第33話 夜逃げ

 リーサが俺の拘束を解いてくれた。これで俺は晴れて自由の身になったのだけれど……いや、ある意味リーサに縛られる人生になったか。まあ、そういうのも悪くないか。俺の正体を知っていても受け入れてくれる存在。俺がずっと欲しかった存在なのかもしれない。


「さてと。リック。これからどうするの? 外には村人が見張っている。もし見つかればなにかと理由をつけてあなたをずっと拘束するかもしれない」


「ああ。それは厄介だな。俺は開拓地村の人間に恨みはない。だから力づくで押し通る気にはなれない。相手が友好的に接してくるなら、俺も友好的に接することしかできない」


 開拓地村の人間は俺を恐れてはいるはずだ。だが、同時に友好的に接すれば俺が危害を加える気がないことを知っている。だけど、暗黒騎士は処刑するのがこの世界共通の法律だ。どこの国に行っても俺は逃げ場がない。俺の故郷フローレスの村では、流石に村のみんなに情があったのか処刑は免れた。だけど、開拓地村に関しては俺に情けをかける必要はどこにもないのだ。


「ねえ。リック私に考えがあるんだ」


「考え?」



 俺とリーサは走った。それはもう全速力で走った。


「あ! リックがいたぞ!」


 村民のひとりが叫んだ。そうすると周囲にいる村民が気づいたのか俺たちに視線が集まる。


「リック! 待て! お前どこに行くんだ!」


 そう簡単に逃げられるはずがなく、俺たちは開拓地村の人たちに囲まれてしまった。


「リック。お前が野盗を追い払ってくれたんだろ? お前はいわばこの村の英雄だ。領主ボーン様がお前を労うためにもてなしをしてくれるそうだ」


 見え透いた嘘だな。もし、ボーンのところに行けば捕らえられてしまう。それだけは避けなくてはいけない。


「邪魔しないでみんな! まだ終わってない!」


 リーサがそう叫んだ。まだ終わってない。その言葉に村人たちは怪訝な顔をした。ここから先は演技だ。決してふざけてはいけない。真剣な表情でやって、決して嘘っぽいことをしてはいけないのだ。


「ああ。野盗は逃げたんじゃない。増援を呼んでまたこの村を攻め落としに来るんだ」


「な、なんだって!」


 村人たちがざわつく。みんなは野盗を追い返せたと思っているからこそ、俺の捕獲をしようとしている。だが、野盗がまた戻ってくるのであれば話が別だ。俺の力がなければ撃退することができない。要は脅威には脅威をぶつけるしかないという状況だ。


「私とリックが村の入口で野盗を迎え撃つ準備をする。みんなは後ろに下がってて」


 リーサの迫真の演技が光る。こいつ女優の素質もあるんじゃないのか?


「し、しかし……」


「俺はみんなを守りたいんだ! だけど、みんなが近くにいたら思う存分に戦えない……わかるだろ?」


 俺のその言葉に村人たちが一斉にドン引きしたのを感じた。暗黒騎士の暴走状態。それは、教養があるものなら誰でも知っていることだ。もし、俺たちの言っていることが本当だとして、野盗が戻ってきたら戦闘になる。戦闘になって、暴走に巻き込まれたら、命が危ぶまれる。そんな状況で物見遊山感覚で戦闘を見に行く命知らずはいないだろう。ここにいる全員は暗黒騎士に恐怖して俺を殺そうとしているのだから。


「む……わかった。そういうことなら……村を頼んだぞ」


 村人たちはしぶしぶどいてくれた。まるで苦いものでも食べたかのような表情。村人たちの心境は一体どんなものなんだろう。つい最近まで一緒の村に住んでいた村民を処刑する。俺だったら、とてもじゃないけど罪悪感で耐えられない。だけど、それ以上に村人にはきっと恐怖の感情があったのだろう。それは仕方のないことだ。だけど、ほんの少しでも欠片でも罪悪感が残っていてくれたのなら……俺はそれで救われる。だって、殺したいほど憎んでいる相手に罪悪感など抱かないのだから。


 村人たちから解放された俺たちは村の出入り口を目指した。もちろんこの村から抜け出すためだ。野盗から村を守るだなんて真っ赤な嘘だ。野盗が戻ってくることは恐らくないだろう。暗黒騎士がいる村を好き好んで襲うバカなんてどこにもいない。


 村を抜け出してしばらく走り抜けた俺たち。行く当てもなく、ひたすら村から遠くへ遠くへ走っていく。


「ねえ。リック。なんかドキドキしない?」


「走ってるからな。心拍数も上がるだろ」


「そういうことじゃないってば。もう……こうやって2人だけで住んでた村を抜け出すのって駆け落ちみたいじゃない?」


「あはは。確かにそうだな。エドガーの野郎が見たら嫉妬しそうだな」


「ねえ、リックこれからどこにいくの?」


「さあな。わからない。俺はこれからもスキルがない出来損ないと偽って生きていくしかない。出来損ないの移住民を受け入れてくれるところなんて早々ないさ。だから、俺は人手が足りてない開拓地村を目指したんだ。そこなら出来損ないでも仕事はあるからな」


「そうなんだ。リックも苦労したんだね。じゃあ、リックは私の家来にしてあげよう」


「断る」


「なんで!」


 リーサはショックを受けたのかその場に止まってしまった。俺もつられてその場で止まり、軽く息を整える。


「家来って盗賊だろ」


「そう。盗賊稼業からは足を洗うつもりだったけど、また旅に出るんだったらそれで路銀を稼ぐしかないかなって」


「いいか。俺は真っ当に生きたいんだ。人を傷つけることなくだ。俺が騎士を目指していたのも盗賊やならず者から善良な市民を守るためだったんだ。奴らは争いの種を見つけるとどさくさに紛れて市民から略奪行為をするからな」


 騎士を目指すものの中には積極的に戦地に赴き、武勲を立てようとする者もいた。だけど俺はそういった前線で血で血を洗う争いをするのでなく、そういった争いに巻き込まれる人たちを守りたかったんだ。戦争に負けた傭兵崩れが犯罪者に成り下がることなんて珍しいことではない。


「へー。じゃあ、運命がちょっとでも違ったら私とリックは敵だったんだ」


「……かもな」


 なんだか少し複雑な気分だ。こうしてリーサと出会えたのも俺が暗黒騎士のスキルを持っているからだった。もし、俺が普通の騎士でリーサと出会っていたなら……俺たちはこういう関係にならなかったのかもしれない。



 一方その頃の開拓地村では、明け方に都から騎士が訪れていた。


「おお。都の騎士様ですか」


「貴殿が領主のボーンか?」


 騎士は馬から降りると兜を外した。兜の中から出てきたのは、凛々しい顔つきをしたポニーテールの女性だった。


「はい……その暗黒騎士がこの村に現れた件についてなんですが……」


「なぜ捕らえなかった」


「へ?」


「暗黒騎士をだ。私を呼び出しておいて、むざむざ逃がすとは何事だ」


 女騎士は剣を抜き、ボーンに向けた。


「ひ、ひい。ま、待ってください騎士様。私も民に命じたのですよ。あの忌まわしき暗黒騎士を捕らえるように。もちろん、彼らの身に万に一つのことがあってはいけません。やつを刺激しないようにそっと捕らえるように……」


「そんなことはどうでもいい。わざわざ就寝中の私を叩き起こしてくれやがって。早馬を使ってまでここに赴いたのだ。その暗黒騎士をこの聖剣で処刑するためにな!」


「で、ですが騎士様……奴はその、気づいたらいなくなっていたというか」


「言い訳をするな!」


 女騎士はボーンを聖剣で容赦なく斬った。ボーンは状況を飲み込めずに口をパクパクとさせてその場に倒れた。


「な……ぜ……」


「ん? そのなぜはどういう意味だ? 聖騎士の私がどうして悪人でもない貴様を斬ったかという質問か? まあ、冥途の土産に教えてやろう。私は聖騎士アムリタとして通っているが、その実は違う。私の本当のスキルは――」


 アムリタが喋ろうとしたその時にボーンは事切れた。


「なんだ。死んでしまったのか。なら名乗るだけ無駄だな。さてと。お兄様……あなたの仇はかならずこのアムリタが取ります。まずは手始めにお兄様の……いえ。お母さまの……私たちの悲願であったことを実行しますね……」


 アムリタは兜を被り、馬に乗った。そして、馬を走らせて村人が集まっているところに向かう。


「開拓地村の制圧――!」


 エドガーの妹にして魔族カイーナの三女アムリタ。そのスキルは、魔族にしか発現しない聖暗黒騎士。聖騎士と暗黒騎士の性質を併せ持つスキル――

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