第4話 心配性な派遣冒険者
クラージュの呆気ない同意に、ゲーベンは開いた口が塞がらない。
ユキを見れば、腕を組んで立つ彼女はむくれていた。
「私は石像だろうと肉壁になるなら連れて行ったほうがいいって言ったんだけど」
「少し黙れ?」
「いーや」
いーっ、と白い歯を見せる。
相変わらずのやり取りであるが、ユキの反応から彼女は反対したことが伺える。
シュティルを見れば申し訳なさそうに顔を伏せており、決めたのはクラージュだとゲーベンは悟った。
「ゲーベンは、アリストクラット子爵から依頼を受けるのは嫌かなって」
「ぜったいに嫌だ」
「だろう?」
即答する。
「おいこら。何頷いてんのよ否定しろ」
「じゃぁお前はあのチョビ髭男爵の依頼を受けたいのかよ?」
「嫌に決まってるでしょ当たり前のこと言わないでよ馬鹿」
「ゴブリンじゃねぇよ!」
「……? どういう意味よ?」
「すまん。過剰反応した」
不思議そうなユキを片手で制し、残った手で顔を押さえる。全ての原因は悪魔な受付嬢だ。
「それに、アリストクラット子爵からもゲーベンはパーティに加えるなと言われているからね」
「あのチョビ髭男爵め……」
「寄生虫のSランク擬きだってよ」
「やっぱりヤるか?」
「しょうがないわね、付き合うわよ」
「ヤっちゃダメだから。ユキも乗らない」
ゲーベンとユキが顔を突き合わせ、どうやってあの悪徳貴族を殺害するかクククッと悪い笑みを零し話し合おうとするのを、クラージュが止める。
「そういうわけで、ゲーベンに手伝ってもらうと何を言われるか分からないからね。今回は僕達だけで調査をするよ」
「むぅ……」
「ごめん、ね?」
「謝る必要はねぇだろ。俺とお前らはパーティでもないんだ。必要ないなら雇わない。普通のことだ」
「拗ねてるくせに強がり言っちゃって」
「拗ねてねぇし」
ゲーベンはふいっと顔を背ける。
パーティメンバーでないゲーベンが一緒に行く理由はない。ないのだが……。
「クラージュ、シュティル…………ユキ」
言い辛そうに、ゲーベンは顔を背けたまま囁くような小さな声で言う。
「気を付けろよ」
「ああ、ありがとう」
「ありが、とう。ゲーベンさん」
ゲーベンなりの心配に、クラージュとシュティルは笑顔でお礼を返す。
素直な対応が余計に羞恥心を煽り、くっと苦悶するように声を漏らしたが、ユキの返答によってゲーベンの照れは見事に粉々に砕け散って消えた。
「きもちわるっ」
「お前は帰ってくんな!」
■■
翌日。
準備を整えた『勇者の剣』が『幻想の森』に向かった後、ゲーベンは一人朝から冒険者ギルドに併設された酒場に居た。
一緒に仕事をしないかと声を掛けてくれる冒険者も居たが、ゲーベンはこの日ばかりは丁重に断る。
「あぁ、悪いな。今日は仕事を受けてないんだ」
揉めることなく、誘ってくれた冒険者を片手を上げて見送る。
杯の取っ手を持ち、中身を煽ろうとすると当然の如く絡んでくる悪魔な受付嬢が一人。
「仕事してくださいなろくでなし」
「受付戻れやサボり魔め」
こんな就業態度でクビにならないだろうかとゲーベンが首を傾げていると、リサは彼の肩に両手を置いて後ろから杯の中身を覗き込む。
距離が近くふわりと香る花のような匂いに、ゲーベンが顔をしかめる。
「昼間っから仕事もせずにお酒だなんて良いご身分……って、水?」
「……なんだよ」
予想外の中身に驚くリサに顔を向けようとせず、ゲーベンはぐいっと水を飲む。
見られたくない奴に見られたと、ゲーベンの眉間に皺が寄る。
その反応で察したのだろう。リサはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべると、そっぽを向いたゲーベンの頬を突く。新しい玩具を見つけた幼子のようだ。
「も~素直じゃないんだから~」
「な に が だ」
「この針鼠さん!」
「それはユキだ!」
ユキと同列は心外だとゲーベンが叫ぶと、逃げるように肩から手を離し、リサは流れるような動作で空いていた隣の席に腰かけた。もちろん、彼女の表情はにやついたままだ。
「そんなに心配なら一緒に行けば良かったじゃないですか」
「心配じゃねぇし。今日は酒場で水を飲みたい気分だったんだ」
「家で魔法の研究でもしてればいいじゃないですか」
「気分転換だ」
「あぁ、心配で落ち着かないですね。分かりますよ~、その気持ち」
「……」
「で、で? 本命はユキさん? 意外とシュティルさん? それともそれとも、まさかまさかのクラージュさん!? きゃー!!」
「おいこの下世話な腐った受付嬢誰か引き取ってくんない!?」
ゲーベンが助けを乞うが、引き取りては現れなかった。無情な世である。
質の悪いサボり魔受付嬢にゲーベンが絡まれていると、冒険者ギルドの入り口から一組のパーティが入ってきた。
彼らは体中から血を流し、満身創痍の状態だ。
慌ててギルド職員が駆けつける中、その様子を見ていた冒険者達は口々に言う。
「おいおい。ボロボロじゃねぇかあのパーティ」
「『幻想の森』か? やっぱりモンスターが強くなってんのかねぇ」
「この前もSランク冒険者が死んだばっかしだしよ。怖くて近付けねぇわ」
彼らの噂話を集約すると『幻想の森』は危ないである。
周囲の会話に耳をそばたてていると、ゲーベンは俯いて黙り込んでしまう。
「……」
「どうします?」
「……………………誰か、護衛に雇えるパーティ、いるか?」
「あははははははっ!」
「笑うな!」
絞り出すように零したお願いを聞いたリサは、心底面白いと大声を上げて笑うのであった。正に悪魔の所業である。
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