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 どうだろう? 今僕のこの発言を客観的に見て、僕の反撃が始まったと思う人間もいるのかもしれない。


 しかしながら、僕が発言した後のこの三分さんぷんほどの沈黙をどう説明してくれるだろう?


 僕が久美を通してウィズさんに語りかけたところで、久美さんは完全に食事の方に集中してしまっている。


 久美さんは黙ってもかもかとライスを頬張ほおばっている。


 久美さんはいつも食べるスピードが遅い。そして僕は異常に早い。先程までしゃべっていたのは僕だけど食事に関しては僕は既に食べ終わっている。


 つまり、沈黙の中、僕は本当に何もやることがなく、黙って久美さんが食事をしている姿をじっと観察している。


 もかもかもぐもぐと久美さんはライスを食べ続けている。


 ちなみに今の風景は大学の食堂の中央に位置するテーブルで、大学生の凄まじい喧噪の中、高校生の制服姿の男女が、完全に黙って食事をしている構図になっており、簡単に言えば相当に気まずい。


 どちらが折れるが先かこの沈黙。


「久美さん」


 僕は黙って箸を進める久美に声を掛けた。


「何も分かってない自分の癖に分かった風なことを言ってしまい。申し訳ございませんでした。いや、本当にそうですよね。何事もまずは説明からですよね。すいません。僕が勝手にコメディ調の雰囲気にして、ちゃんと現実を見ていませんでした。全くわからない今、現在の状況を整理することが何よりも大事ですよね。そうですよね、このままだと何も進展しませんよね。いや、そうですよね。何か恋人から突然に『○○だったのよ』と語りかけられ、『そ、そうだったのか!』と僕がわざとらしく相槌を打つような会話は、それは確かに不自然だけども、久美さんがロボットでウィズさんと繋がっているせいでこの世界の真実を伝える媒介者となり、この世界の真実の説明を告げる役割を果たすことがわざとらしいかといえば、決してそうではないですよね。いや、むしろ自然と言っていいですよね。そうですよ、そういえば僕が明日には移転されることが分かっているのに、その直前に移転される理由とか聞かないままに月に行って、果たして僕が納得してくれるか、と問われたら絶対にそんなことはないんですよね。いやー、僕は何でこんな大事なことに気付かなかったのかなあ。説明ってとても大事ですね。僕は身を持って体感しているところです」


 久美さんが黙っているので僕は述べつまくなく語りかける。


「だから久美さん、説明をおねがいします」


 僕はぺこりと頭を下げた。


「……私はウィズさんと完全に一致しているわけじゃないし、ウィズさんから完全に操作されてるわけでもないよ」


 頭を下げている間、ようやく久美の声がした。


「……それに、由人は私のことを人間だってあれほどカッコよく宣言してくれたのに、まるで私が人権を排した奴隷であるかのような発言にはかなり傷ついたんだけど」


「本当に申し訳ありませんでした」


 更に深く頭を下げる僕。もう白いテーブルの表面しか見えない。


 謝ってばっかりだ。一度久美を慰めたからといって完全に調子に乗りすぎてしまっていた。


 というか、僕が現実に目を向けないせいで完全に話が停滞している。このままだと有耶無耶のまま地球から移転されてしまうのが見えている。


 そして更に付け加えれば現実の世界、とか物質移転装置、とか完全に忘れ始めてきた。何だろう。数時間前の出来事なのに。


「ごめんなさい。僕が話を進めていいでしょうか? というか、まず話を整理していいでしょうか?」


「うん。復習だね」


「まず一つ。僕がこの世界、自分以外、全員ロボットだと知ってしまったから、明日の午前零時に僕が月に移転されることになった」


「そこだね。そこ小さな勘違い」 


「えっ」


 今の僕の認識、間違ってたの?


「教授言ってなかった? 『公式に』って。つまり非公式にはまだ人間は存在してるんだよ。まあ、ここでの非公式って言うのはドームの外のことで、すなわちドームの外にはまだ一部の人間は暮らしてるわけだよ」


「えっ、じゃあ僕、最後の人間じゃないじゃん」


「厳密に言えば」


「え、でも教授は滅茶苦茶強調してなかったか? 僕が地球の最後の人間だって」


「だから、ドームの中でウィズさんが管理できているのは、あなた、白石由人一人だって、そういう意味。それにあの教授かなり変な人だから。たとえそれが真実であっても、変な人が口走れば変なところが強調されてしまうものだから。『何を言うかより、誰が言うかの方が大切だ』って格言、言いえて妙だとつくづく感じるね。あ、でも、教授が言ったことは全て本当だからね。私が分かりやすくまとめてあげるつもり」


 久美が話し終わり、「では」と僕がまとめを続けた。


「二つ目……ってかあれ? 二つ目って何だ?」


「それもまたそこなんだよ。由人君」


 久美が僕に向かって人差し指を向けるポーズをする。まるでドラマで名探偵が助手にする『君、鋭いね』と表現するポーズのように。


「吉良教授がちゃんと説明する前に、由人が吉良教授に触れてしまうことがウィズさんにとって完全に計算外だったんだよ。本当は今二〇八〇年が誰がどのようにして創り上げたかを吉良教授がちゃんと説明して、それでももし由人がその話を信じないならば、実際に吉良教授の身体に触れて、『物質移転装置』を発動させて、由人に確信させる手筈だったのに。由人がその前に急にぶちぎれちゃった」


「……あらま」


 僕は悪いことをしたみたいだ。いや、でも『君は世界に不都合だ。だから死ね』みたいい言われたらそりゃあ誰でもキレると思うけどなあ。


 僕はウィズからしたら予想外の短気だったらしい。


「久美、かっこよく質問していいか?」


「どうぞ」


「教えてくれよ──、世界の成り立ちとやらを」


「前振りの割には普通の言葉だったね。拍子抜けしちゃった」


 久美は目を丸くしながら言う。ちょっと恥ずかしい。


「……取りあえず教えて」


「わかった。じゃあ『物質移転装置の成り立ち』からね。でも、そのまえに……」


 久美は続ける。


「ご飯全部食べちゃうね。もうだいぶ冷えちゃってるけど」

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