ラナンキュラスの郷愁~ネクロマンサーじじいの愛の思い出~

豆腐数

 ほう、棚の上の肖像画が気になるか? この肖像画とその周りだけ綺麗にしてあるって? そりゃー妻はワシと違っておなごじゃからな。いつも花のように美しくいてもらわねばならん……なんじゃその顔は。ネクロマンサーに嫁なんぞいるのがおかしいとでも? ワシだってな、インクのような黒髪が真っ白になるこの歳まで生きてりゃあ、貴婦人と少女の喜びそうなロマンスくらいあるわい、このたわけ。お前こそ死体ばっかりで陰気臭いわい! 筆おろしの暇もなく、ジメジメきのこが生える地下に引きこもりおって。人のこと言えるかって?ワハハ、しかしいい女もいないのは事実みたいじゃなあ。紹介してやろうか?ただしちいとばかり皮膚が爛れ、肉が腐ってるかもしれんがのう。


 怒るな怒るな、続きを話してやるから。しらばっくれても興味しんしんという顔をしとるぞ。そう、アレはな。木枯らしが葉っぱで遊ぶも飽きて、粉雪を舞わせて遊び始めた冬の日の事じゃった。痩せっぽちの、まだ女とも呼べないような子どもがワシのところにやって来た。


 なんでもあやつはワシの遠い遠い親戚だと言う事だ。こんな商売しとるとの、親兄弟とも絶縁状態じゃから、ワシは親戚を騙った詐欺だと思った。詐欺師でも人選は考えろと思うが、なりふり構っていられん状況なんじゃろうとな。結論を言えば、詐欺師という想像は外れておった。憎きクソ兄貴の紹介状の、署名の癖字は間違いようもないからの。


 そやつ、ラナンキュラス──長ったらしいから専らラナと呼んでおったが──は真っ赤な髪に真っ赤な目をしとってな。名の由来の通り、美しい血のような色をしとった……ラナンキュラスは花の名前じゃ、赤以外の種類もあるがな。少しはゾンビ以外の事も勉強せんかっ。そんなんじゃから未だに接吻の経験もないんじゃろうがこのたわけもんがっ。いいか、死と生は密接に関わっておる。ネクロマンサーならば、例え花の一本でもたかが花と侮ってはいかん。死体の上に咲く花もあるでな。


 ラナも腐敗した肉の上に開花する花のようじゃった。ラナは自分を娶ってくれた恩に報いるように、ワシの研究によく付き合ってくれた。肉屋の九人兄妹の末娘での、肉の解体はワシより上手いくらいじゃったなあ。兄妹の多い家から粉雪の舞う日にワシのところに来たのを思うと、なりふり構っていられない状況という推測だけは当たっておったのかもしれん。死体を見てほとんど物おじしないのは流石のワシも驚いたし少しはガッカリしたがの。婦女の悲鳴は死体の次にネクロマンサーが好むもんじゃからのう、イヒヒヒヒヒッ。


 料理も上手くての、ワシが黒魔術で息の根を止めた鳥や魔物を解体して作ったポワレは絶品じゃったな。この前お前に振る舞ってやったポワレも嫁秘伝のレシピじゃぞ。戦争兵器用に王の軍隊に売るゾンビが珠玉の出来だったとか、祝いにふさわしい、上出来な仕事をした後の、血のしたたる妻の肉料理は馳走に最適じゃったよ。ヒヒヒッ。


 ラナをネクロマンサー色に染めるだけではなく、ワシの方も影響された部分はあっての。旅行が好きになったのはラナの趣味と名前からの影響じゃのう。


 遠路はるばる、妻の名前と色を持った花の庭園へ共に旅行に行ったのは、ちぃと気障だったかの。ほっほ、ワシもあんときゃあ若かった。


 ラナとの日々は楽しかったよ。あやつも赤毛に白髪が混じるまで生きた。肖像画くらいの年齢で夭逝したんじゃないのかって? そんなわきゃなかろう。最後は病気だったがな、ばあさん手前くらいまでは共にあったとも。女と肉は新鮮で若い方が美味いからな、敢えて若い頃に描いてもらったのを飾ってあるんじゃよ。イヒヒッ。


 ほんでの、病床のラナがワシを枕元に呼び出して神妙に言ったのさ。「私がいなくなった後の事でお願いがあります」ってな。ピンピン偉そうにしてるくせになあ、研究で忙しいワシをな、呼ぶのよ。


 しょうがないから行ってやったらな、「私がいなくなってもその辛気臭くて格好の悪い、死体弄り魔術師の格好でいる気ですか」って言うんじゃよ。


 「そんなの嫌です、私でもなんでも使って着飾って、ずっとカッコイイあなたでいてくださいな」とな。


 じゃからな、ラナが逝った後ワシはな、肉は食ってやって、骨はダイヤモンドに変えて、肌身離さず身に着ける事にした。今お前の目に映る、豪快にダイヤを使った派手な首飾りがそうじゃよ。


 どう見てもルビーにしか見えないって? そうじゃな、人の骨からダイヤを作ったところで量などたかが知れておるし、もっと黄色がかった色になるわな。イヒヒヒヒッ、ところがなあ、ラナの遺骨で作ったダイヤモンドはのう、色はあやつの目と髪を反映したように真っ赤に、量はおよそ人から生成出来る数ではないほどになったんじゃ。恐ろしいもんじゃのう。


 え? 死霊として生き返らせなかったのかって? バカもん、生きとし生けるものはいつか死ぬ。わらべうたで遊ぶ稚児とて知っとることじゃぞ。なんじゃその信じられんもんを見る目は。ほら、いつまでも休んでいるんじゃない、実験に使うマンドラゴラ五十本、さっさと向こうの畑から抜いてこんかい。耳栓を忘れるでないぞ。死なんでも泡噴いて気絶くらいは平気でするでな。

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