《番外》玉座に座って

※1巻の表紙イラストが超素敵だったので、SS書きました。

※時間軸的には2章後あたりを想定しています。

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「お父様は、玉座には座らないの?」


 娘からそんなことを聞かれたのは、ある日の昼食中だった。なんの脈絡もなく、唐突に向けられた問い。彼女の意図もわからず、グリードは首を傾げる。


「特に用もないし、座らないな」


「ふうん……」


 それだけを口にしたディアドラが、無言で食事を再開する。何かを考えているように見えたから、言葉をかけることはせず、そっとしておくことにした。


 魔王になった直後から、グリードは玉座どころか謁見の間を使っていない。魔王が訪問者を迎え入れるのに使うべき部屋ではあるのだが、かの場所が好きになれないからだ。


 魔王に対する挑戦を受ける場でもあるため、戦闘に耐えうる広さがある。ただ話をするには広すぎるのだ。グリードが先代を討った場所でもあるし、いい思い出がない。好んで立ち入りたい部屋ではない。


 そんなことを考えていたら、ディアドラが突然、勢いよく立ち上がる。


「ねえ座って! お父様が玉座に座るところ、見たい!」


「見てどうする?」


「鑑賞する」


「……、謁見の間に鍵はかかっていない。好きなときに見てくればいい」


「違うの。お父様が座ることに意味があるの」


 何の意味があるのかわからず、グリードは目をしばたいた。昼食後に片付けたい仕事もあるし、先日カルラも『玉座がホコリかぶっとった』と言っていた。謁見の間の掃除を最後に頼んだのがいつだったか、思い出せない。


 気持ちは断る方向に傾いていたのに、


「ちょっとだけ、いいでしょ? ね?」


 愛娘にキラキラした目で見つめられてしまっては、了承以外の返答はできないのだった。



   ◇



 謁見の間はがらんとしていた。広い部屋の奥に数段の階段があり、その上に椅子が一つ置いてあるだけだ。椅子の後ろには大きな窓が二つ並んでいるが、外が薄暗いので、部屋に落ちる明かりもわずか。ディアドラが魔道具を起動し、暗い室内に明かりを灯してくれた。


「あれ? 玉座、違わない?」


 奥の椅子に目を向けたディアドラが首を傾げる。しかしグリードも同じように返した。


「おまえが生まれる前からあの椅子だが」


「そう……だっけ。ゲームではもっとこう、邪悪な方向にゴテゴテした感じの……」


「ゲーム?」


「なんでもない! それより座ってよ、ね!」


「あ、ああ……」


 グイグイ背中を押され、奥に追いやられる。


 ディアドラが口にした『邪悪な方向にゴテゴテした感じの玉座』には覚えがあった。先代の使っていた椅子に対してグリートが抱いた印象がまさにだったから。グリードの趣味に合わなかったため処分しようとしたが、『伝統ある玉座を売り払うのは何事か』と誰か――カリュディヒトスだったか――に猛反対されたので、倉庫にしまってある。ディアドラはきっと倉庫の椅子を見たのだろう。


 玉座の目の前に立ち、指で座面を触ってみたが、ホコリはつかなかった。誰かが掃除をしてくれたらしい。こういう手配をしてくれるのはジュリアスだろう。ほっと息をつき、座って足の上で指を組んだ。


「これでいいか? 気が済んだなら私は仕事に戻る」


「待って、足は組んで! あと、マントがシワになってるから伸ばして」


「こうか?」


「そう! 次は腕組み……ううん、頬杖ついてほしい!」


 注文が多い。


 あごを引いてほしい、引きすぎたから半分戻して、空いた手は足に乗せて、指は軽く開いて、眉はキリッと、等々、細かい指示が続く。自分は一体何をさせられているのかという気持ちになるが、


「いい! すっごくいい! どうしてカメラがないんだろうっ!!」


 頬を紅潮させて飛び跳ねているディアドラを見ていると、つい笑みがこぼれた。何がいいのかわからないが、娘が喜んでいるなら構うまい。


 ――と、考える一方で。


 彼女の持っている、『I♡お父様』とか『こっち見て♡』とか書いてある丸い看板らしきものは、一体何だろう……と、娘の行動を不安にも思うのだった。





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素敵な表紙イラストを描いてくださったKISERU先生、本当にありがとうございました!


魔王城の玉座、冒頭には「禍々しい玉座」と書いたものの、グリード様の趣味はこっちかな、とか色々考えているうちにSSが一本できました。


書き下ろしSS×3本を収録した1巻、いずみノベルズ様から発売されます。ご覧になっていただけたら嬉しいです!(*´꒳`*)

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