いた後に口を開く。


「果たして、血を流さないで平穏な日常は手に入るのでしょうか?」


 俺はその言葉にハッとした。何気なく真理を突いたかのようなその物言いに一瞬納得しかける。


「現在、平穏な暮らしをしている人は確かにいます。ですが、彼らがどうして平穏に暮らせるのかと言うと答えは1つ。戦争に勝ったからです。魔族との戦争に勝ち、地上の支配権を人類が得た。そして、次は人類同士での争い。負けた国は理不尽に殺され、嬲られ、弱体化する。植民地にされて、祖国の言葉や文化も奪われる。敵性の国の領土になったらと言って、その国の国民と同等の扱いを受けるわけではない。あいつは元敵国の民だ。その子孫だ。そうした差別が国レベルで行われる。彼らに平穏はありません。なぜならば、争いに負けたからです。そして争いから避け続けた者も領土や資源が他国に比べて少なくて、苦しい生活を強いられる。争いに勝った者だけが豊かな生活をしているのですよ」


 ノエルの言っていることは確かに間違ってはいない。それは歴史が証明している。魔族は負けたから滅んだ。人類間の争いになっても、負ければ国が滅ぶ。そんな戦いばかりだ。俺が帝都ロルバリアや故郷のフローレス村で平穏に暮らせていたのも、そこが勝った国の領土だからだ。俺が勝った国の国民だからだ。


「リック様。目を覚ましてください。あなたが平穏に暮らすために必要なこと……それは。暗黒騎士に仇なす国を全て滅ぼすことです。そして、あなたが世界の支配者になるのです。そうすれば、誰もあなたに逆らうものはいなくなる。約束された平穏な日常が待っているのです」


 ノエルが俺に向かって手を差し出す。この手を取れば、俺はノエルの側につくことになる。それは俺の日常が戦いになることを意味する。俺はただ、平穏な世界でスローライフな日常を送りたかっただけなんだ。


「俺に全世界を敵に回せと言うのか?」


「いいえ。リック様、あなたを受け入れてくれる国はあります。私の祖国にて、アルバート教の本部がある【クリスリッカの国】その国は暗黒騎士の存在を容認している唯一の国。そこがあなたの目指す真の平穏がある世界です」

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