《番外》皆は何上戸?
ニコルがカルラの馬車に乗ることが決まった日、歓迎会をしようという私の提案で、夕食は宴会ということになった。
夕食までは聖都から離れるために馬車を走らせて、人里から極力離れた森の中に馬車を停めた。馬が水を飲めるように川のそばで。食事はパンとスープと焼いた肉という簡単なものだったけれど、カルラが馬車の奥からお酒を出してきた。今度ニコルに会ったら成人の祝いとして渡すつもりでいたらしい。
私はまだお酒を飲めないので、一人だけ水だ。つまらない。日本ではやっと二十歳になってお酒を覚え始めたところだったのに。
飲み始めてすぐに顔色が変わったのはヤマトだった。
「ははっ、あはははははは!!」
誰も冗談など言っていないのに、ヤマトは一人でケラケラと笑っている。普段のクールさ、どこ行った? 唖然としてしまうほどの笑い上戸だ。そういえば私が以前土人形で遊んでいた時に唯一笑ったのはヤマトだったなあと、ずいぶん前のことを思い出した。
「ヤマト、大丈夫……?」
おそるおそる声をかけてみたけれど、ヤマトは全く聞いていない。何度も自分の膝を叩いて笑い続けている。うん、だめだな。これは。楽しそうだから放っておこう。
「ヤマトはいつもこうなんで、気にしないでください」
ちらっとヤマトを見てそう言ったユラは、頬を赤くしながら眉を釣り上げていた。ユラはなんか、怒ってる? 怒り上戸なの? まあユラはカルラに対してよく怒っているのであまり意外ではないけれど、お酒を飲んだときくらい楽しくなってもいいんじゃないの?
「長も飲みましょうよ」
ユラにつられてカルラを見ると、カルラは注がれたお酒には手をつけずに肉をかじっていた。カルラの前には、お酒の入ったコップと水の入ったコップの二つが置かれている。
「全員飲んでしもたら、誰が今晩の見張りやるんよ」
「どうせヤマトが先に寝落ちて、飲み終わる頃に起きてきますよ」
「いや……せやけど、今日はちょっと……」
そういえば静かになったなと思ってヤマトを見ると、笑い疲れたのか横になって寝ていた。まだ歓迎会を始めて三十分くらいしか経っていないのに爆睡している。いくらなんでも早すぎない? でもユラとカルラの話しぶりからして、ヤマトが笑い転げて寝るのはいつものことなんだろう。うん、放っておこう。
ニコルが呆れたような顔でヤマトを見た。ニコルは黙々と飲んではいるけれど、顔色も変わっていないし全く酔っていないように見える。強いのかもしれない。
「じゃあ水でもどうぞ」
ユラがカルラの前に置かれていたコップの片方を彼女に渡した。ん? ちょっと待って、と声をかけようとしたけれど、カルラがそれを一気に飲む方が早かった。
「ぶっ――ごほっ! これ酒のほうやん!」
咳き込んだカルラがユラに文句を言っているけれど、今のは確認もせずに飲んだカルラもカルラだ。ユラは口を尖らせてつんとそっぽを向いた。やっぱり怒ってる。何に怒ってるんだろう、というのは心当たりがありすぎてわからない。
カルラの顔がみるみるうちに赤くなっていく――かと思うと、カルラの両目からぼろっと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっカルラ、大丈夫!?」
「もー、ユラのあほー。うちが酔うたらどうなるかわかってて飲ますなや……」
カルラが自分の手首で涙を雑に拭ったけれど、涙は止まらずに流れ続けている。勝手なイメージだけど、カルラは酒瓶を抱えてケラケラ笑う酒豪だと思っていた。それが一杯で赤くなるほど弱いとは思わなかったし、まさかの泣き上戸だった。人は見かけによらないとは言うけれど、ヤマトもカルラも意外なところをついてくる。
「長はいっつも我慢しすぎなんですから、飲めるときくらい泣かはったらええやないですか」
「余計なお世話や」
「あと私が見たかったんで」
「なんで!?」
私が水の入ったコップを手渡すと、カルラはその中身を一気に飲み干した。
「カルラ、意外と弱いんだね」
「いや、普段はもうちょっと飲めるんやけど……」
鼻をすすったカルラを見ながら、そういえば朝から微熱があったな、ということを思い出した。体調が悪いときや疲れているときはアルコールが回りやすいと聞いたことがある。身長が高くていつも堂々と立っているカルラが、こうして座ってぽろぽろと涙を流していると、普段よりちょっと幼く見える。
「カルラって意外と可愛いね」
そう呟くと、「そうでしょう!?」とユラが食い気味に身を乗り出してきて、私は後ろに下がってしまった。薄々思ってたけど、ユラってカルラのこと大好きだよな……。お父様について語るときのジュリアスと同じものをユラに感じる。
「長はレベルが高いんで、五天魔将最強とか言われて強いふりもしてはりますけど、内面はめっちゃよわよわの可愛い人なんですよ」
「そういうこと言うのやめてくれる!?」
涙が止まらない目をこすりながらカルラが抗議の声を上げたけれど、ユラが気にする様子はない。恋人がこんなにカルラ大好きで嫉妬しないんだろうかと考えながらヤマトを見たけれど、ヤマトは相変わらずぐーすか寝ていた。聞いてないならいいか。
ふとニコルがカルラを見ていることに気がついた。ニコルはあぐらの上で頬杖をつき、真顔でじっとカルラを見つめている。ガン見だ。
「な、なに……?」
戸惑った表情を浮かべたカルラが身を少し引くと、ニコルはふわっと穏やかな笑みを浮かべる。気のせいかもしれないけれど、ニコルの周りにキラキラした背景が見えた。
「泣き顔なんて珍しいからじっくり見ておこうかと思いまして。あと〝可愛い人〟というのは具体的にどういうことなのかな、と」
「やめて!?」
赤い顔のままカルラが後ずさった。ニコルは笑顔で「そういう反応のことですかね」と小首を傾げる。なんだこれは。酔ってるんだろうか? ちらっと酒瓶を見ると、お酒はもう四分の一しか残っていなかった。ヤマトは早々に寝たし、カルラは一杯しか飲んでいないし、ユラも二杯くらいのはずだ。つまり残りは全部ニコルが飲んだってことだ。ニコルの顔色は変わっていないけれど、たぶん酔ってる。
ニコルは腰を浮かせてカルラのそばまで寄ると、「せっかくなので、もっとよく見せてくださいよ」とカルラの頬にそっと触れる。ぶわっと完全に茹でダコみたいな顔色になったカルラは慌てた様子でユラの後ろに逃げた。なんだこれ可愛いな。
ニコルのこれは何上戸って言うんだろう。酔うと女性を口説き始めるなんてさすが攻略対象……なんだろうか? そんな酔い方ある??
「カルラってさ、まさか彼氏いたことないの?」
ユラの後ろに隠れたカルラを見ながら、私は首を傾げた。黙ってれば美人なのに、その年でその反応する?
「彼氏? そんなんいたことないけど?」
「なんで?」
「なんでって言われても……若い頃はレベル上げに必死やったし、レベル上がってからは里の子らの面倒をずっと見とったしなあ。おかんのお腹の中にいた頃から知ってる子ら相手に変な気は起こらんわ」
「そ、そう……」
でもカルラにその気がなくても、一人くらいカルラに告白してくる人がいてもおかしくないけどなあ。ユラに聞いてみたら「里の者が長に手を出すわけないでしょう。長は私たちにとっては第二の親みたいなものです。長に懸想をする不届き者がいたら、里の者総出でボコりますよ」と返ってきた。怖いよ。
ユラがカルラを背にかばいながらニコルを睨みつける。
「それ以上、長に近付かんといてもらえます? そもそも、長を口説きたければ長と戦って勝ってからにしてください!」
そういえばカルラに好みの男性を聞いたとき、「うちより強いやつ」と言っていたことを思い出した。その時はユラはいなかったけれど、ヤマトに聞いたか元から知っていたかなんだろう。
「は? 戦って勝ってから、って何なんそれ?」
「えっ」
「え?」
きょとんとしたカルラが不思議そうな声を上げたので、ユラも私も目を瞬いた。
「カルラって、自分より強い人が好きなんでしょ?」
「いや〝強い〟にもいろいろあるやん。うちは別に、拳で語り合える男がええとは言うとらんで。そういう強さでもええけどさ」
目を見開いたユラが、カルラを振り返る。
「そっ……そんなん言うたら、長はメンタルよわよわなんですから、半数以上の男が該当するやないですか! 何なら私でもええやないですか!!」
「あんたは何を言い出すん!? ヤマトが聞いたら泣くで!?」
ユラってほんと、カルラのこと大好きだな……。恋人がこんなこと言ってていいのか、と考えながらヤマトをちらっと見たけれど、ヤマトはやっぱりぐーすか寝ていた。心配しただけ無駄だった。っていうか、この状況で一人だけ寝ていられるというのは、実はすごく幸せなことなのかもしれない。
ユラがばっとニコルを見る。ニコルはいつの間にか真顔になっていたけれど、ユラの視線を受けてまたふわっと穏やかな笑顔を浮かべた。やっぱり周囲にキラキラが見えた気がした。
「ユラ、さっき言っていた〝可愛い人〟というのを具体的に教えて下さいよ」
「あなたにだけは、絶っっっ対に教えません!!」
キラキラした微笑を浮かべているニコルと、怒っているユラ、そしてまだ泣いているカルラに、一人爆睡しているヤマト。
みんなそれぞれで面白いなあと思いつつ、いいなあ私も日本酒か焼酎が飲みたいなあ、とこっそり思うのだった。
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