EX3 おまけのおまけ
《番外》新年のご挨拶
新しい年の、新しい朝。
昨日の続きでしかないはずなのに、新年だって考えるだけでなんだかそわそわする。朝食の時間に食堂に向かうと、お父様はいつもどおり先に席についていた。
「おはよう、お父様。あけましておめでとう!」
「ああ、おはようアカリ。おめでとう」
この世界でも人間には新年を祝う慣習があるらしいけれど、魔族は特に何もしてこなかった。というか、そもそもナターシアには〝何かを祝う〟慣習そのものがない。新年も、クリスマスも、誕生日のお祝いさえも。お父様が魔王になるまでは魔族同士でも殺し合いや奪い合いが日常化していたらしいし、お祝いなんて生活の余裕か信仰がないと難しいということなのかもしれない。
私が別の世界から来たということを皆に説明してから、たまに私の世界のことを話す機会ができた。日本での新年の過ごし方について説明したら「我々も挨拶くらいはしようか」とお父様が言ったので、カルラやジュリアス、ザークシードにも伝えてある。私としては挨拶だけじゃなくてお年玉も取り入れてほしいんだけど、スルーされてしまった。
ふあ、とあくびをしてから自席に座る。昨夜は日付が変わるまでフィオネやルシアとお喋りしていたから眠い。少し遅れて、ディアドラも食堂に入ってきた。
「おはよう、ディア」
「ディアドラ、あけましておめでとう」
「?」
ディアドラがきょとんとした表情を私たちに向けてくる。
「新年の挨拶! 昨日話したでしょ」
「知らん」
「また私の話を聞いてなかったの? もう、ちゃんと聞いてよー」
ぺちぺちとテーブルを叩いてみたけれど、ディアドラは知らん顔で席につき、黙って食事を始めてしまった。お父様に視線を向けてみても、お父様はちょっと困ったように笑っただけだ。
諦めて私も食事にしよう。今朝はパンと、魚とキノコのソテーだ。ダンさんの料理は今日も美味しいけれど、年初の朝からしっかり作ってくれている。そういえばナターシアには年末年始のお休みもないんだな。来年はおせち料理のことももっと話してみよう。そしたらダンさんも、年末年始くらいはお休みできるかな?
食事を半分くらい終えた頃、廊下から二人分の足音が聞こえてきた。足音が食堂の前で止まったかと思うと、すぐに扉が開かれる。
「邪魔すんでー」
「すみません、訪問するには早いと止めたのですが」
入ってきたのは私たちが食事中だなんて全く気にしていなさそうなカルラと、申し訳なさげなニコルだった。カルラはともかく、ニコルが魔王城に来るなんて珍しい。いつもはカルラ一人で荷を運んでくるのに。
「アカリもお嬢も元気そうやな」
「うん。あけましておめでとう」
「おめでとさん」
私とディアドラ、お父様の娘が二人に増えたことを説明したとき、カルラは「〝お嬢〟が二人になってしもた……呼び方どないしよ」と、どうでもいいことで頭を抱えていた。でも私のことは名前、ディアドラのことを〝お嬢〟と呼ぶことで落ち着いたらしい。相変わらずカルラの呼び方の基準はよくわからない。
「ニコルが一緒に戻ってくるって珍しいね。どうしたの?」
「カルラが里に顔を出すそうなので、一度ご挨拶に伺おうかと思いまして」
挨拶ってなんで? 里の人たちはカルラにとっては家族のようなものだと思うけれど、ニコルがわざわざ挨拶に行くってことは、それはつまり家族に挨拶するってことで――
「えっ、えっ、結婚の挨拶ってこと!? おめでとう!!」
「違います!」
「ええー!?」
なーんだ、残念。新年からおめでたい話かと思ったのに。じゃあつまり、付き合うだけで相手の家族に挨拶するってこと? ニコルは真面目だなあ。いや、それだけ本気なのかな?
ちらっとカルラに目を向けると、カルラは私の視線から逃げるように目を泳がせた。最近どうなのって、あとでつついてみよっかな。私はニコルに視線を戻した。
「行って大丈夫? カルラの里の人たちにボコボコにされない?」
「……多少の傷は自分で治します」
「そ、そう……」
攻撃を受けるのは確定事項らしい。大丈夫かな……。まあ、カルラが一緒なのだし、死にはしないだろう。健闘を祈ろう。
ガタンと椅子の動く音がしたのでそちらを見ると、ディアドラが席を立つところだった。皿の上にはキノコが残されている。黙って私たちに背を向けたディアドラに向かってカルラが声をかけた。
「なあお嬢、レベルどこまで上がった? また稽古つけたろか?」
「やる」
ディアドラがぱっと振り返る。笑ってはいないけれど、いつもより目が輝いて見える。ザムドといいディアドラといい、どうしてカルラと戦いたいんだろう。私は二度とやりたくないのに。
「せやなー、お嬢がうちのこと名前で呼んでくれたら、お嬢が魔力切れするまで付き合えそうやなー。うち、たまには名前で呼ばれたいなー」
「は?」
カルラがにいと笑いながら自分のあごに手を当てる。それに反してディアドラは面白くなさそうに目を細めた。どうするんだろうと黙って見守っていたら、ディアドラはぷいと踵を返した。
「くだらん。さっさと付き合え、カルラ」
「あいよ」
おお、ディアドラが珍しく素直に応じた。それだけ戦いたいってことなんだろうか。それともカルラは帰ってくるたびディアドラの相手をしていたから、ちょっとは仲良くなったのかな。部屋を出ていく二人の背中を見送ってから、お父様に顔を向けてみる。
「お父様も、ディアドラと戦ってあげたら?」
今の様子を見る限り、ディアドラは喜んでくれると思うけど。お父様はちょっと困ったような顔で視線を返してきた。
「考えてはいるのだが……加減の下手な私では、ディアに怪我をさせそうでな。もう少しレベルが上がってからのほうがいいのではないかと」
「お父様は、そういうことを考えてるって、ちゃんとディアドラに言ってあげたほうがいいと思う」
「何と言えば……?」
「……。ニコルー、何かいいアイデアない?」
ニコルに振ってみたけれど、「親子のことなので自分たちでどうにかしてください」とスパッと返されてしまった。うう、この二人の関係改善は世界平和にも繋がるんだから、協力してくれてもいいじゃないか。
「そういうのはあなたのほうが得意でしょう」
「得意じゃないよ!」
私だって苦労してるんだから!
どうしようかな。昼食か夕食のときにでも、カルラとの稽古はどうだったってディアドラに話を向けて、そこから繋げればいいのかな。腕を組んで考えていたら、カルラとディアドラが開けっ放しにしていた食堂の扉がノックされた。目を向けると、ジュリアスが立っている。
「グリード様、アカリ様、ニコル、あけましておめでとうございます」
「ジュリアス!」
「ああ、おめでとう」
「おめでとうございます」
ジュリアスはお父様に向けて一礼すると、ニコルに顔を向ける。
「ニコル、この間の件、今のうちに少し話せますか」
「はい、執務室に伺います」
食堂を出ていこうとするニコルとジュリアスを眺めながら、首を傾げてみる。
「? 二人で何かするの?」
「ええ、まあ。〝宝探し〟を作ろうかと」
「何それ楽しそう!!」
日本で流行っていた謎解きゲームみたいなやつかな? 私も友だちに誘われて、遊園地を歩き回って謎を解くゲームなら遊んだことがある。なにそれいいなー。でもどうして急に二人がそんなものを作り始めたんだろう?
「もう少し具体的に決まったら協力をお願いしますよ」
それだけ言って部屋を出ていこうとする二人に、私は慌てて声をかける。
「あっ待って。今年もよろしくね、二人とも」
すると二人は揃って振り向いて、それぞれ「はい、よろしくお願いします」と返してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます