030

 僕はナップサックとスポーツトートを肩に掛け、久美はミニトートを身体の前に持ち、旧豊川通り沿いのバス停でバスを待っている。


「というか、本当に由人は家に帰るの? てっきり通町とおりちょう辺りで、遊ぶんだと思ってた」


「まあ確かに、全身音ゲーとかしたいけどね。最後にやることか? って訊かれたら必ずしもそうではないと思う」


 というか月にも音ゲーは在りそうだし。音ゲーは全世界共通語だし。多分。


 話が逸れそう。


「いや、まあ一番の要因は結構疲れたってことなんだけどね。それに、久美も来てくれるでしょ? ほらさっきの話では記憶失う前から久美は僕に付いてきてくれていたわけだし」


「いや、別に私そこまでべったり付いていく必要もないんだけどね」


「え、あ、そうなの?」


「いや、だってそうじゃない。たまたま白石遼さんが私を発注しただけであって、そんな特別で『運命じみた』話ではないんだし」


「あ、まあ、そうですね」


「どうしてもって言うんなら、私が由人の家まで付いて行ってあげてもいいんだけど」


 主導権は完全に椿久美。


 こういうときの人の動かし方は主に三つある。


 一つ、暴力的に誘ってみる。


「久美、お前は僕の家に来なければいけないんだよ。その選択肢以外俺は許さねえ」


「ごめん、その由人の発言でもう私完全に行く気なくなったよ。水前寺駅前まで私バス降りないから」


 駄目だった。むしろ完全に逆効果だった。


 二つ、悲観的に誘ってみる。


「ごめんなさい……、ごめんなさい……、椿さんがそんな押しを交わすとは思っていなかったのです、椿さん、ああ椿さん、椿さんが僕の誘いを断るのならば、今この眼の前の車道に飛び込んで命を絶ちます。もう死にます。あなたに断られたのならもう僕に生きる価値はありません。死にます……死にます……」


 僕は今にも車道に飛び出しそうな姿勢になりながらチラッチラッと久美の様子をうかがう僕。


 久美さんはとてもウザそうな顔をしていた。まるでウザく飛び回る蠅を見るかのような目線だった。


 そして。


「えい」と。


 僕を車道に突き落とした。


 右五メートルほどには車体の陰。


 残念ながら想定より九時間ほど早く僕のこの人生が終わるみたいだった。


 あああああああああああああああああああおおおおおおおおおおおあああああああ。


 と。


 車道を一周して着地した。


 僕は肩に掛けていたスポーツトート経由でバス停へと戻された。


 どうやら、久美は僕を突き飛ばした際に一応はスポーツトートの裾を握っていたらしかった。


「死ぬとこだったじゃないか!」


「あらやだ。男の宣言を曲げてごめんなさい」


 男に二言はねえ! それが俺の忍道だ!


「生きたいなら生きたいとちゃんと言いなさいよ」


「生きたい!」


 そうじゃなくて。


 どちかといえば久美さんに「由人の家に行きたい!」と言わせたいのであって。


 三つ目の作戦を実行。


「ごめんなさい。今までの僕の態度が悪かったです。調子乗ってました。どうか僕の家に来て遊んでくれませんか」


 三つ目、普通にいつも通り平謝りで、ぺこぺこと。


 いや、普通が平謝りってそれ普通じゃないとは思うんだけど。


「遊んでくれませんか。僕の家でゲームでもして、のんびりと過ごしませんか」


「うん。いいよ。あ、来たねバス」


 あっさり僕の誘いを承諾した久美。やっぱり、ありのままの自分が一番だね!


 ちょうど三つ、僕が誘いの手札の全てを晒し終えたところに環状線左回りバスが僕らの待つバス停へと向かってきた。

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