5分で読める物語『双子戦争』

あお

第1話

 ディボース王国では、次期国王を決める〈双子戦争〉が行われていようとした。

「号外、号外~! 王室から次期国王選について発表されたよ~!」

 街中では、〈双子戦争〉の情報を得た新聞記者が、演説を語りながら号外を配っている。

「一〇年前に離婚した国王と王妃は、双子の兄弟を互いに引き取った! 兄ハイクは国王に、弟ジークは王妃に引き取られたんだ! 二人は次期国王として育てあげられ、ついに来週! 国王継承権をかけた〈双子戦争〉が行われる!」

 〈双子戦争〉のニュースは、瞬く間に世間に知らされ、国民は兄と弟、どちらが勝つかの予想で、盛り上がりを見せていた。

「俺は弟のジークが勝つんじゃないかと見込んでるね。完璧主義者の天童だぜ? 持ち前の知力と判断力で戦況を制圧し、軽々と兄の方を追い込むと思う!」

「いや兄のハイクも負けてないぜ! 確かに頭の良さではボロ負け確実だが、やつの運動能力といい、剣の技術といい、この国でハイクと真っ向から戦って勝てるやつなんかいねぇよ」

「いやいや、弟ジークもあの王妃の英才教育を受けてるんだぜ。剣術もそれなりのもんさ」

「なんだって。それを言うならハイクだって国王直属の騎士団に指南を受けてるんだぞ」

 などと、その勢いは国を分断させてしまうのではないかというほど、過激さを帯びていった。


 そんな盛り上がりを見せる街々を、兄ハイクは楽しそうに眺めていた――作戦会議中に。

「いいねぇ、いいねぇ。盛り上がってるねぇ!」

「ハイク様、会議中でございます。不要な私語はお控えを」

 作戦参謀長官が、子どもをなだめるような口調でハイクを諭す。しかし、ハイクに効き目はない。

「会議なんていいよ~。みんなでテキトーに決めちゃって」

 そう言うとハイクは会議室を出ようと、座っていた机から、ひょいと飛び降りた。

「なにを仰いますか。これは遊びではないのですよ。次期国王の座がかかった戦争。ハイク様にもしっかり考えていただかなければ、困ります」

 困惑した表情を浮かべるのは、ごもっともだが、ハイクはそれを面倒だと感じた。

「君たちが困ろうと知ったこっちゃないね。そういうのは、いつも父さんが決めてたから。俺はやり方を知らない。君たちの方が賢いんだ。だから君たちの作戦に乗るよ。どんなものでもね」

 すべてを作戦参謀官たちに丸投げし、ハイクは一人自室へと戻っていった。

 これが、国王に育てられた双子の兄、身体能力に長け、剣の使い手として右に出る者はいないという、ハイク・ジルベールである。

 自室に戻ったハイクは、ベッドに転がり大きなため息をつく。

「はぁぁぁ。〈双子戦争〉ねぇ」

 瞼を閉じると、そこにはまだ二人が家族だった記憶が映し出される。

「どうして、こんなことになったのかなぁ。ジークと敵として戦う日が来るなんて。あの頃は寝たきりだったジークに、いろんな話を聞かせて、いろんなものを見せてやった。俺ら兄弟は曲がりなりにも仲はよかった。……あの頃に戻れたら」

 そう言うと、ハイクはもう一度ため息をついていた。

「まぁ、でも……」

 ハイクはぐっとベットから起き上り、、窓から見える王妃宮を眺める。

「長年父さんが、このために俺を育ててくれたんだ。勝てと命じられた。だから絶対勝ってやる」

 頭に残る「戻れたら」という淡い期待を、ハイクは父のために押し殺した。



 一方、弟ジークの方は、王宮とは別棟として建てられた王妃宮の会議室にいた。

 こちらは、ジークを中心に作戦を事細かく練り上げていた。

「正直、戦闘能力だけで言えば向こうの方が上手だ。だからこそ、その戦力差を埋める戦法を取らなければならない」

 ジークのはす向かいにいた一人の男が、すかさず口を開いた。

「では、敵を数組に分散させ、我々の主戦力部隊で各個撃破して回るというのは、どうでしょう?」

「……キミ、本気で言ってる?」

 ジークは鋭く冷ややかな眼光で、その男を射貫いた。

「い、いえっ! 決してそんなことは!」

「君使えない。出てって」

 退出を言い渡された彼は、肩をがくりと落とし部屋を出ていく。

「さぁ、話しあおうか」

 会議室はまるで暗雲立ち込める峡谷のように、ずっしりと重い空気と、いつ雷が落ちるか分からない緊張感に包まれていた。

 これが、王妃に育てられた双子の弟、完璧主義者、知略の権化、天童と称される、ジーク・スターニャである。

 会議が終わり、自室に戻るジーク。椅子に腰かけ、頭に残る疲労を深呼吸と共に吐き出す。

「兄さんと戦う。あぁ、それだけで寒気がする。どうして、兄さんと戦わなければならないんだ」

 ジークが瞼を閉じると、そこには一〇年前、毎日ベッドの上で過ごしていた自分が映し出される。

「病気でベッドの上から動けない僕に、兄さんはいろんなものを持ってきてくれた。本に、虫に、どこで拾ってきたか分からない薬草。兄さんは外の世界をたくさん教えてくれた。動けない僕にとって兄さんは世界そのものだったんだ。それなのに、なんで。……あぁ、あの頃に戻りたい」

 ジークは目を開き、自身の決意を口にする。

「これまで、僕は母さんの言いつけを守り、完璧を貫いてきた。僕に足りないのはあと一つ。勝って、兄さんを取り戻す」

 長年、誰にも打ち明けていない秘めた願いを、この〈双子戦争〉で叶えようとしていた。



 時は流れ、〈双子戦争〉その開幕の日となった。

 国内の大規模闘技場、その中に対で建てられた城の中に、両陣営が数十の騎士を揃えて決戦の時を待っている。 

 観覧席の最上階、そこに国王と王妃が並んだ。いよいよ開戦、王妃が今戦いのルールを説明する。

「〈双子戦争〉は両陣営が、与えられた城を拠点とし、どちらかの主将を戦闘不能、もしくは戦意喪失させた時点で、勝利とする。殺しは厳禁だが、ある程度の負傷はやむを得ないものとする」

 次いで国王が開戦の口上を述べた。

「ただいまより、次期国王継承権をかけた戦い、〈双子戦争〉を開幕する!」

 角笛の音が鳴り響く。同時に民衆の歓声、そして各陣営から地響きのような雄叫びをあげて、騎士たちがかち合った。

「おぉ~! すごいねぇ。まさしく戦争だ」

 城の最上階にて、戦場を見下ろすハイク。その一歩後ろには、作戦参謀長官が控えている。

「これは予定通りなの?」

 尋ねるハイクに、

「ええ。しばらくは騎士たちに任せます。いわゆる消耗戦です」

淡々と長官が答える。

「僕はいつ出るんだい?」

「ハイク様は、ある程度道が片付いたら、敵陣に乗り込んでいただきます」

「いいね、楽しそうだ」

 ハイクは再び戦場を見下ろし、ニヤリと微笑を浮かべた。


 戦況は五分を保っている。騎士同士の終わらない撃ち合いに嫌気がさしたのは、観客よりも先にハイクの方だった。

「俺、もう出るわ」

「お待ちください、ハイク様!」

 出陣しようとするハイクを、力づくでも止めようとする長官だったが、ハイクの腕力に軽々と吹き飛ばされてしまう。

 ハイクは剣を取り、一気に城を駆け降りる。他の騎士たちの制止も聞かないまま、戦場に飛び出したハイク。突然の登場に観客はドッと歓声を上げた。

 ハイクが敵の城へと走っていると、今度は先ほどよりも大きな歓声が闘技場内に響いた。なにごとかと思案していると、前方にいる騎士たちがまるで道を作っているかのごとく、両脇に退いた。そしてその奥から、弟ジークがこちらに走ってきているのが見えた。

 一瞬にして互いの間合いを詰めた両者は、同時に剣を抜き正面から斬り合う。

「お前が、戦場に来るなんて珍しいこともあるんだな!」

「兄さんの、不意を突かないと、勝てないと思って、ねっ!」

 斬り合いはほぼ互角に見えたが、若干ハイクの方が押している。

「お前は、椅子に座って、駒を動かすのが得意だろうに! 剣術じゃ俺の方が上だぜ!」

「それでも、僕には兄さんの負けない知恵がある!」

 そう言うと、ジークは後方に翻り、自分の城へと駆けていく。

「逃がさねぇよ!」

 ハイクが後を追いかける。足の速さもハイクの方が上手だ。徐々に距離を詰められたジークは、ここぞとばかりに、味方の騎士の腕を踏み台に、宙へと跳んだ。

「んなもんありかよっ!」

 目を見開くハイクの頭上から、ジークが剣を振り下ろす。

 互いに鍔迫り合いになったところで、二人の動きがようやく止まった。

「やるじゃねぇか。でも、まだまだ」

 ハイクが出力をあげようとしたところで、ジークが問いかける。

「兄さんはなんで、僕と戦うの?」

「え?」

 突拍子もない質問に、間の抜けた返事をしてしまったハイクだが、頭を振って仕切りなおす。

「それは、父さんのためだ。俺を国王にするために、育ててくれた父さんのためにも、俺は負けられない」

 鍔迫り合いの中、二人は一〇年ぶりに会話を交わしていたのだった。

「そっか。でも、僕も負けられない。僕は完璧にならなきゃいけないから」

「完璧になるために、俺を踏み台にしていくってか」

「いや、兄さんを取り返す」

「は?」

 予想外の展開に、ハイクは一瞬腕の力が抜けてしまった。それを逃さずジークは剣を押し、互いの距離はわずか数センチになる。

「僕には、兄さんが必要だ。僕にとって兄さんが世界そのものなんだ。だから、僕は勝って、兄さんを取り戻すよ」

 押し切られたハイクは、剣を横に薙ぎジークを躱して距離を取る。

「俺を取り戻す? お前が? なんで、なんでお前が俺より上からものを言えるんだよ!ああ⁉」

 ハイクの形相に、ジークは一歩たじろぐ。

「お前まで、お前まで俺を見下すのか! 母さんだけじゃなくお前もっ!」

「な、なに言ってるの兄さん」

「あぁ? 知らねぇとは言わせねぇぞ。母さんは俺のこと『間違えて産んでしまった出来損ない』っつったんだ! 俺はそれをお前の部屋で聞いた! お前と別れた一〇年前のあの日にな!」

 ハイクの叫びは闘技場に響き渡り、王妃は扇子で顔を隠していた。

「僕は、兄さんを見下してなんか!」

「うるせぇ! うるせぇうるせぇうるせぇ! みんな言わないだけで、そう思ってんだ! 父さんも、王宮のやつらもみんな! 俺は天才のお前と比べて劣ってるってなぁ!」

 ジークが言葉を挟む余地もなく、ハイクはまくしたてる。

「だから、俺は全ての命令に従った! 誰にも文句言わせねぇように、誰にも出来損ないなんて、言わせないように! 俺より頭のいいやつの言うこと全てに従ったんだ!」

 ハイクは息が切れ切れになりながらも、思考の最終地点にたどり着いた。

「あぁ、お前が、お前さえいなかったら、こんな想いをせずに済んだのに!」

 そして、その言葉がジークの引き金を引いたのだ。

「だったら! 俺に勝って証明してみせろ! お前が俺よりも強いってことを、俺に劣ってなんかいないってことを、お前の実力で証明してみせろぉぉぉぉぉぉ!」

 ジークの叫びが合図になったかのごとく、二人は互いに剣を振り合った。

「はぁぁああああああ!」

「うぉぉおおおおおお!」

 十年分の想いを互いにぶつけ合った。

 そして、その幕引きは互いの剣が折れたところで訪れた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「にい、さん。やっぱ兄さんは強いよ」

 先に膝をついたのはジーク。

「ふざけんな。お前も強かったじゃねぇか」

 後を追うように、ハイクも地面に倒れ込んだ。


 〈双子戦争〉は、両者が戦闘不能になったため、引き分けとなった。

 しかし、戦闘中に起きた兄弟の熾烈な戦いは、国王と王妃の心を強く痛めつけるものだった。

 二人は双子に優劣を、どちらかを国王にする考えを改め、史上初、国王を二人立てることに決めたのだった。


 ハイクが目を覚ますと、隣にはジークが眠っていた。

「寝顔は、何も変わっていないんだな」

 微笑みながら、ハイクはジークの手を取る。

「あれが初めての兄弟喧嘩だったかもな。俺らちゃんと兄弟やれてるんだぜ」

 聞こえてかどうなのか、ジークの顔も優しく緩む。

「一〇年分、お兄ちゃんがしっかりかまってやるからな」

 そう言うと、ハイクは再び眠りについた。

 二人の姿は、幼いころの、仲良く並んで眠っていた姿そのものだった。

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