しわ
伏見 明
しわ
あなたはいつも少し不機嫌になると眉間にしわを寄せる癖がある。
冗談めかしているようなその表情の口元は少し震えているような気がした。笑いを堪えているのか、泣くのを堪えているのは、世界の誰も、知る由もない。
しかし頭を撫でると水面に水滴が落ちた様に均衡は崩れ、くしゃっと笑顔を浮かべた。
昨日僕は病室に足を運んだ。
そこにはあなたの母親と知らない男の人、お医者さまが、揃いも揃って半袖で座っていて、その中心には毛布に包まっているあなたがいた。
あなたは僕の顔を見るや否や眉間にしわを寄せて口パクで『この部屋少し寒くない?』と言った。
何故そう言ったことをはっきり理解出来たのかは分からなかった。
ただ、出所のわからない寒気を感じているのは僕も同じだったから理解できたのかもしれない。
「すぐ良くなりますからね〜」
お医者さんは優しく言った。
その間もあなたは冗談めかした顔を僕に見せながら、くしゃっと笑った。
お医者さんが持つボトルには"鎮静"と書かれていた。
「だいじょうぶですよ。」鼻を啜った。
あなたは『また変な冗談言ってるよこの人』と言わんばかりの表情で、また僕に眉間のしわを見せてきた。
僕は何のことだか全く分からなかったが、
彼女も分からなければいいのに。
と、何故か思った。
何故そう思ったなかは分からないが、
出所のわからない大きな疑問符を抱えているのは彼女も同じだったから、わかったのかもしれない。
そう言えば今朝の空は昨日より一層広く感じた。
自分でもどんな心境の表れなのか分からない。
もう日が暮れ、今日1日何もしていないことに気付く。
した事と言えば、喉を渇いたことに気付いてボトルの水を飲み、その流動に任せトイレに行ったくらいだ。
6月上旬だと言うのに、今夜はやけに冷える。
「寒いな」
言いながら不意に眉間にしわを寄せた。
すると何故か頬に温かいものが滴るのを感じ、
初めて"あの空の広さ"の意味がわかった様な気がした。
しわ 伏見 明 @fushimiaki
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