第2話【発掘屋】

 突然切っ先を突きつけられた私は、驚きと緊張で胸がはち切れそうになっていた。

 え? え? どういうこと?


 待って、待って。あれは何式だろうか?

 雷が出るライトニング式だとしても、炎が出るフレア式だとしても、この距離なら危ない。


「落ち着きなさい。クレイ。恐らく同業者ですよ。しかもかなり上位の」


 剣を私に突きつけている男、多分クレイの後ろから、冷静そうな声が聞こえた。

 その声に応じたのか、クレイは剣を下ろし鞘に収めてくれた。


 それにしても同業者?

 どう見ても魔道具師には見えないけれど。


「ああ、アッシュ。そうみたいだな。すまん。この辺りは二足歩行の魔獣も出るからな。俺はクレイ。後のはアッシュとジュエル。あんたは?」


 名前を聞かれ、一瞬答えるかどうか迷ってしまった。

 この人たちの得体が未だに知れないから。


 えーい。女は度胸。

 名前くらい知れられても、別にどうってことないしね。


「私の名前はエマよ。エマ・シルバー。同業者っていうのは?」


 私の返事を聞いた途端、クレイの顔色が変わる。

 驚きと困惑が混じったような顔だ。


 ゆったり構えていた身体にも、少し力が入ったように見えた。


「シルバーって。あんた、貴族かよ。貴族なのにこんなヤクザな職業に就いているなんて珍しいな?」

「貴族? いえ……貴族なんかじゃないけれど」


「クレイ。聞かれたくない身の上話など、我々、発掘屋の中ではいくらでもありますよ。いいじゃないですか。彼女はエマ。それが分かっただけで」

「それもそうだな。その手に持ってるやつ。アーティファクトだろ? しかも、偉く状態が良い。まるで新品みたいだ」


 アッシュに言われ、クレイの緊張が取れたようだ。

 どうやら、シルバーという姓を持っていることが問題だったらしい。


 目覚める前はシルバーなんてありふれた姓だったけれど、今は違うのだろうか。

 それにアーティファクトというのも気にかかる。


 手にしている光源用の魔道具は、確かに私は作ったばかりで新品そのものだけれど、どこの一般家庭にもあるものなはずだ。

 私が眠っている間に本当に何があったのだろう。


 とにかく、できるだけ情報をこの人たちから得て、おかしな言動には十分に気をつけないと。

 そう思っていたら、クレイがすごい形相で駆け寄って来た。


「わ、わ? な、なに!?」


 思わず声をあげていた時には、私の身体は中を浮いていた。

 あろうことか、クレイに片手で担がれたのだ。


 近い、近い、近い!!

 見た目以上にたくましい腕で抱えたクレイの、彼の顔は私のすぐ目の前にあった。


 私の持っている魔道具の明かりに照らされて、クレイの顔が先ほどよりもはっきりと見える。

 明るい土色の髪、髪よりもさらに明るいライトブラウンの瞳は、長いまつ毛に覆われていて、強い意志を感じさせられる。


 私を落とさぬようしっかりと身体に回された腕から、高い体温が伝わってくる。

 反対側、腕に押し付けられる形で触れている金属製の胸当ては、思わぬ出来事にほてった私の身体を冷やしてくれた。


 うっとりした気分でクレイの横顔を眺めていると、クレイの言葉と金属がぶつかる音で、現実に戻された。


「何ぼーっとしてやがる!! ブレードスパイダーだ! アッシュ!!」


 私を抱えた左腕と反対、右手に持っている剣で、何かの攻撃を受け止めるクレイ。

 私を抱えているせいで、とても動きづらそうだ。


「ごめん! 大丈夫、離して。逃げるから!!」

「下手に動くな! アッシュの攻撃魔法の巻き添えを食らうぞ!!」


 クレイの身体越しに見えるやり取りに、私は目を白黒させていた。

 目の前に現れたのは、前足が鋭い刃のようなものがついた、巨大なクモだった。


 恐らく、天井かなにかに潜んでいたのが、飛び降りたのだろう。

 元々私がいた頭上に。


 クレイはそれに気づかずにいた私をとっさに庇ってくれたのだ。

 今の相手の動きを見れば、もし気づいていたとしても、私には為す術もなかっただろうけれど。


 あれは魔獣だろうか?

 初めて見る形だけれど、魔獣は無数の種類がいるようだから、多分そうなのだろう。


 ブレードスパイダーは器用に前足の刃で私を抱えたままのクレイに襲いかかっている。

 クレイはそれを巧みに全ての受け止めていた。


「待たせたな。クレイ。もういいぞ」

「ったく……いつもちょっと時間かかりすぎじゃねぇに? 重い荷物抱えながら耐えてる俺の身にもなれよ」

「私そんなに重くない!!」


 思わぬ罵りに、私は抗議する。

 正直、少し、いやかなりかっこいいなぁとか思ってたけど、そんなこと言っちゃうなんて。


 まぁ、魔道具が恋人な私を女と見るような男性が世の中にいるなんて、最初っから期待してないけど。

 そう思いながら、胸元に垂れ下がっているボサボサになってしまった三つ編みを眺めた。


 ちょっと意識が逸れた間に、アッシュが手を前に突き出し、何かを唱える。

 すると、手の先から雷のような光がブレードスパイダーへと伸びた。


「ふぅ……よし。もういいぞ。えーっと、エマだったか? あんた本当に発掘屋か? ブレードスパイダーなんて、たいした魔獣じゃないだろ?」


 私を下ろしてくれたので、助けてくれたことの礼をまず言い、私は質問に質問で返すことにした。

 ダンジョンにしか棲息しないはずの魔獣が出ていることも、そんな魔獣を倒すクレイやアッシュたちに、私の思考は追いつかないでいたから。


「ありがとう。助けてくれて。私はあなたの言う発掘屋ではないわ。それに、教えて欲しいの。どうしてこんなところに魔獣が出るの? 発掘屋って何?」


 私の問いに、クレイも、そしてこちらに近づいて来たアッシュとジュエルも困惑した表情を見せた。

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