ヴァーチャル浦島太郎

工事帽

ヴァーチャル浦島太郎

 昔、昔を模した世界に、浦島太郎という優しい若者がログインしていました。

 その若者は、釣り竿を手に海岸エリアまでやってきては、魚を釣る日々を楽しんでいました。


 ある日、いつも通りに浦島太郎が海岸までやってくると、騒がしくしている子供たちのアバターが見えます。

 童心に帰って海で遊んでいるのだろうと、始めは気にもしなかった浦島太郎でした。ですが、子供たちの話している言葉が随分と攻撃的です。なにかトラブルかと近寄って見れば、そこには、カメのアバターを囲んでいる子供たちの姿がありました。


 子供たちは大きなカメをいじめていたのです。


「可哀想に、そのあたりで許しておあげなさい」

「いやだよ。このカメは俺たちが捕まえたんだもの。生殺与奪の権利は、俺たちにあるんだ」


 子供たちの一方的な言い分に、浦島太郎も困り顔です。


「ならこうしよう。これ以上続けるなら、モラハラで君たちを運営に通報しようじゃないか。アカウントを止められたくなかったら、そこまでにしなさい」


 浦島太郎の言葉に騒ぎ出す子供たちでしたが、早々に諦めたのか捨て台詞を残して去っていきました。


「ありがとうございます。お礼に竜宮城へご招待致しましょう」


 カメはそう言って、浦島太郎を海底に誘います。

 海岸で釣りばかりをして、海底には行ったことがなかった浦島太郎は、カメの提案に喜んで、招待を受けることにしました。


 カメの背に乗って、海の中を進むと、とても立派な御殿が見えてきます。

 御殿の中に入ると、乙姫と名乗る美しい姫が出迎えてくれます。

 乙姫に促されるまま席につけば、目の前に広がる中庭ではタイやヒラメのアバターが美しい集団戦を繰り広げます。魚たちの群れは、奔流のように互いに交差し、自分の体そのものを使って、相手の群れを切り裂いてゆくのです。


 勝者はタイのチームでした。

 破れたヒラメは、刺身や煮つけになり、酒と一緒に並べられます。


「いや、食べ難いんだけど」


 普段から釣りをして、釣った魚を食べている浦島太郎でしたが、目の前での戦いとなると心持ちが違います。

 それに、負けたヒラメチームの知り合いなのか、物陰からそっと見つめてくるカレイまでいるではありませんか。


「さあさあ、どうぞ」


 乙姫がお酌をしながら料理を勧めます。

 折角の持て成しを断るのも申し訳ないと、浦島太郎も食事に手を付けました。

 その味は絶品で、素材が違うのか調理が違うのか、浦島太郎が釣った魚とは雲泥の差でした。いつしか浦島太郎は夢中で料理を食べていました。


 お腹一杯に料理を食べ、気持ちよく飲んだ後、浦島太郎は帰ろうと乙姫に声を掛けます。


「もう一日、留まってはいただけませんか」


 しかし、その答えは「もう一日」でした。

 そんなわけにはいきません。浦島太郎にも仕事があります。いつまでもVRにいるわけにはいかないのです。


「いや無理言わないで下さいよ。明日も仕事なんです」


 そう言って、頑なに帰ろうとする浦島に、乙姫は伝票を差し出す。


「それでは、**万になります」


 ビックリしたのは浦島です。

 お礼にと招待された先で、料金を請求されるとは思ってもいません。

 そのことを言うと、傍らで控えていたカメも口を効いてくれました。


「あら、申し訳ありません。そういうことでしたら、もっとおもてなしをする所でしたのに。お詫びにこちらの玉手箱をお土産に差し上げましょう」


 十分に礼はしてもらったからと、断ろうとする浦島太郎に、乙姫は勘違いで失礼なことをしたからだと、玉手箱を押し付けます。

 結局、浦島太郎は玉手箱を手に、カメの背に乗って海岸まで帰ります。


 帰り着いた海岸は、日が暮れているからか、いつもの違う景色に見えました。

 カメと別れて、海岸を歩く浦島太郎は、もう時間が遅くなっていることに焦ります。


「早く休まなければ、明日の仕事に差し支えるな」


 玉手箱を持って帰るか帰らないかで、随分と時間を使ってしまったようです。


「仕方ない。今日はここでログアウトしよう」


 そう言って、浦島太郎は自宅に戻ることを諦めて、その場からログアウトしました。

 もちろん玉手箱は、アイテム欄に仕舞ったままです。そして浦島太郎は何日もの間、玉手箱のことを思い出しもしませんでした。


 後日。乙姫から渡された玉手箱は、アカウント情報を抜き取るフィッシング詐欺と判明しました。

 カメをいじめていた子供たちもグルで、竜宮城に連れ込んで高額を請求、それがダメなら玉手箱を使ってアカウント情報を盗むことで、勝手に課金するのが狙いだったのです。


 竜宮城は運営により処分されたと、遠くの噂に聞きます。


 めでたしめでたし。

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