第34話 暗黒騎士は仇

 無数に積み重なった屍の上。そこにアムリタは立っていた。老若男女区別せずに積みあがったそれからアムリタは朝焼けを眺めていた。


「なーに、感傷に浸ってんだ」


 アムリタの背後から声がした。アムリタが振り返るとそこには2人の男女がいた。


「ルーラーとソフィアか」


 アムリタは屍の山から飛び降りて2人の男女に近寄った。


「遅かったな。もう私1人でこの村を制圧したぞ。戦闘系のスキルを有している者がいないとこうも脆いとはな」


「流石です。アムリタ姉さん。これで憎き人類が我ら魔族から奪った土地を奪還できましたね」


 見るからに人当たりが良さそうで清掃な修道女の恰好をした女が手を合わせて喜んでいる。


「ああ。そうだな。ソフィア。なにが開拓地村だ。ここは我ら魔族の地アトロスリアという名があったというのに」


 アムリタは拳をぐっと握って歯を食いしばった。一方で、隣にいる金髪のオールバックの男は不満が顔に出ている。


「チッ……本来だったら、アトロスリア奪還は親父の手柄にはるはずだった。あのリックとかいう暗黒騎士さえいなかったら全ては上手くいっていたのだ」


「あら、ルーラー兄さんはまだ恵まれている方じゃないですか。お父様がご存命なのは羨ましい限りですわ。私は……」


 先程までニコニコしていたソフィアが鬼のような形相になり、髪を思いきりかしむった。


「私はお父さんをあのド畜生スキル持ちの腐れポンチ野郎に殺されたんだ! あぁ! どうして! 私のお父さんが! あぁああ!」


 ソフィアは近くにあった建物を思いきり殴りつけた。建物は殴られた箇所からヒビが入り、それがやがて建物全体に広がる。そして、景気良い音と共に建物がバラバラに崩壊してしまった。


「あーあ。こうなったらソフィアはもう手がつけられねーぞ。こういうところは本当にマークのおっさんにそっくりだな。どうすんだアムリタ」


「放っておくんだな。空腹になれば勝手に収まるだろ」


「それまでこの村が持つかあ? あぁん?」


「別にこの村は滅びたっていい。薄汚い人間が作った文明などいらん。建物は我ら魔族が一から作ってみせる」


 アムリタのセリフにルーラーは拍手をした。


「いやあ。素晴らしい。流石魔族の鑑。その薄汚い人間の血が半分入っているというのに、それを棚にあげる。中々できることじゃないぜ」


「私を愚弄するなルーラー」


 アムリタは剣を抜き、ルーラーに向けた。一触即発の状態だが、それでもルーラーは表情を崩さずにへらへらとした小馬鹿にした笑みを浮かべている。


「おお、怖っ。アムリタだって、ラッドのおっさんが殺されてるっていうのに全く動じてねーな」


「当たり前だ。やつは父親と言えど純粋な人間の血が100パーセント流れている。下賤な存在だ。尊敬するに値しない。魔族の血が一滴でも流れていればまた違ったんだがな。むしろ死んでせいせいしている」


「やだねー。年頃の娘は反抗的で。オレも将来結婚して娘が生まれたら、こんな風に忌避されんのか。いやはや父親とは損な役回りだな」


「それより、エドガーお兄様だ。お兄様の仇……それは私が必ず討つ」


 アムリタがそう発言した途端、建物を破棄して回っていたソフィアの動きがぴたりと止まった。


「は? おめえなに言ってんだ? 暗黒騎士リックはわ・た・し・が! るに決まってんだろ。こっちは最愛のお父さんを殺されてんだ」


「それを言うなら、私も父親を殺されているが?」


「てめぇーはよ! 父親に対する尊敬の念ってもんがねえだろうがよぉ! こっちは、今でもたまに一緒にお風呂に入る仲だったんだよ!」


「いやそれは普通に引く」


 成人済みの年頃の娘が父親と一緒に風呂に入る。その異様な発言を聞いたルーラーは普通に引いていた。


「ああ、それはルーラーに同感だな。私は2歳の時には既に父親と一緒に風呂に入るのは拒否していた」


「それはそれでラッドのおっさんがかわいそうだな。せめて5歳くらいまでは入ってやれ」


「とにかく! 私が! リックの野郎をぶっ殺してやるんだ!」


「断る。私だってエドガーお兄様の仇をとりたい」


 バチバチにやりあっているアムリタとソフィア。こうなってしまっては、ルーラーが仲裁に入る他ない。


「まあまあ落ち着けって。間を取ってオレがリックをぶち殺してやる。それでいいだろ? なあ、この話はそれで終わり」


「「はあ?」」


 女2人から睨まれるルーラーものすごい圧をかけられたところで彼は動じなかった。


「いやあ。オレもさあ。親父がビビって逃げた相手と戦ってみてーわけよ。もし、リックを倒せたなら、オレは親父以上の存在になれたっつーことだろ? 親父越えっていうのはなあ。一種の男のロマンってやつなんだ。目標なんだ。わかるだろ?」


「わかるわけないだろ。アホか。私たちは女だ」


「ああ。アムリタの言う通りだな! 親父越えだとかそんな浅ましいこと私たちが考えるわけねえだろ。アホか! とまあ、それは置いといて。このままじゃ埒が明かねえ。内輪で争っていても仕方ねぇし、相手はお父さんたちを倒した強敵だ。バラバラになって戦うよりかは、連携した方が得策ってもんだなあ! つまり、止めを刺す役目を決めるなんらかの取り組みが必要ってことだなァー!」


「なんで一番平静さを欠いてるお前が建設的な意見出してんだよ。正論すぎて反論できねーよ」


 全会一致でソフィアの提案を元に話し合いが行われることになった。


「それでは、まずは意見を出していきましょう」


 落ち着きを取り戻したソフィアが丁重な口調になった。その変わりようははたからみたら異様な光景ではあるが、アムリタとルーラーも見慣れた光景であるため特にツッコミを入れることはしなかった。


「まずはオレから1ついいか。暗黒騎士リック。奴は間違いなく強い。俺たち兄弟の中でも強い方だったエドガーの兄貴が負けたんだ。サシでやりあったところで勝てない。その前提はいいな?」


「ああ。それは私も同意見だ。エドガーお兄様とその他2名は一騎打ちでやりあったから負けてしまった。だから、私たちはそれと同じ轍を踏むわけにはいかない。だが、この3人で陣形を組んで戦うとなっても誰が止めを刺すのか。それで揉める。そういうことだろ?」


「そうですね。みんなそれぞれ暗黒クソ野郎を倒したい動機はあるみたいですからね。予め誰が優先的に止めを刺すか決めておかないといけません。戦闘中に揉めるとそこが綻びとなって敗因となってしまいます」


 全員がルーラーの意見に同調した。戦闘中に先程のように揉めたら致命的な瑕疵かしになる。


「問題はだ。止めの役を担うのを公平性がある決め方にしなければならないということだ。でなければ、また揉める可能性があるからな」


「そうですね。単純なアムリタ姉さんはともかく、ルーラー兄さんはずる賢いですから、イカサマを仕掛けてくる可能性があります。よって、ルーラー兄さんが提案する決め方は却下すると先に行っておきますね」


「おい! なんで提案の内容も聞かずに却下するんだ! おかしいだろうがよ!」


「日頃の行いだな。それとソフィア。次、私に対して単純だと言ったらぶっ殺すぞ」


「そうやって怒るところが単純なんですよ」


 その後もなんやかんや揉めながらも最終的に誰が主導になってリックと戦うかを決めた。


「ふう……なんやかんや少し揉めたけど後腐れなく決まって良かったぜ」


「ああ。これで心置きなくあの暗黒騎士を地獄に送れる」


「ええ。そうですね……後はリックとかいう下衆がどこにいるのか突き止めるだけですね」


「なあ……オレたちリックの場所も知らずにこんな議論してたのか? ……それって、もしリックが見つからなったら俺たちのやっていたことは全部不毛なことなんじゃ……」


「言うなルーラー!」


 こうして、カイーナの子供たち3人によるリックの追跡が始まった。

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