1.現代魔術師、迷宮の核を狙う
第一話「俺は自分の道を行く。そして、独学で全ての魔術を越えてみせる」
◇◇
(前書き)
◇◇
■Perron-Frobenius の定理:
成分が正である実正方行列には、ただ一つの最大実固有値が存在し、対応する固有ベクトルの各成分は正であるという定理。
ここでは、魔法陣に魔力を注ぐ⇒徐々に光る、という状態の変遷をマルコフ過程で置き換えており、有限状態マルコフ連鎖(魔力の初期分布に関わりなく定常分布に収束する≒とりあえず魔力がたまったらチャージされた状態になる)と仮定してある。
■クープマン作用素U:
非線形力学を表現するため、観測変数f(f:状態変数xを複素空間Cに投影する関数……と定義は大げさだが、何らかの関数と思っておけばいい)を時間発展した表現。
離散系では以下のように表現される。
f(x[t]) = U f(x[t-1]) = … = U^t f(x[0])
ここでクープマン作用素を使って、固有値λ_iと固有関数φ_iに以下が成り立つと仮定する。
U φ_i = λ_i * φ_i
クープマン固有関数φ_iでfを表現することでfを線形力学系へ変形する。
(※ここでは簡便のためfのi番目の要素f_i = φ_iとする)
f_i(x[t+1]) = U f_i(x[t]) = (U f_i)(x[t]) = λ_i * φ_i(x[t]) = λ_i * f_i(x[t])
∴ f(x[t+1]) = Λf(x[t]) Λ = diag(λ_1,λ_2,...)
これはつまり、状態変数xの非線形力学系を表現するfでも、クープマン固有関数φでうまく表現することができれば、線形力学系のように取り扱うことができる可能性を示唆している。
◇◇
(前書き終わり)
◇◇
昔々、あるところに、とても賢い少年と、その双子の妹と、幼馴染の従姉がいました。
やれ、魔術の制御に非線形クープマンモード解析だの、ペロン=フロベニウスの定理だの、とにかく難しい単語です。
ですが、それをいつも、にこにこと笑顔を浮かべて聞いてくれる
そして、小難しいそれを、顔をしかめながらも聞いてくれる
三人はいつも仲良く遊んでおり、追いかけっこ、果実採集、果てには魔物狩りなどをして楽しんでおりました。
村ではちょっと名の知れたやんちゃな子たち。それが彼ら三人だったのです。
しかし、子供たちが一定の年齢を迎え、教会で託宣を受けられるようになったある日のこと。
少年だけが、才能がないと告げられました。
そう、何も、全く。
精霊の加護もなければ、魂に結びついた魔術体系もない。
マナの属性もなく、固有魔術さえも一つも持ち合わせていない。
魔術を使うことはできても、突出した魔術師になるための才能を何一つ持ち合わせていない、ただの少年だったのです。
「……偉大な魔術師になるには才能が足りないって、神父様は言っていたけども」
少年は一人、手を握りしめながら呟きます。声音には悔しさや失意はありませんでしたが、代わりに、決意を滲ませた固い響きがありました。
「固有魔術が
少年の瞳に諦めの色はありません。
魔術師を目指すものならば、何らかの刻印や加護などを発露していて当然――そんな俗説を、彼は気にも留めていないようでした。
少年には何もありません。しかし、何もないことは少年にとって、何のマイナス要因にもなっていないのです。
「――俺は自分の道を行く。そして、独学で全ての魔術を越えてみせる」
――そう、現代魔術で全てを
そう口にする少年の周りには、いつの間にか積み重ねられた、膨大な研究資料の数々がありました。
◇◇
現代魔術は異世界をクロールするか 第一話
◇◇
それは、世界各国の魔術師が集まって、己の魔術を披露する、年に一度の大掛かりな祭典である。
あるものは、長い年月をかけてきた大掛かりな研究結果を披露して、宮廷魔術師として召し抱えられようと目論む。
あるものは、己の魔術の強さの証明のために、闘技場での競技に参加して勝ち抜く。
展示会もあれば武闘大会もある、そんな何でもありな祭典がこの大魔術祭だ。
大魔術祭の開催地は、各国持ち回りで実施される。
今年は都合よく【共和国】での開催となった。
だから俺は、
(……俺の妹、ターニャ。そして俺の従姉のナーシュカ。ふたりとも、もうすっかり遠い存在になっちゃったな)
俺は、雲の上の存在になってしまった二人のことを考えた。
才能がある二人は、順調に力をつけて、魔術師として周りに認められている。
妹のターニャ。小さい頃はよく一緒に遊んだのに、八歳を迎えてからは、エルフに引き取られて【精霊の森】で修業をする毎日だと聞く。
従姉のナーシュカ。小さい頃は一緒に剣術の稽古をしたのに、八歳を迎えてからは、【通商連合】の首都に引っ越してしまって、そこで魔術師として頭角を現していると聞く。
一方で俺には、何もない。
俺はただ、魔術の研究にもくもくと打ち込んできただけ。
何もないどころではない。
自分の魂に属性が存在しない、無属性だと言われているのだから、さらに質が悪い。
無属性の魔術師は効率が悪いと言われている。無属性というのはつまり、自分の
普通の人は大体、四大理属性と呼ばれる炎属性、風属性、土属性、水属性ぐらいは持っているもので、少し珍しい例だと光属性、闇属性を持っている場合もあるが、しかし全く属性を持たないというのは本当に稀なことであった。
そして言うまでもなく、この世のほとんどの魔術は属性魔術である。無属性の人間は、魔術の適性が低い――世間一般的にそういわれるのも仕方のない話であった。
かつて預言者に告げられたその事実は、俺の”世界一の魔術師になる”という夢がほとんど絶望的である、という宣告に等しかった。
――やあい、頭でっかちのジーニアス君。
そんな風にからかわれたことも、一度や二度ではない。
妹が稀代の精霊魔術師として、【精霊の森】の親善大使に任命される傍ら、兄の俺は別に何かしらに任命されているわけでもない。
従姉が刻印魔術の使い手として、【通商連合】の最終兵器とまで囁かれる傍ら、従弟の俺は別に何かしらの噂をされるほどの実力を持っているわけでもない。
俺は、普通なのだ。
ただ勉強に打ち込むのが好きなだけの、平凡な魔力しか持たない、魔術の才能のない少年。
それでも。
(いや、違う。今は馬鹿にされていたとしても、絶対に変わってみせる。平凡だと笑われてきた俺だって、いつかは世界で一番の魔術師になってみせる)
今、世界には特級指定魔術の使い手が七人いる。
魔女術。
陰陽術。
竜魔術。
王国魔術。
教会魔術。
精霊魔術。
刻印魔術。
そして、世界最高の魔術師の座は八人とされている。
現在はいずれも空位だが、七つはおそらく将来その七名の特級指定魔術の使い手が認定されると噂されている。
残るは一つ。その最後の一つになることが、俺、ジーニアス・アスタの夢なのだ。
(数理的手法は、才能による格差がない。結果が収斂している事象であれば、誰が計算しても同じ結果を得られる)
俺は、手帳を掴む手に力が入るのを自覚した。
ジーニアスには才能がない。
皆からそう言われて馬鹿にされてきた。
反論はできなかった。
皆無というと全くの嘘であるが、それでも妹や幼馴染のような非凡な才能は、俺にはなかった。何かの加護を生まれ持ったり、何かの魔術体系に生まれつきの才能を示したり、そんなことは一切なかった。
だから俺は研究した。
魔術とは何なのかを追い求めた。
世界に散らばる様々な文献と、時々夢の中で閃く啓示ともとに、才能のない自分でも才気あふれる連中と対等に戦える理論を探し求めた。
そしてそれらを、手帳にすべて詰め込んできた。
(そうだ。これが、俺が求めていた答えだ。最初から分かってたじゃないか。才能で戦うんじゃなくて、誰でも分かるような、誰だって絶対に平等になるような世界で渡り合うんだって)
そこにあるのは、【理論化された数式】であった。
――魔術の制御には、非線形クープマンモード解析、ペロン=フロベニウスの定理を用いて、平衡モードを解析する。
――ラプラス作用素∆、およびナブラ演算子∇を利用して、関数の勾配フローの流束密度などを表現し、流体の拡散方程式などを簡易に記述する。
それは、この世界の魔術理論とは一線を画する、数理的な知識の集大成である。
言うなれば、この世の誰もがいまだに解き明かしていない世界の真理、もしくは、世界をより正確に記述するための最も美しい文法。
数理の世界は深淵であった。
だからこそ俺は、日夜頭が痛むまでその真実と向き合う必要があった。
(……『現代魔術』だ)
俺は、いつかこの魔術を本物にしようと決意していた。
この世の誰も知らない、たった一人だけが理解している、世界で最も美しい魔術。
言葉を失うほどに矛盾が少ない、そして感動するほどに無駄の少ない、本質のみが議論される魔術。
それは、才能なんかでは結果が左右されない数式の世界で――俺がようやく見つけた、魔術の本質であった。
(これが、俺の、『現代魔術』だ。才能の有無だとか、生まれ持っての加護だとか、そんなものとは関係のない、誰が計算しても必ず結果が等しくなる、平等で美しい世界の本質――)
絶対に世界を変えてみせる。才能だけで終わるような馬鹿げた価値観を、席巻してみせる。
高鳴る鼓動を何とか抑え、俺は、そう決意した。
何度眺めても、数式の答えは変わらなかった。
それこそが現代魔術。きっとそれは、才能がある人間であろうと、才能のない人間であろうと、どんな誰が数式を展開しても、全く変わらない普遍の真理なのだから。
◇◇
とある少年が決意を固めている、まさにそのときだった。
大魔術祭に参加している魔術師たちに知られぬまま、時計台の鐘に突如、
迷宮核。周囲の空間を歪曲させて、虚無の空間から魔物を召喚するもの。
これが意味する現象は、迷宮の異常発生である。
「תן מוות לבוגד」
迷宮核から生まれた、比較的高位の魔物が何かを告げた。
その言葉と同時に、空から次々と影が産み落とされる。産み落とされた影は、四つ足を得て、徐々に獣の形へとなり替わっていく。
「אלוהים אמר. צל נולד.」
その段階になってようやく、人々は気づいた。
誰の目から見ても、それは明らかな脅威だった。
死が形を伴って迫ってくる現象。あるいは歴史の再現。
まれに起きる予測不能な危機、ある種の災害のようなもの――数ある有識者たちがそれを予測しようとして匙を投げた。
魔物による地上世界の襲撃。
その日、【共和国】の都市、ニザーカンドは恐怖に包まれた。
◇◇
(ターニャとナーシュカがいるのは、たしか南庭園の仮設広場だったかな。後で合流しないといけないんだけど……でも)
大魔術祭の余興は、一種のサーカスのようなものだ。あちこちの区画に分かれた魔術師たちは、サーカスの見世物のように、華麗な魔術を披露して客を魅了する。
どうせ二人に久しぶりに会うのだから、二人の演目ぐらいは見たい……という口実で、この大魔術祭の開かれるニザーカンドに来たので、ここで二人をほったらかすのもおかしい。それに、きちんと演目を見ておかないと、あの二人、特に妹からはお小言を山ほどくらう自信がある。
なので、午後一番には南庭園に向かわないといけないのだが。
(……開演までまだしばらく時間があるし、ちょっと"掘り出し物市場"にでも向かおうかな)
大魔術祭の隠れた楽しみの一つ。
世界各地から取り寄せられてきた魔道具が集まる展示会、通称"掘り出し物市場"。
日常生活における使い道がさっぱり分からない珍品や、迷宮から出てきたはいいものの構造の解析がさっぱりできない品物、さらには曰く付きの呪いの道具などが集まるのが、この掘り出し物市場なのである。
俺は、この手の道具を解体するのが趣味であった。
(見たことのない魔術式や、既存の技術とは一線を画した高度な機構を見ることができるからな。俺の研究も行き詰ってきたし、そろそろガラクタの魔道具をたくさん仕入れて、いろいろ勉強しないといけない……)
魔道具、とくに迷宮遺骸物と言われているものは、研究のヒントになることが多い。
例えば、今俺が研究しているのは階差機関である。
例として方程式 f(x)=2x^2 +3x+4 を考える。それぞれに0、1、2、3、4を代入すると以下の通りになる。
f(0)=4
f(1)=9
f(2)=18
f(3)=31
f(4)=48
……
一回階差 g(x)=f(x+1)-f(x) については
g(0)=5
g(1)=9
g(2)=13
g(3)=17
……
二回階差 h(x)=g(x+1)-g(x) については
h(0)=4
h(1)=4
h(2)=4
……
というように、階差を取り続けると、途中で一定数ずつの足し算になる瞬間がある。
fが二次方程式なので二回階差で定数になるが、これがn次方程式ならn回階差で一定量ずつの単純な足し算に変換できる。単純な多項式ならば階差を取り続けるだけで必ずこうなるのである。
この単純な計算を繰り返すことで、すべての計算を単純な足し算に変化させ、答えを得る計算機関のことを、階差機関という。
これに加えて、例えば三角関数、指数関数、対数関数についても、テイラー展開による多項式の近似式を与えたら、同じ手法で解ける。
現実世界の物理現象を考えると、すべてがn次多項式で収まらないことが多々ある。
空気抵抗だったり、減衰振動だったり、バネマスダンパ系だったり、とにかく指数関数、三角関数、対数関数などの、多項式で表現できない関数と切り離せないのが物理学というものである。
それでも、テイラー展開を使えば、多項式による近似が可能であり、それをもとにして階差機関で近似的な数値解を得ることは可能なのだ。
この階差機関は、差分商を再帰的に取る操作で計算している。
一定となる階差を見つけることができたら、それを加算するだけでいいので、乗算のプロセスを排除して数値解を得ることが可能。
さらには計算したい点x1,x2,...,xiが均等に配置されているときは、差分商の繰り返し計算はとても早くなる。
それがこの階差機関の特徴である。
ただし、こういった階差機関を作るためには、まず歯車機構についてより熟知しなくてはならない。n次多項式の数値表を作るには、n個の数値を保持する機構が必要となるので、歯車のもつ力や情報を伝達・保持する機構を作らないといけない。
それだけでなく、いま俺が考えている単純な階差機関だと、「n次多項式のnが有限で収まらない(≒無限級数展開となる)場合、始点から離れるに従って誤差が蓄積していき、真の関数から発散していく(≒誤差が有限範囲に収まらない)」という弱点を抱えたままである。
今までのような
掘り出し物市場に足を運んで魔道具を漁っているのも、そうした理由からであった。
(……計算を簡略化するために、ぜひとも階差機関のような解析機関は複数作りたい)
そんなことをあれこれと考え、俺は気もそぞろになって道を歩いていた。
ぶつぶつと独り言をつぶやいていたことに気付いたのも、ついさっき我に返ってのこと。
まずい、いろんな人に見られたかな、変な目で見られたんじゃないだろうか――と思ったが、その心配は無用だった。
気付けば、人々の喧騒が、何か事件の匂いを帯び始めていた。
飛び交う怒号の隙間から、俺は何やら聞き間違いじゃないか、と思うような言葉を耳にした。
「魔物だーー!! 逃げろーー!! 時計台から魔物が来ているぞ!! そこをどけ、ここは危険だ!!」
(……魔物、だって?)
魔物。
迷宮の中にのみ生息し、普通は地上にやってこないはずの存在。
迷宮内で独自の生態系を構成している反面、迷宮からの魔力の供給がないと生きていけないため、普段は地上に上がってこないとされる生物。
そんな魔物が、人々の集まる祭典の場に現れて、人々に襲い掛かるなんて――そんなのまるで。
(そんなのまるで、よくある英雄譚の始まりみたいじゃないか!)
◇◇
もう少し、俺という人物について説明する必要があるかもしれない。
アスタ家の長男、ジーニアス・アスタ。
父親は、大学に招聘されることもある錬金術師。母親は刻印魔術の使い手。そして妹は精霊魔術師。
才能豊かな双子の妹と違って、ごく平凡な魔術適正しか持たなかった俺は、それでも魔術師になる夢を諦められなかった。
父の書斎にこっそりと忍び込んで、いろんな文献を読み漁るのはもちろんのこと、たまに大学に一緒について行っては様々な研究の中身を調べて、魔術とは何なのかをひたすらに研究してきた。
(世界を冒険してみたいんだ。誰よりも魔術の真理に近づいて、そして、あの夢の続きを見てみたいんだ)
――とても広大な大地、澄み渡った風、なびく草原、そして行く先を待ち受ける冒険の予感。
――険しい山道、荒れ果てた土地、登るものを拒むような天然の要害の先に待ち構える、強大にして偉大なる古代龍。
――熱砂の砂漠、吹き荒れる乾いた風、体力を蝕むような日の照りと、その先にある古の神殿。
――遥か遠い海、甲板にまで届く潮の匂いと波の音、立ちはだかる深海の魔獣と、その先にあるまだ見ぬ財宝。
小さな頃の夢。
かつて、一日や二日では終わらない広大な冒険の物語の夢を、毎夜のように見ていた。そして毎日のように心を踊らせていた。
夢の仔細は忘れているのに、涙を流したことや心を熱くしたことだけは覚えている。歯を食いしばるような悔しさと、挫けそうになる困難と、そしてそれを乗り越えたときの柄も言えない充実感を、俺は知っている。
最近はもはや、そんな夢もめっきり見なくなった。
だがそれでも、心が全てを覚えている。
俺は心のどこかで、そんな冒険を続けている。そしてきっと、才能がないことに気づいた今でも、その夢は終わらない。
自分には届かないと分かっているのに。
いつか、自分にも。
あの冒険の続きが、待っているような気がするのだ。
(――よし、いける!)
透明化魔術で隠れながら、狼の姿をした魔物のわき腹を思いっきり蹴飛ばして、俺は心中で快哉を上げた。
十分戦える。それどころか、想像以上に簡単に魔物を狩ることができる。
予想以上の手ごたえに、俺は口元がにやつくのを抑えられなかった。
(なんだ、簡単じゃないか! 普段、こっそり迷宮に潜っているのとあんまり変わらないな!)
自分のアストラル体をダッシュボードのように展開しながら、複数の演算を並列して処理する。
今の俺は、簡単な魔術であれば、無詠唱でも発動させることが可能であった。
――身体強化魔術アプリケーション発動。
同時に体全身に魔術が駆け巡って、俺の身体能力が一気に底上げされる。
骨格筋の筋繊維を構成する横紋筋は、瞬発的な運動を担う。
神経指令によりアセチルコリンが放出され、カルシウムイオンの濃度が変化することで、筋繊維のサルコメアがアデノシン三リン酸(ATP)を消費しつつ運動し、筋繊維フィラメント同士がお互い重なり合うように引き付け合うことで収縮が果たされる。
マナ・マテリアルで構成されたドーピング・ナノマシンは、筋細胞にATPを魔術的に供給し、長期間のフルパワーの発揮を可能にさせる。
(こっそり迷宮に潜って、魔物狩りに精を出していた甲斐があった! 今まで弱い魔物としか戦ってこなかったけど、こんなに強そうな魔物相手でも十分戦えている!)
初級魔術、火の矢/ignis sagittaを連発しながら、俺は時計塔へと向かっていた。
狙うは迷宮の核。
伝承によると、迷宮の核には、人の願いをかなえることができるほどの膨大な魔力が詰まっているといわれている。
まさか、こんな機会があるとは思ってもいなかった。俺が生きている間に、迷宮の核を”利用できる”かもしれない機会がくるなんて。
強化魔術で底上げした脚力で、一気に地上を駆け抜ける。
死ぬつもりは全くない。だが、今この瞬間は、命を懸けてもいいと思っている。
(そうさ! 迷宮の核だよ! あんな純度の高い魔石、この世に他にあるものか! あれをうまく使えば、ほぼ無尽蔵のマナマテリアル、そして最高の演算補助装置になるじゃないか!)
◇◇
その日以来、ニザーカンドは魔物の跋扈する迷宮と化した。
急な魔物の襲撃のせいで、命を落とした人たちも少なくはない。
ニザーカンドの近隣の集落にある修道院が、臨時の病院となって、怪我人たちを収容する中、とある少女はせわしなく周囲を探し回っていた。
「兄様、どこなの、どこにいるの……?」
ニザーカンド奪還のための迷宮捜索部隊が急いで準備される中、その少女は
◇◇
数理的手法により魔術を解析。
魔術デバイス印刷技術により自由自在に魔法陣を投影射出可能。
マナマテリアル操作技術により機械工学的アプローチで魔工学魔術を実行。
拡張空間シミュレーターにより擬似現実を模倣。
学習知性と計算機科学により最適理論をアウトソーシング。
突き抜けるまでの汎用性と一般化。未知の神秘体系は全て解析対象として物理現象に零落。魔術は神秘ではなく既にツールにしてアプリケーション。
魔術を編むのは個々のセンスではなく、ポントリャーギンの最適化理論。
現代魔術は異世界をクロールするか。
それはこの世界で唯一の現代魔術師、ジーニアス・アスタの挑戦と冒険の物語である。
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