第36話 新たなる救世主

「アルバートは世間一般では大罪人とされている。それを崇拝する教団か……国によっては教団員全員の極刑は免れないな」


 俺は至極当たり前のことを述べた。アルバートは、元が大罪人として牢獄に捕らえられていた存在だ。時代が変わったから英雄から犯罪者になった存在ではない。最初から救いようのないクズだったのだ。


「ええ。しかし、彼が人類と魔族との争いに終止符ピリオドを打ったのは事実です。その一面を評価せずに彼を非難するのは間違っている。私はそう思います。魔族の侵攻に怯えることなく日々を送れているのはアルバート様のお陰なのですよ」


 ノエルは純粋無垢な瞳で俺と目を合わせる。確かにノエルの言っていることも一理ある。人類と魔族。その争いは長きに渡っていた。アルバートがいなければ、今でも人類は魔族と争いをしていた可能性が捨てきれない。


「アルバートは確かに魔族を倒した。しかしだ、魔族がいなくなったからと言って人類は争いから解放されたわけではない。今度は人類同士で土地や資源、権力争いをしている。その余波でひもじい想いをする子供や巻き込まれて命を起こす善良な市民もいる。アルバートが魔族との戦いを終結させたからと言って、平和になったわけではない!」


「確かに。リック殿の言うことにも一理あります。しかし、それは当時の国王がアルバート様を処刑する愚策を行ったからですよ。いえ、アルバート様だけではありません。新たに生まれてくる暗黒騎士全員を処した。それは本当に愚かなことです。彼らがいれば、愚かな人間たちを殺害し、浄化することで真の平和な世の中を実現できたはずなのです!」


「浄化……な、なに言ってるんだよ! そんな人間をゴミや穢れみたいに」


「他人から土地や資源を不当に奪う人間が穢れでなく何なのです? そういった穢れを処分するための力として暗黒騎士が必要だったのです」


 なにを言っているのか全然わからない。人を殺すことを浄化だの穢れを払うだの綺麗な言葉に置き換えて正当化している? 俺には理解できない。俺は相手がどんな悪人であれ、手をかけることに心を痛めてきた。殺さずに済むのだったらそれで良い。俺が殺した“人間”はエドガーで最後であって欲しいと今でも願っているのだ。


「理解できないという顔をしていらっしゃいますね。しかし、リック殿もいつかはわたくし共の思想に賛成する日が来るのですよ。正義の価値観は時代と共に移り変わるもの。アルバート教が世界を平和に導けば、それが正義、真実なのです」


 とんでもないカルト教団だ。俺はこいつらとは出来るだけ関わりたくない。


「さて、本題に移りますか。わたくし共の活動として、暗黒騎士のスキルを得た者の保護というものがあります。暗黒騎士は抹殺する。それは、どこの国の法でも定められていることです。ですから、暗黒騎士の存在を捕捉したら、彼らが力を付ける前に殺すのが国の愚策。アルバート教は、処刑されるべき暗黒騎士を保護するのを目的としているのです」


 冗談じゃない。こいつらに保護なんてされたくない。絶対に保護では済まされない。こいつらは。暗黒騎士の力を利用して力を付けたいだけなのだ。


「なるほど。暗黒騎士を保護して、自分たちの手駒に加えるということか」


「手駒というのは語弊があります。我々は暗黒騎士を新たな救世主として崇めているのですよ。むしろ駒なのは私たちの方です」


「どちらにせよ同じことだ。だが、果たしてそう上手くいくかな? 暗黒騎士が魔族を撃ち滅ぼせたのは、魔族には聖騎士と暗黒騎士のスキルが覚醒しなかったからだ。暗黒騎士に対抗するには、同じ暗黒騎士をぶつけるか、相性で有利が取れる聖騎士をぶつけるかの二択。魔族はそれが出来ないから滅んだ。だが、人間は違う。聖騎士のスキルを持つ者を優遇して育成している。とても暗黒騎士1人で盤上をひっくり返すだけの力はない」


「ええ。ですから、それは私のスキルでカバーしてやればいいだけの話です」


 ノエルは手の平を上にして手を広げる。そして、手のひらからボッと青白い炎が出た。これは魂か?


「私のスキル悪霊憑き。名前くらいは聞いたことがあるでしょう?」


「悪霊憑き……?」


 リーサが首を傾げている。だが、その反面俺は驚きが隠せなかった。悪霊憑きは万人に1人に発現するスキルなのだ。こんなレアな能力は滅多にお目にかかれるものじゃない。


「悪霊憑き……初めて見た」


「ええ。罪人の魂から罪と罰を抽出して、対象に背負わせる“濡れ衣”の能力。放火魔の罪と罰を背負わされたものは全身を焼かれ、窃盗の罪と罰を背負わされた者は財産を失う。罪人が地獄で受ける罰を生者に肩代わりさせる理不尽な能力です」


「なるほど。清廉潔白な聖騎士でも、悪霊が憑いたら罪を背負うことになり、スキルの威力が弱まる」


 暗黒騎士最大の天敵が聖騎士ならば、聖騎士最大の天敵が悪霊憑きなのだ。故に、この3つのスキルは、三竦みの関係を象徴するシンボルとして、いにしえより定着しているのだ。個人的には、暗黒騎士が悪霊憑きに勝てる道理が思い浮かばないので、無理矢理当てはめた感じがしてならない。


「ええ。詳しいですね。そうです。悪霊が憑いた者は魂レベルで身に覚えのない罪を背負わされます。罪は肉体ではなく魂、人格に刻まれる。その原理を知っているとはリック殿も中々の博識ですね。その知識は一体どこから……?」


 しまった。開拓地村での一件で、得た情報だ。普通に生活していれば知り得ることのない情報。それこそ、犯した罪によってスキルの強弱が決定する能力持ちでなければ……


「まあ、いいでしょう。あなたがどこでその知識を仕入れたかなんてことは……あなた方が開拓地村で得た情報に比べれば些細なこと。さあ、お話しください。開拓地村にいた暗黒騎士の正体を」


 ノエルと俺の距離が縮まる。その分ノエルの圧が強くなるが、俺は決して動揺する素振りを見せるつもりはない。


「知らないな。開拓地村にいたのは事実だが、暗黒騎士に関する情報はなにも得ていない。俺たちが村を去った後に暗黒騎士が立ち寄ったんじゃないのか?」


「ほう。その話が本当かどうかを確かめさせて頂きます」


 ノエルの右手に赤い人魂がぼっと出現した。そして、ノエルはその赤い人魂を手にしたまま、掌底を俺の鳩尾に食らわせた。


「がはっ……」


「リック!」


 蹲り咳き込んでいる俺を心配したリーサが立ち上がり、駆け寄ってくる。


「リック殿。あなたに詐欺師の悪霊を憑かせました。これであなたは詐欺師の罪と罰により、嘘をつくことができなくなりました。そして、詐欺師の悪霊が憑いているならば、あなたが過去についた嘘を遡って探索することができます。ついた嘘が過去であればあるほど探知に時間がかかりますが……つい1分前についた嘘はすぐに見破れます」


 悪霊憑き……なんて厄介なスキルなんだ。罪人が地獄で受ける罰を他人に肩代わりさせるなんて反則もいいところだろ。なんで俺が詐欺師の罰を受けなければならないのだ。


「バ、バカな! どういうことですか!」


 ノエルが狼狽えている。一体なにが起きたのだ?


「嘘の記憶を遡れないだと……私の悪霊が機能してない。そんな、まさか……どんな聖人君主でもその身に宿した罪は罰を受けなければ清算できない。ならば、悪霊の魂が機能しなくなる要因は1つしかない。それは、悪霊が憑いた対象がその身に魂を宿すことで機能するスキル。そのスキルは自身の身に宿った魂をコントロールできるから、悪霊の罪と罰を受けない。魔族にのみ発現する死霊術師ネクロマンサーはありえない。とすると、人間が発動するスキルで魂を身に宿すのは、私と同じ悪霊憑きともう1つの可能性は――」


 ノエルがゴクリと息を飲んだ。そして、その場で膝をつき頭を下げた。


「とんだご無礼をして申し訳ありません。救世主リック様。あなたを我が教団に迎え入れます」

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