第27話 術士、術に溺れる

「え? 嘘……リックが暗黒騎士だなんて嘘だよね」


 リーサが俺を奇異な目で見ている。やめろ。やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。リーサだって知り合って間もない間柄ではある。でも、それなりに楽しく付き合いをしていたつもりだ。そんな相手から恐怖が入り混じった表情を見せられたら、とても心が痛い。


「ふふふ。そうだよ。リーサ。そこのアルバートの言う通り、こいつは呪われたスキルを持つ暗黒騎士。さあ、そんな男のところを去り、僕の胸に飛び込んでおいて」


 エドガーが腕を両手に広げてリーサを受け入れる準備をする。リーサはエドガーの元にツカツカと近づき、エドガーの眼前で止まる。そして――


 パァンと渇いた音が俺の耳に届いた。リーサがエドガーを思いきりビンタしたのだ。エドガーはなにが起きたのか理解できないと言った表情をしてリーサを見つめた。


「な、なにをするんだリーサ。僕は叩かれて喜ぶ趣味はない。なのに、どうして、僕を叩いたんだ!」


「アンタのせい! アンタのせいなんだ! リックだって、一生懸命暗黒騎士だって隠して生きていたのに! アンタたちが開拓地村を襲撃したせいで、リックの平穏な日常が崩れ去ったじゃないの!」


 俺も一瞬、リーサがなにを言っているのか理解できなかった。だが、すぐに気づく。リーサは俺のために、エドガーに、アルバートに怒りの感情をぶつけてくれたんだ。


「私は例えリックが暗黒騎士だからと言って見捨てない。そりゃ、暗黒騎士って存在スキルそのものは怖い。だけど、その持ち主がリックなら、私は平気。だから、私はリックの傍を離れない」


「な、なぜだ! なぜそこまでその男を信じられる。どうして僕じゃないんだ! キミが信じる相手、共に歩む相手は僕のはずなのに!」


「私はリックを襲撃したことがあったんだ。そりゃ、私は盗賊だし……でも、リックは私を殺せる力があったのに、その力を行使しなかった。見ず知らずの自分を襲った相手。情けをかけるような相手じゃない。だけど、そんな私相手にもリックは優しかった。だから、信じられる。この人は無暗に力を使って人をあやめるような人じゃないって!」


 まずい。泣きそうだ。俺としては、出来る限り人殺しはしたくない。そういった信念でここまでがんばってきたのだ。相手がどんな極悪人だろうと、自らが手をかける度に、俺は心を痛めてきた。俺のそんな心情は誰も読み取ってくれない。そう思ってた。けれど、リーサは暗黒騎士の俺を信じてくれた。それだけで十分だ。俺は十分救われた。


「かっかっか。フラれたなあ宿主様よお」


「うるさい黙れ! 暗黒騎士風情が! アルバートも! リックも! 暗黒騎士は下劣な存在だ! こんな奴らの力になんて頼らない! アルバート! お前は一生僕の中で封印する。2度と貴様の力は使わない!」


 エドガーはそう言ってアルバートに向かって手をかざした。


「よお。エドガー。お前は触れちゃいけない力に触れたのにまだ気づかないのか?」


「なんだとぉ……!」


 アルバートがエドガーの体内にすっと入っていった。


「な! き、貴様! 僕の体になにをするつもりだ!」


「エドガー。お前は詰んでいたんだよ。この俺を呼び出した時に既にな! トランスソウル!」


「な! バカな! や、やめろ!」


 エドガーが被っていた帽子が床に落ちた。そして、エドガーの髪の色が茶髪になり、逆立つ。明らかにおかしい。今までのエドガーではない。これはなんなんだ。


「ふう。50年振りだな。肉体がきちんとあるのは。今までは魂のままフワフワしてたからな。くっくっく。前の肉体に比べたら貧弱だが、贅沢は言えない。まあ、どちらにせよ俺のスキルを駆使すれば肉体の強弱なんて誤差の範囲だがな」


 エドガー……否、エドガーではない何かが上機嫌に鼻歌を唄う。


「な、なんなのこいつ……どうしちゃったのエドガー」


「リーサ。そいつはもうエドガーではない。そうだろ? アルバート」


「ああ。そうだな。奴は……エドガーはネクロマンサーの妙技の1つ。自身の体の主導権を死霊に渡すトランスソウル。それが自らの意思でのみ行われるものだと勘違いをしていた。だが、実際は死霊の生前の格が高ければ、逆に死霊の意思で肉体を乗っ取ることも可能なのだ。エドガーは格上の俺と契約して、俺を扱うだなんて烏滸がましい考えを持った時点で敗北が確定していたのさ」


 アルバートは丁寧に解説をしてくれた。なるほど。それは俺が知らない情報だ。50年前はネクロマンサーのスキルを持つ者が現役だったから、そういった情報も出回っていたのだろう。ネクロマンサーが死滅したと思われていた現代では、本当に死霊を操るという情報しか伝わってないのだ。


「まあ、エドガーも決して弱いやつではなかったな。魔族の血を引いて、更にネクロマンサーのスキルを発現させる程、修行を積んでいる。その後も研鑽を怠らなかったんだろう。今から60年ほど前に英雄だと騒がれていたフーガ。やつはエドガーに呼び出されてた癖に主導権を握るに至ってなかった。エドガーはフーガよりも強かった証左だ。まあ、結論は……英雄のフーガですら乗っ取れないエドガーですら乗っ取る俺が最強だってことだ!」


「ああ。悔しいがその通りだな。アルバートの伝説は俺も知っている。正に最強の英雄と名乗るのに相応しい暗黒騎士だ」


「光栄に思えよ。俺様が復活して早々に殺される哀れな生贄に選ばれたんだからなァ!」


 アルバートの右手に赤黒い剣が生成された。あの剣は――


「バカな! それはブラッドブリンガー! その剣をジェノサイドモードにならずに使えるだと!」


 俺は通常状態ではブラッドブリンガーを生成することができない。それ故に、実物の剣を持ち歩いているのだ。


「ジェノサイドモード……ああ、あの暴走状態のことか。それなら、俺は試しに使ってみた1回しか使用してないぜ。なにせ、俺は殺しを楽しみたいのに意識が失った興ざめだ。極上のメインディッシュも寝ている間に口に入れられたら味わえないだろ? それと同じだ。あんな暴走状態は、俺から言わせてもらえば邪道もいいところだ」


「ありえない……あんな重苦しい感情になる行為を平然と行えるだと。しかもそれを楽しんでいる。こいつはとんでもない変態だ」


「なるほど……リック! お前が通常状態でブラッドブリンガーを生成できないのは、単に殺害数不足だな! そんな弱っちい補正で俺に勝てると思うな!」


 アルバートはブラッドブリンガーを構えて、俺にじわりじわりと近づいてくる。まるで肉食獣が草食獣を仕留めるために射程距離ギリギリを探っている。そんな駆け引きを思わせる所作だ。


「ハァ!」


 アルバートが俺に斬りかかった。俺は持っている剣で応戦した。しかし、無情にもブラッドブリンガーの一撃で剣が刃こぼれしてしまった。


「チッ。この剣高かったんだぞ」


 値段が高い分かなり性能がいい剣だ。メンテナンスも欠かしたことがない。その剣をたった一撃で使い物にならなくした。流石の威力である。


「チッいまいちだ。どうやら殺害された死霊は、殺害した者の魂ではなく肉体に宿るようだ。俺が暗黒騎士のスキルを発動させたことで、俺の肉体に宿ったのは俺が葬ってきた魂ではない。エドガーが葬った魂だということか。くっくっく。まあ、それでもブラッドブリンガーを作れるくらいには殺してくれていて助かったがな」


 そのことを聞いて俺は安堵した。もし、アルバートが生前に殺してきた人数でパワーアップするのだったら、俺に勝ち目はなかった。けれど、エドガーが殺して来た人で勘定されるなら、俺にもまだ勝てる可能性は残されている。

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