第3話 予期せぬ来訪者
俺は父さんの手伝いで農業をすることになった。うちの畑で育てているのはジャガイモとナス。父さんが熟練の技で畑を耕していく。農業系のスキルを持った父さんが畑を耕すと畑に女神の加護がかかり、良い作物が実るようになるのである。一方で俺の耕した土地は何の加護もない土地だ。父さんに比べたら品質が悪い作物が出来上がるであろう。
「父さん……ごめんね。俺農業のスキルないから、良い作物が取れないかもしれない」
「気にすんなリック。どうせ、この畑は広いんだ。俺一人で全部耕しきれない。むしろ余っている土地をお前が有効活用してくれるならそれでいい。お前には確かにスキルはないかもしれないが、それでも心を込めた作物を作ることは出来る。きっとお前の作物も誰かに認められる日は来るさ」
父さんの言葉に胸が温かくなった。そうだ。スキルはなくても俺は人間なんだ。自立して生きていくことは出来る。
「うぅ……」
村の茂みの方から声が聞こえた。誰かいるのだろうか。
「そこに茂みで声が聞こえたよね? 父さん。ちょっと俺見て来る」
俺は
「父さん。人が倒れている。すぐに医者に診せないと」
「そうだな。ケイ先生の所に連れて行こう。」
この村には医者のスキルを持ったケイ先生という人物がいる。彼女は本当は裁縫師を目指していたのだが、医者のスキルが発現してしまったので、医者の勉強をさせられることになってしまった。医者のスキルを持つ者は、学費免除で医学部に入学出来るのだ。
ケイ先生は、元は裁縫師志望だっただけに傷口の縫合はとても丁寧であることに定評がある。つまり、外科手術はお手の物。正直この村にはもったいない人材と言わざるを得ない。
俺は生き倒れている人を背負ってケイ先生の所まで急いだ。騎士学校で鍛えた体を今ここで活かさないでいつ活かすんだという話だ。
「ケイ先生。生き倒れている人がいました」
ケイ先生の診療所に着くと彼女は現在コーヒーを飲んでいる最中だった。休憩中を邪魔して申し訳ないけど、急患だから許して欲しい。
「むむ、何だその人は。見ない顔だな。この村の人ではないな」
「はい。偶然茂みに倒れこんでいるのを見つけました」
ケイ先生は生き倒れている人の額に手を当てた。
「熱はないようだね。ただ、顔色が悪い。栄養失調の可能性があるな。栄養がある流動食でも与えておけば元気になりそうだ」
ケイ先生はベッドに旅人を寝かせてスープを彼に与えた。旅人は咳きこみながらもそれを懸命に飲もうとする。
「しばらく私の方で様子を見る。連れてきてくれてありがとうな」
俺はケイ先生に一礼してから診療所を後にした。
それから、俺は父さんと一緒に農作業をした。俺の作る作物は父さんのに比べたら全然品質が劣るかもしれないけど、それでも俺はこの道で生きていくと決めたんだ。一生懸命やろう。
◇
翌日のことだった。慣れない農作業をしたせいか少し体が怠い。そのせいか俺は寝坊をしてしまった。騎士学校なら確実に怒られて折檻されているような時間帯だ。
朝起きてみると何だか外が騒がしい。父さんや母さんも家にはいないみたいだし、一体どこに行ったのだろうか。そう思って外に出ると信じられない光景を目にすることになった。
ケイ先生の診療所に火が放たれていて、煙が立ち込めている。ケイ先生と旅人は無事だろうか。診療所には既に人だかりが出来ている。
「おらおら! この女の命が惜しかったら、俺様の言うことを聞きやがれぞ」
昨日、診療所に運んだ旅人がケイ先生を左手で抑え込んで、右手からは炎を出してそれをケイ先生の顔に近づけている。
「熱っ……」
「ほらほら、金目のものを持ってこい! じゃないとこの女が火傷しちゃうわぞ!」
わぞって何だ! 方言の癖が強いなこいつ。
「くそ! 卑怯者め!」「ケイ先生に助けてもらったのに何てやつだ!」「こんな奴野垂れ死にすれば良かったんだ」
村人達が旅人を
「みんな。私に構うな。私には医者のスキルがある。自分の火傷くらい自分で治せる」
「うるせえ! てめえは黙ってろぞ!」
旅人はケイ先生の首を左腕で絞めた。まずい。このままではケイ先生が息出来なくなっちゃう。何とかしないと。
「やめろ!」
俺はもう2度と振るうことはないと思っていた剣を手に取り、村人達をかき分けて旅人の眼前に立った。
「ほう。てめえは昨日、俺を助けてくれた坊ちゃんじゃねえかぞ。アンタが医者の所に連れて行ってくれたお陰で回復したわぞ?」
「ふざけるな! あんたがこんな極悪人だって知っていたら助けなかったぞ!」
俺は剣を鞘から抜いた。相手は戦闘系のスキルを持っている……恐らく魔術師だろう。スキルなしで勝てる相手ではないのは分かっている。でもどうしても立ち向かわなければならない。俺はそのために騎士として訓練を受けてきたのだから。
「ひゅー。こんな田舎に騎士がいたとはね。ただ、こんな田舎の警護を任されている騎士じゃ大した実力じゃないだろうよ」
事実だ。俺には暗黒騎士の力しかない。けれどこの力は使わないって決めてある力だ。だから実質俺は無能力者の出来損ないでしかない。
「冥土の土産に教えてやるわぞ。俺様の名前は魔術師オーリー。Aランクの賞金首ぞ。
賞金首にはA~Dのランクが付けられる。それは賞金首の危険度、即ち強さによってランク付けされるのだ。このオーリーとかいう男は最高ランクのAでかなり腕の立つ人物であろう。だが、その事実を知ったところで怯むわけにはいかない。この村は産業系のスキルを持つ人間しかいない。今この場で戦えるのは俺しかいないんだ!
「なるほど……いいこと教えてやるよオーリー。冥土の土産と評して情報を提供した奴は大抵死ぬ法則があるんだよ!」
俺はオーリーに向かって突撃をした。スキルに恵まれてなくても俺には騎士学校で培った剣術がある。それでこの悪漢を駆逐してやる!
と、勢い込んだのは良かったが、オーリーが飛ばした火球が俺の剣に命中した。その瞬間剣がドロドロに溶けてしまった。騎士の命とも言える剣を失ってしまった俺にはもう成す術はなかった。
「あ、ありえない……この剣は鋼鉄製だぞ……それを溶かす程の温度の魔術をこいつは使えるのか……」
俺は絶望した。相手と実力差がありすぎる。これがAランク賞金首の実力。スキルが使えない俺が戦っていい相手じゃなかった。
「どうした? もう終わりか?」
オーリーの不快な笑い声がする。悔しい。こんな奴に歯が立たないなんて。悔しい。一生懸命、騎士になるために努力したのにこんなにも無力だなんて。
魔王すら倒した暗黒騎士の力……それがあればこいつにだって勝てる……?
そんな悪魔の囁きめいたものが俺の中から聞こえた。
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