第2話 世界を救った暗黒騎士
俺がどうして暗黒騎士の力を持つようになったのか。それは今から遡ること3年前――
俺は帝都ロルバリアにあるセリム大聖堂にある神判の間の前に立っていた。15歳の誕生日を迎えた者はこの神判の間で女神よりスキルを賜る。スキルとは女神から与えられた奇跡の力のこと。魔術師のスキルを与えられたものは魔術の力が秀でて、薬師のスキルならより効果の高い薬を調合出来るようになる。
50年程前の魔族が幅を利かせていた時代では、戦闘系のスキルが最も尊ばれるものであったが、今では生産系や技術系のスキルもそこそこ人気である。が、戦闘系の需要がなくなったわけではない。
魔王が倒され、魔族が消滅したこの世界でも争いの種はなくならなかったからだ。魔族と人間の争いが今度は人間同士の争いに形を変えたのだ。お互いの領土や資源や技術の奪い合いをする人間達。そんな世の中では未だに兵の需要はなくならない。だから俺は騎士を目指してその訓練を受けてきたのだ。
そんな俺が望むスキルとしては、1位が聖なる力を身に宿し邪悪を払う聖騎士。2位が龍のような身体能力を持つ竜騎士。3位が他者を守る力に特化した守護騎士である。まあ、とりあえず騎士と名前の付くスキルが受けられれば何でも良かった。俺はとにかく自身の肉体を鍛え上げた。これで魔術系やその他のスキルを賜れては最悪である。
まあ、そんな心配もいらないか。女神はその人物に最もあったスキルを選んでくれると言う。騎士学校の先輩達も殆ど全員が騎士系のスキルを賜っている。体を鍛えているのに魔術系のスキルが与えられるというチグハグなことは滅多に起こりえないのだ。
それでもスキルを貰う瞬間は緊張する。俺には一体どんな騎士の才能があるのだろうか……そう思いながら、神判の間に足を踏み入れた。全面ガラス張りのその空間の中心に女神像が鎮座されている。俺はその女神像の前に跪き、両手を胸の前で組み祈りを捧げた。
「我が名はリック。我にスキルを授けたまえ……」
女神様どうかお願いします。俺に聖騎士の力を授けて下さい。
数秒後、俺の祈りは裏切られる形となった。
「あなたに与えられたスキルは暗黒騎士です。暗黒の力を身に宿し、人を殺せば殺すほどその力を増す血塗られた力です」
澄んだ美しい女性の声から告げられた無慈悲な通告。嘘だろ……暗黒騎士だなんて……
もし、俺が暗黒騎士のスキルを賜ったとバレたら俺の命がない。暗黒騎士の力を持つものは処刑される。それがこの帝国の掟だ。
この国は暗黒騎士の力を恐れている。それには、この国の……否、世界の歴史が関係しているのだ。
◇
「聖騎士グラハムがやられた! クソ! 魔族め!」
魔族が帝都ロルバリアに攻めてきた。騎士達と魔術師の連合軍がそれを迎え撃つが、魔族の戦力の方が圧倒的に上で勝ち目がなかった。戦禍で建物が次々に破壊されていき、最早絶望的だった。
そんな中、壊された建物の中……監獄の中から一人の殺人鬼が脱獄した。魔族の攻撃で外壁が崩れて外に出られるようになったのだろう。殺人鬼の名はアルバート。少年少女39人を殺した大悪党だ。
「あ、あいつはアルバートじゃないか!? クソ、魔族だけでも最悪だっていうのに何であんな犯罪者が外に出てきてるんだ」
1匹の魔族がアルバートに目を付けた。そして、アルバートに攻撃を仕掛けたが、アルバートはその攻撃を躱してカウンターとしてパンチを食らわせた。
たった一撃。そう、たった一撃で魔族の頭部は破壊されたのだ。返り血を浴びたアルバートはニヤリと笑い、次々と魔族を拳でぶちのめしていく。
一騎当千。その言葉が相応しかった。気づけばアルバートがたった一人で帝都に攻め込んだ魔族を倒していった。
「な、何故だ……何故お前はこんなに強いんだ……」
「知るか。ほんの30分ほど前に、何か変な女の声が聞こえた。あなたに与えられたスキルは暗黒騎士ですってな」
人を殺せば殺すほど強くなる暗黒騎士の力が殺人鬼のアルバートに与えられてしまった。アルバートの恐ろしい程までの力に目を付けた陛下はアルバートを無罪放免にする代わりに魔王討伐軍に入るように
アルバートが魔王を倒すために殺した人数は108人。そのいずれも民間人で、アルバートは魔王を倒すために致し方のない犠牲だとした。当時の民衆もそれが仕方のない犠牲だと思った。僅かな犠牲で魔王を倒すことが出来るのなら、それでいいと。
だが、魔王が倒されて時代と考え方は変わった。アルバートは相変わらず、己自身の強さを磨くために殺人を繰り返していた。そのことを危惧した皇帝陛下はアルバートが寝ている隙に彼を処刑した。
世界を救った英雄暗黒騎士は魔族がいない世の中になると邪悪な存在にしかならない。それ以来暗黒騎士という存在そのものが忌み嫌われるようになり、暗黒騎士のスキルを賜った者は例外なく処刑された。
◇
嫌だ……処刑されたくない……なんとかして俺が暗黒騎士のスキルを賜ったことを隠し通さなければならない。……極稀に数千万分の一の確率で何のスキルもない出来損ないが生まれるという。俺は出来損ないを装うことにした。暗黒騎士になるくらいなら出来損ないとしてバカにされている方がマシだ。
俺はその日の内に騎士学校に退学届けを出して、自身の故郷の田舎の集落フローレスに帰ることにした。騎士は適正スキルがなければなることは出来ないが、田舎の集落でのんびりスローライフならスキルがなくてもバカにされるだけで生活自体は出来る。
山の麓にある小さな集落のフローレス。段々畑が特徴的で農業が盛んな所だ。とても穏やかな雰囲気は俺がここを旅立った時から何一つ変わっていない。実家に帰った俺を両親は暖かく出迎えてくれた。
「リック。よく帰ってきてくれたな。スキルが何だ! そんなものがなくたって生きていける! お前はお前だ」
父さんに励まされて俺は涙が出そうになった。俺は暗黒騎士のスキルを使うつもりがない。つまり、実質的にスキルなしで生活を送らなければならない。
「リック。母さんは貴方のいい所をいっぱい知っています。スキルがなくても貴方は立派な人間なのです。母さんは貴方を誇りに思いますよ」
「父さん……母さん……」
俺は本当にこの両親の元に生まれてきて良かったと思った。スキルがない者は両親にすら見捨てられた者もいると言う。そういう意味では俺はかなり恵まれていた。
扉をノックする音が聞こえる。来訪者だろうか。扉がガチャっと開き、幼馴染にして親友のユーリが家の中に入って来た。
「よお! リックいるか。はっは。騎士になれなかったからって落ち込むなよ。お前は良い奴だからな。スキルがなくたって村の皆がお前を支えてくれるだろうよ」
ユーリが俺を励ましてくれた。本当に皆いい人過ぎて、胸がいっぱいになる。
「よし、それじゃあリックは明日から父さんの農業を手伝ってくれよな。農業系のスキルがないお前には少しキツいかもしれないがな」
「わかったよ。父さん。手伝いがんばる」
父さんは農業主のスキルを、母さんは裁縫師のスキルを会得している。一先ずは両親の手伝いをして暮らすことにしよう。何のスキルもない俺に出来るのは本当に手伝いしかない。
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