025

 食堂の中央付近、多人数用のテーブルに二席だけ奇跡的に開いていた。僕と久美は向かい合って久美は《昼定》のSを、僕はMをそれぞれ突っついている。


 シリアスにはなりたくはないけれど、まずは報告だろう。


 僕はシリアスにはならないよ。死ぬまで楽しく生きちゃうよ。


「そういえばシリアスとシリウスって似てね?」


「いきなり何の話ですか」


「いや、シリアスとシリウスって言葉めっちゃ似てるなーって思って。多分、昔の人が空にぎらぎら輝く一等星を見て『うわっ! なんてあれはシリアスだ!』みたいなことを言って、それが訛ってシリウスになったんじゃないかなーって思ってさ」


「ふーん」


 久美は笑わなかった。どうでもよさそうな顔をしていた。それでも僕はめげずに掘り下げる。


「いやあ、ところでラテン語系の語尾に付く『ウス』って何なんだよ。古代ローマ人は空手職人かよ」


「ほう」


「いや、でもアクエリアスとかは最後に『ウス』は付かないな。もしも古代ローマ人が『ウス』と語尾に付けることにもっと徹底していたらアクエリアスもアクエリウスなってたかもしれないね。そしたら今の空手道の人々は大変だよね。後輩にアクエリを持ってきて貰うときなんか『アクエリ!』『!』ってなっちゃうし。いちいち笑っちゃうよこんなの」


「ふっ……ふっ……、ふーん」


 あ、久美笑った。というか、笑ったの誤魔化した。笑ったのを誤魔化してそのまま湯豆腐食べ続けてる。


 ちなみに本当にアクエリウスだったら日本で商品化する際に「アクエリ『押忍』!」みたいに、押忍を推す商品名になっていたかもしれないけれど。


 まあ言わなくていいだろう。三度目の深追いギャグはあまりうけない。


 ポイントを変えたギャグを言おう。


「そういえば、ギャグとギャングも……」


「ところで」


 久美は僕の話をさえぎった。遮ってしまった。テンポが崩れてしまった。せっかく僕がイニシアティブを取っていたのに。この場はすでに僕のフィールドだったのに。


「なんてことを!」


「ところでさっきの教授の話の反省をしよ」


 だよなあ。そうなるよなあ。


 久美とキスしてからはシリアスな展開、恋愛の展開しかなかったし。


 話は戻される。


 いいよ。僕も現実を少しだけ見よう。


「でもさ、久美もロボ……、うーん」 


「いいよ。ロボットで」


「ああ、ありがとう」


「じゃあ続けるけど、久美もロボットなら、あの教授みたいに何でも知ってそうなんだけど。だったら僕が、あの部屋であったことを、あの教授から聞いたことを、いちいち説明しなくてよくないかって思うんだけどな」


 というか。


 久美、キスした時からずっと僕との話の主導権握ってないか。


 はっきり言って昨日今日と僕、踊らされてるようにしか思えない。久美との会話にしたって。なんかこの世界の話とかそういうのにしたって。


 いかんいかん。なんかシリアスになってきたぞ。


 シリアス展開はNOノー


「まあ、ぶっちゃけ言うと全部知ってんだけどね」


 久美さんがぶっちゃけちゃった。


「というか吉良教授が言ったこと全部再生できるよ」


 またまた久美さんがぶっちゃけちゃった。


「『そうかい……それは良かった。では、次の質問。椿久美は好きかい?』どう? 完璧でしょ?」


 そこかよ。そこを再生しちゃうのかよ久美さん。


 結構、恥ずかしい。


「私、由人が教授に詰問される姿見てたんだからね」


「……ツンデレでお願いします」


「べ、別に由人のこと見たくて見てたわけじゃないんだからねっ!」


 のってくれた。さすが椿さん。女神。神様。僕の嫁。


 リズムに乗って言ってしまったけど、さすがに僕の嫁は取り消しで。


「……取りあえず見てたよ。由人のこと。というか、みんなすべての人々が見てたよ」


 ああ。見られてたんだ。ということは僕が激昂した場面も。


 まあ、あえて話題には出さないけれど。


「私たち、みんな繋がってるの。一つのホストコンピュータを媒介にして」

 出た。そういえば教授も言ってたな。ホストコンピュータがどうとかこうとか。


「ホストコンピュータの名前はウィズ。私はウィズさんって呼んでるんだけどね」


「さん付けなんだ」


「さん付けだよ。あの人優しいし」


「人なんだ」


「人じゃないけど、人っぽいよ。名前の由来もダブリューアイ

ティーエイチ WITHウィズ で‘人と共に’って意味で付けられたんだし」


 人と共に。‘人と共に’って勝手に人に名付けられて、人だけいつのにかにいなくなっちゃったわけか。


 うわーシリアスだ。シリアス超えてシニカルだ。


 マジで‘永遠’とか‘○○と共に’とか付けない方がいいな。終わってしまった後に『これはつらい』としか言えなくなってしまう。


 結構なダメージが心に来た。そのウィズさんの名前の由来。


「教授が由人から、何で僕の行動を知ってるんだって訊かれたときに『あの時の君の行動は大学研究室内の監視カメラに全て残っているからだよ』って答えたじゃない。あれと同じ感じで、私たちアンドロイドの視覚は全てウィズさんを媒介にして繋がってるの。つまり私たち全てが“動く監視カメラ”の状態になっているの」


「少し待って」


 僕は少し大げさに久美の前に右の掌を広げた。 


 もちろんはしを置いてから。危ないし。


「また説明モードに入ろうとしてない?」


 僕は久美に率直にいた。困る質問をしてしまったと思いながらも、会話のイニシアティブを取り戻せたであろうことに一種の優越感を感じながら、久美の眼を見て質問した。


「仕方ないじゃない。流れ的に」


「流れな。それな。わかる。うんうんわかる。わかる。だけどさ」


 僕はちょっと区切ってから続けた。


「やっぱりわざとらしいんだよ。そういう説明。もうそういう振りをするのをやめようぜ。これは久美に言ってるんじゃないよ。なあ、ウィズさん。ここは対等にいこう。もう人を操ってそいつに言わせようとするのはやめようよ」

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