052
「こんにちは。先輩」
渡り廊下の通用口から外へと出ようかとしたとき、村山秀から話しかけられた。
また話しかけられた。
唐突に。
まるで待っていましたとばかりに。
腕を組んで、通用口の柱に寄り掛かって待っていた。彼はまだ学ランを着ていた。学ランに柱のサビが付くだろうと細かいことを考えて、その第一ボタンを開けた男子に答えてやった。
「サビ付くんじゃねえの。学ランに」
「当たり前のことを言いますね。昔みたいな
「いや、まだ何も全然決めてなかったけど。行くなら通町にでも行って……そうだな、どうせ地球最後だし、久美とワインとか飲み交わそうかなと思ってたんだけど」
「あ、私お酒無理な
「いや、なんで久美、僕のスニーカー履こうとしてるの?」
「いや、地球最後だしいいかなって」
ああそうか地球最後だし仕方ないか……ておい。どういう理屈だよそれ。
「え、僕がローファー履くの」「いいじゃんたまには」
「ええとですね」
僕、白石由人が椿久美とくだらない会話に村山秀は割って入った。
「あの、いいですか。文字数の関係で時間がちょっと足りなくて。物語に関係のない話はまたどこかでやって
文字数? 物語?
人生とは限りのある物語とかそういうこと?
とにかく僕はローファーを履くことにした。ローファーを履くのって手間がまったく
何で男性用? そりゃこの女性用の久美のローファーが僕の足のサイズとまったく合わないから。
待てよ。
「
「
「どこでもいいよ」僕は適当に答えた。
はーやれやれ。
そんな声が後ろから聞こえてきた。
「ディナープランを考えるのって普通男の子の役割じゃないの。てかてかそんなことより」椿は秀を指差して言った。
「なんであんたそこいるの? てかあんた誰?」
「いや、俺の名前は村山秀です。ああ。ん?」
村山秀は首を
全ては
「指令が来てません? WITHから。今日の夜は『木曜日でカレーの日だから白石由人をコーエイに誘え』って。一向に誘いそうになかったので俺に新たな指令が届いたんですよ『また反抗されると困るから、通用口で白石由人と椿久美をコーエイに誘うよう伝えろ。特に人間である白石由人には必ず伝えろって』」
予定調和!
僕らに選択権はない!
僕は秀に恐る恐る訊いてみた。
「もしかしてWITHさん怒ってる?」「はい。かなり」「僕から提案一ついいですか。あ、コーエイには行くんで」「ダメです」
ダメです!
うそやろ⁉ 僕最後の守るべき人間なのに! 今まで散々僕の頼み聞いてきたのに!
ここにきて本性表したか、WITHさん。
「えー、いいじゃん別に由人は地球最後なんだよ。コーエイ行くって命令も聞くって言ってんのに」と、久美が横から口を挟む。
その口を挟んだ途端。
村山秀は、椿久美を睨んだ。
殺すかのような目線だった。
死線。寒気。急に。恐怖が伝わってきた。
それは椿久美に向けたものなのに、その横に居た僕にすら『死』を連想させる圧迫感だった。
視線の対象となった椿久美はというと。
「お願い! 一個だけお願いをさせて。不都合はないはずだから」と顔の前に手を合わせ、目を
いつも通りの口調で驚いた。
いくつもの死線を乗り越えてきたと、
多少の恐怖ではびくとしない。
襲ってくる不安にも相手にしない。
安定しながら己を突き通す。
いつも通りの椿久美の姿だった。
「コーエイに行くときに、私と由人とのプライベートモードにして欲しいの。つまり鍵を開けさせてほしいの。由人と私との最後の時間は、誰にも聞かれたくないの。この気持ちは分かってほしいなWITHさん。ずっと願ってたよね。ここで由人がオーケーを出したらプライベートモードに移行したいの」
「強行はしたくないとそういうことですか椿さん」
「平和主義でかつ実存主義なもので」
へらーと笑いながら久美は言っているのだけど難しい交渉なのか。僕にはよく分からない。
「分かったよね、由人」
「うん分かった。鍵で開ければいいんでしょ」
「知りませんよ。何が起こっても」
「知ってるよ。私はよーく知っている。そしてあなた、村山君だっけ? も、よーく知っている。知らないことはない。だって私たちはWITHさんで繋がっているのだもの。知らないことは何もない。プライベートなこと以外は」
「俺は……あなたのためにここにいるんじゃない」
急に秀が低い声で
対象はもちろん椿久美。
それでもにへら顔を崩さない久美。
険悪ムード。何で?
それにこの状況だと、この雰囲気だとまるで椿久美が悪者のような。
初対面でそんなに
「……分かりました。俺は先に帰ってます。本当に知りませんよ何があっても」
「
村山秀はプラケースだけを持ってその場を去っていった。えらく軽そうな荷物だし、やっぱり気障はお前だよと思いながら、彼の
「じゃあさ、由人」
久美にそう
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