第2話 派遣冒険者になる

「それでパーティを追い出されちゃったんですか!?」

「その通りだよ糞ったれ」


 冒険者パーティ『胡蝶の夢』から追放された翌日。

 ヤケ酒で気分が悪いゲーベンは、酔いが残っているのか冒険者ギルドの受付でくだを巻いていた。

 事情を聞いた受付嬢のリセは、悲しそうに眉を八の字にする。


「酷い噂は聞いていましたが、まさかそこまでだとは思いませんでした」

「分かってくれるかリセ!」

「ええ。まさか石像だなんて」

「おい? 俺の話聞いてた?」


 それはゲーベンを揶揄した言葉であって、『胡蝶の夢』を非難する言葉では断じてない。

 あははとリセは手を振って誤魔化すように笑う。


「冗談ですよ冗談。受付嬢ジョークです。本気にしたらダメですよ?」

「ほんとかよ……」

「ええほんとです。受付嬢は嘘を付きませんので」


 仕事で嘘は付かないだろうが、リセという個人は割と適当なことを口にする女性だ。

 お茶と言って出してきたウイスキーを一気飲みさせたことを、ゲーベンは未だに根に持っている。

 じとっとぬめついた半眼で見つめられ、リセは誤魔化すように咳払いをし、あたかもこれまでの流れがなかったかのように話を進める。


「本当に酷い話ですね。とはいえ、パーティのことなのでギルドとしては干渉できないんですよね。申し訳ありません」

「気にしないでいい。今更戻る気なんぞ欠片もないからな。ただただ苛立つというかもうな? ヤるか? ヤっちまうか?」

「止めてくださいよ。庇い切れませんから」

「庇ってくれるのか?」


 意外だとゲーベンが言えば、リセは任せろと大きく頷く。


「ええ。『いつかやると思ってました』っていうのが夢なので」

「庇ってない。全然庇ってない」


 なんなら差し出してるまである。隣人が信用ならない典型である。


「そもそも、ゲーベンさんのことは説明していたんですよね?」

「当たり前だろう。じゃなきゃ増長するかもしれんからな」


 ゲーベンの扱う魔法は強化魔法だ。広く普及している魔法で、魔法使いなら扱える者も多い。

 けれど、ゲーベンの強化魔法は少々特殊であり、どういう効果かちゃんと説明しないと悲惨なことになりかねない。

 そのため、一時的であれパーティを組む場合、どういった魔法を扱うのかの説明は必須であった。

 ……であったが。


「この有様だがな」

「闇堕ちだけはしないでくださいよ?」


 このまま堕ちて闇の力に目覚めてしまいそうなゲーベンに釘を刺す。

 魔王という脅威が存在するこの世界において、ゲーベンが魔族側に付くなんてことになれば洒落で済まない事態を巻き起こしかねない。

 手をパンパンと叩くと、俯いていたゲーベンの顔が上がる。リセはニッコリ笑って両手を広げる。


「それなら、過去のことなんて忘れて、未来に目を向けましょう」


 ドンッとリセがカウンター下から取り出したのは新しい冒険者を募集しているパーティ一覧だ。

 追放されたのであれば新天地へ。

 非常に前向きな提案だったが、消沈しているゲーベンは、ちらりと一瞬目線を向けただけで触れようともしない。


「あー? もうしばらく仲間なんていらんが」

「なにを言っているんですか? ゲーベンさん強化魔法しか使えないんですから、仲間がいなきゃゴブリン以下ですよ? 明日の朝生ゴミとして燃やしますよ」

「ゴミは酷くないか」


 最弱のモンスター扱いに、腐っていたゲーベンの感情も流石に動いた。もちろん、苛立ちの方へだ。ひくひくと頬を引き攣る。

 カウンターに頬を付き、書類に目を通す。記載されているのはBランク以上の冒険者パーティだ。中堅から上級の一角ひとかどの冒険者達。

 けれど、Sランク冒険者パーティから捨てられたばかりのゲーベンには、どれもこれも興味が湧かない。


「とは言ってもなぁ」

「ギルド側としては、上級パーティに加入して欲しいですけど、ゲーベンさんの目的を考えれば、新人パーティでもいいんじゃないですか?」

「まぁなぁ。Aランクパーティに入ったら、Sランクに上がった途端ぽいっとかあるわけで……あ、ヤバい。堕ちてきた。殺そう」

「鬱って自殺じゃなく殺人犯そうとするの止めていただけません?」


 狂気染みた殺人予告に、リセの頬を汗が伝う。

 死んだ魚のような目をしてパーティ一覧を見ていたゲーベンは、急に魂が戻ったかのように立ち上がると拳を握る。


「よし。決めた」

「お。どこのパーティですか? 私としては『紅の――」

「いや、パーティは組まん」

「……私の話聞いてましたか? ごく潰しさん」

「受付嬢の仕事に毒を吐くってあるの?」


 就労規則に『お客様には罵倒すること』なんて書かれていた日には、ゲーベンは冒険者の引退すら考える。そういうプレイは歓楽街でどうぞ。


「働かないわけじゃねぇ」

「はぁ……それならなにを?」

「決まってるだろう――派遣だ」


 ニヤと自信満々に笑うゲーベンを見て、リセは憂鬱そうに大きなため息を吐くのであった。


 ――


『強化魔法でお助けします! 雇いませんか、Sランク冒険者!!』


 こんな文言の書かれた看板を首から下げたゲーベンが、受付の横で顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

 同じように震えているリセは、なにやら耐えるように口元を押さえている。


「ねぇ、リセさん?」

「なんでしょうかゲーベンさん」

「派遣と言ったのは俺だよ? 俺だけどさぁ……」


 看板を突き出し、耐えられないとばかりに叫ぶ。


「誰も首から看板下げるとは言ってねぇだろ! しかも、なんで受付の横に立たされてるんだ!? 新ての嫌がらせか!?」

「次の方どうぞ~」

「聞けよ!」


 平然と仕事に戻ろうとするリセに、ゲーベンは涙目で訴える。この状況は耐えられないと。


「派遣も何も、臨時メンバー募集じゃないですか」

「そうだが? それの何がいけない」

「いけなくないですよ」

「だったら、ギルドで募集出せば終わりじゃん。こんなことする必要ないじゃん」

「ありますよ」


 キリッと真面目な表情で、


「見ていてとても滑稽で楽しい」

「加虐趣味があるのかな?」


 遂には吹き出すリセ。ゲーベンは我慢の限界とばかりに看板を首から外そうとする。


「だいたい、こんな看板首から下げてパーティが来るわけ」

「ねぇ」

「嘘だろ」


 こんなバカみたいな勧誘方法でパーティメンバーが来るわけがないと思った矢先、声をかけられる。

 まさかと思い振り返るが誰もいない。

 とうとう幻聴まで聞こえるようになったかと、ゲーベンが自分の頭を心配し始めていると、くいくいっと小さな力で裾を引っ張られる。


「おにいちゃんなにやってるの?」

「……罰ゲーム」


 見下ろさねば見えないほど小さな女の子の無垢なる瞳に、ゲーベンはもっともらしい嘘をついた。

 大の男が本気で泣きそうである。


「あははははは!!」


 そんな光景を眺めていた外道はカウンターをバンバン叩いて大笑いだ。

 お腹が苦しいと突っ伏する姿に、ゲーベンはそのまま息が止まってくれないものかと初めて神に祈った。


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