第三十八話「オルフィレウスの輪だっけ? ね、ね、あれってほぼ無尽蔵に魔力を取り出せるんだよね? 演算を魔力に交換してるから、時間さえかけたら極大魔術も使えるってことかな」

 八賢人とは、世界迷宮が地上に“卵”を生む周期に合わせて定められる、征伐者である。



 おおよそ三百二十年に一度やってくる、閏月と閏日が守護聖人八賢人に均等に循環する年――宵の明星と明けの明星を二百回ほど経て、新たなる八賢人が定められる。



 名もなき迷宮の王は、先代の八賢人を見送ったものであり、世界迷宮を弱らせて封印した生き残りである。



 次の八賢人に相応しきものを見定めること――それが、古代の王の役目である。











 ◇◇











 本来、特級指定魔術師たちは、世間から離れた存在だと認識されている。互いに干渉することも滅多にない。



 平民が王族に不敬を働いたら処刑されても仕方がないのと同じ理屈。特級指定魔術師とは、畏怖と敬遠の対象であり、歩く凶器、歩く災害とも認識されている。



 その意味だと、部活動を立ち上げるから手伝ってくれ、なんて友だち感覚で気軽に声をかけてきたジーニアスは異端である。

 ましてや、不敬の数を数え挙げたらきりがない。



 やがて、その場はジーニアスについてぽつぽつと言葉を交わす場所になった。



「……ナーシュカはああ言いましたけど、お兄様の魔力量の問題は、時間をかけることができれば解決するはずなのです」



「オルフィレウスの輪だっけ? ね、ね、あれってほぼ無尽蔵に魔力を取り出せるんだよね? 演算情報量を魔力に交換してるから、時間さえかけたら極大魔術も使えるってことかな」



「……オレは、認めてねえ。最初から魔力をたくさん備えたやつのほうが強いに決まってやがる。それを無理やり捻じ伏せてやがるに過ぎねえんだ。あいつは、どうして……っ」



「竜の心臓のようなものだな。エーテルを生み出す器官に似ている」



 ここにいる特級魔術師たちは、魔術への造詣が深いものたちである。特級指定は伊達ではない。

 だからこそ、自らの知識では説明できないジーニアスの“強さ”を高く評価してもいる。自らの呪術的な知識では説明できない深淵。それは特級指定魔術師たちも認めざるを得ないものであった。



 その傍らで、古くから生きるユースティティアは別のことを考えていた。



「……のう篠宮や。あのジーニアスを生徒会に取り込もうとしたのは、ルードルフの差金かのう?」



「……いいえ、全く違います。八卦を用いた占いの結果です。ユースティティアこそ、何故彼を入学させようと?」



 ユースティティアの問い掛けに、篠宮は質問を返した。黒猫の魔女は隣を見もせずに答える。



「きちんと力を示すことができるのであれば、学びを目指すものに広く門戸を開くこと、じゃ。きっと学長が生きておれば、同じことを言ったはずじゃ」



「とか言いつつ、貴方も運命を占いましたね?」



「まあ、の」



 人形を燻している煙が揺らめく。占いの結果を互いに聞かないのは、占いを歪めないための配慮である。



「あの男、ルードルフは疑うことしか知らんやつじゃ。それが、あれほどジーニアスに興味を持っておる。まだ入学して一月ほどのことじゃ。にわかには信じがたいことじゃな」



「……私も長生きすれば、ああなるのでしょうか」



「かもしれん。あやつと同じ生き方をするなら、ああなるじゃろうなあ。というかお主も大概ばばあ――」



「ユースティティア!」



 大きな声。他のものたちも会話を止めて、篠宮を見てぎょっとしていた。視線に気づいた銀髪のエルフは、頬を染めてむっつり黙り込んでしまった。











 ◇◇











「それにしても、ジーニャくんを見ていると、男だなんて全く信じられないな。ついつい見惚れてしまいそうだよ――いうなれば、瞳の泥棒」



「やめて」



 光の十字が蛇のように連なって波打って襲ってくる。無駄の多い魔術の使い方だが、逃げ惑う敵を追い詰める意味では効果が高い。

 空中をホバーボードで高速移動する俺に至っては、こうやって障害物を増やされるだけでもかなり苦しい。



 馬鹿馬鹿しいほど魔力を持っているのであれば、有効な手段。

 かなり大雑把な戦い方だが、着実に俺は追い詰められている。苦し紛れにもう一度薬瓶を投げつけるも、途中で難なく破壊されてしまう。



「透明化しない理由は分かっているよ。余裕が足りていないんだろう? その背後の円環の維持と、私の連続攻撃の回避で、ほとんど手一杯のようにも見える」



 ひときわ巨大な十字の輝きが迫る。回避した瞬間、小さな光の十字が楕円状に連なって弾け飛んだ。

 想定外の攻撃で、服が一部破ける。皮膚の焼ける匂い。



「やはり君の弱点は、明確だ。集中を削がれる精神汚染魔術。そして魔力の少なさ。もし迷宮の魔物たちが精神汚染を仕掛けてきたら、どう対応するんだい? そしてもし、今の私みたいに魔力量の力押しで攻められたら、どう突破するんだい?」



 この試練で、何か気付きを与えようとしているのか――ふとそんなことを思ったが、答えは定かではない。

 いずれにせよ、攻撃の手は鋭く厳しい。インメルマン旋回で死地を切り拓くも、乱雑に配置された光の十字が行く手を何度も阻んでくる。



「魔力の少なさを補うために、情報量呪術的意味によって術式を高めているね。だが、それは高度な集中を要求される芸当なんだよ。だから君は、集中を削ぐような呪言、あるいは精神汚染にとても弱い。ただでさえ術式が緩やかに解けていく厄介な体質なのに、集中をかき乱されては辛かろう?」



 指摘はすべて正鵠を射ていた。

 だから余計にたちが悪かった。

 三つ目のオルフィレウスの輪を作りかけている最中に、輪転する光の十字がそれを破壊して妨害を仕掛けてくる。このままでは埒が明かない。



「諦めるなら、諦めたまえ。私とて、君をいたずらに傷付けるつもりはないんだよ」



 傷は浅いほうがいいだろう――と抜かすその顔に初級魔術を叩き込む。それを阻むのは、やはり十字の輝き。

 弄ばれている。もはや俺が状況を逆転する術はないかと思われた。



(……賭けに出る準備は整った)



 俺以外には――この状況が絶望的に見えているのかもしれない。



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