渡る世界を鬼が征く

町田研人

Prologue:異世界より絶望を込めて

思い返してみればこれまでの生活はあまりにもひどいものだった。


ピッケル片手に何が出てくる訳でもない坑道をひたすら掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘りまくるだけの過酷な日々。

仕事中には親方に怒鳴られながらムチで尻をしばかれ、ダイヤモンドをかっじているのかと錯覚するほどのあり得ない硬さを誇るカチコチのパンと野菜クズのスープを飲んで生きながらえ、他の労働者たちと硬い地面に薄い布を敷いただけの寝床とも呼べない場所で寝る毎日。

「あれ、もしかして俺って奴隷だったんじゃね?」

と錯覚するほどのトンデモ労働者ライフを営んでいた。某賭博漫画の地下労働でさえ、金さえ払えばビールが飲めるというのに。


突然だが俺には前世の記憶というものが存在する。嘘じゃないよ。


俺に前世の記憶が戻ったのは数ヶ月前だ。炭鉱夫「ユーゴ」として生活を送っていたある日、目覚めた瞬間に前世の記憶を取り戻した。いや、取り戻してしまったといった方がいいだろうか。といっても、いつどこで死んだのか、何歳まで生きたのかなどはほとんど覚えていない。何をして生きていたのかといったことについては、確か高校生くらいまで学生生活を送っていた位の記憶でしかない。確かな記憶として残っているのは、俺は日本人で「鬼塚雄護」という名前だったということだけだった。


記憶を取り戻した俺が最初に感じたのはとてつもない恐怖だ。不幸にも急に日本人の価値観を取り戻してしまった俺は、置かれている状況の異常さに気づいてしまったのである。底辺労働者の人権なんてあってないようなもの、とても普通の日本人が生活を行なっていけるような環境ではない。

どうしてこんな労働環境に身を置いてしまったのか。答えてくれたまえユーゴくんよ。


そこからは地獄の日々である。終わりの見えない炭鉱夫生活。掘っても掘っても同じ道、ていうかまず何故ここを掘らされているのかすら分からない。一体この先に何があるというのか、なんて知的好奇心すら湧いてこない精神をすり減らすだけの単純作業である。そして何より前世の価値観からも現在の職場の辛さからも逃げられない。これがどれだけ恐ろしいか想像できるだろうか。多分ほとんどの日本人はこの生活に耐えられないだろう。実際俺も発狂寸前だったしな。


そんなある日、ユーゴの鬼畜炭鉱ライフが唐突に終わりを告げた。

掘り進めていたはずの眼前の土壁が急に崩れ落ちて、オレはそのまま前に倒れ込んだ。突然のことに困惑しながらバッと顔を上げると、目の前にはとてつもなく広く大きい空洞が広がっていた。


なんだこれ。


これまでの窮屈で狭っ苦しかったところから、急に馬鹿でかい空間が現れたもんだから目が錯覚をおこしているのか?。いや、錯覚じゃなく現実だ。途方もなく広く何もない空間、広すぎて遠く方なんてランタンの光が届いていない。地下に突然生まれた空間に呆然としていると、少し先の方に暗闇の中で黒い穴のようなものが蠢いているのが微かに見えた。とうとう幻覚でも見え始めたかとも考えたが、何度ほおをつねっても目を擦ってもその黒い穴が見える。どうやら現実らしい。

俺は疲れた体を引きずるようにしてその穴に近づこうとした。すると何やら穴から不安を煽るように風切り音のようなものが聞こえ始めた。

やっぱ近づかないほうがいいかな…。

そんなことを考えた瞬間、穴は急に拡大。一瞬にして視界を遮りあたり一面を覆い尽くした。真っ暗な空間が全てを包み込み、俺は声も出せず逃げる間も無く謎の黒い穴に取り込まれてしまった。



オイオイオイ、死んだわオレ。



そのまま意識は途切れた。


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