04-03 巫女の出迎え(2)


 案内された屋敷は、広く豪華な建物だった。


 三階建てのその建物は、広々として豪華な調度品がいくつも飾られている。広さなら魔王城の方が上だけれど、豪華さでは間違いなくこの屋敷の方が上だ。掃除も行き届いているらしく階段の手すりや隅にも埃一つ落ちていない。聞いてみたらこの建物はとある貴族の別荘で、王都から馬車で二時間ほどの外れに建っているらしい。もちろん庭も広く、様々な花が植えられており、庭園と呼ぶにふさわしいものだった。


 これだけ広い屋敷だし、おそらく使用人は複数配置されているんだろう。でも姿を見ることはなかった。


 泊まる部屋に荷物を置いた後、午後六時から夕食だと食堂を案内される。十人は座れそうな広い食堂に大きなテーブルが一つ。椅子は二つしか置かれていない。


「ねえ、フィオネたちは一緒に食べないの?」


「はい、わたくしたちは後ほど使用人と共に頂きます」


「ええー、もっとお話しようよ。好きな本の話、もっと聞きたいなあ」


 と、口を尖らせてみる。ジュリアスには無茶を言わないようにと窘められ、フィオネには聞いてまいりますねと困ったように笑われてしまった。


 私は自分でも社交的なタイプではないと認識している。学校ではクラスの端っこで、気の合う友人数人と本の話でもしていられればいい、と思っていた。


 けれど、今回私にできることは何だろうと考えたときに、思ったのだ。


 協定の条件なんてわからない以上、私はただのお飾りだ。ならば私にできることはせいぜい人間と仲良くなることだけだ。仲良くなって、魔族は狼藉をはたらく者ばかりではないと知ってもらい、少しでも魔族の好感度を上げるのだ。


 よって今回の旅行ではなけなしの社交性を総動員することにしていた。慣れないせいで少しやりすぎたかもしれないけれど、何でも言ってみなければ始まらない。


 ごねてみた甲斐あって、その日の夕食は五人でとることができた。


 馬車の中と同じように私とジュリアスが隣り合って座り、向かいにヘイス、フィオネとレオンが並んだ。三人とも着替えたらしく、出迎えてくれたときよりは軽装だ。ナターシアではまず食べられない新鮮なサラダやフルーツが食卓に並んでいて、よだれをこぼしそうになった。絶対に全部食べるのだと気合を入れて食事を始める。


「フィオネとレオンはよく似てるね。兄妹か何か?」


「あっはい。よくお分かりになりましたね。兄は数ヶ月前に騎士の試験に合格したばかりなのですが、実力は一人前の騎士として十分なのですよ。私と兄妹ということもあって、今回の護衛役を任せて頂いたのです」


「そうなんだ」


 食事を始めてから話しているのは私とフィオネだけで、男性陣は黙々と食事を進めている。いくらなけなしの社交性を総動員しているとはいえ、もともとの社交スキルが低い私には限界がある。そろそろ話題が尽きそうだ。


 ふと沈黙が落ち、どうしようかと思っていたら、フィオネがふわりと穏やかな笑みを浮かべて言った。


「こんなことを申し上げては失礼かもしれませんが、正直、少し驚いています。想像していた魔族とはイメージが全く違っていて……」


「ははは、だよねー」


 それには苦笑を返すことしかできない。フィオデルフィアに来るのはリドーたちのような乱暴な魔族ばかりだから、魔族のイメージが凶悪になってしまうのは仕方がない。


「まともな魔族はさ、フィオデルフィアに来て暴れたりしないのよ。ナターシアには人間とそう変わらない魔族だってたくさん住んでるし、一部の極端な例だけ見て、魔族は全て悪だとは思わないでくれると嬉しいな」


「……はい、そうですね」


 フィオネは少しためらいがちに頷く。人間が皆、フィオネのように理解を示してくれる人ばかりであればいいのに。ニコルとは大違いだ。


「そうよ。お父様だってとっても素晴らしい方なんだから」


「父上様……今の魔王ということでしょうか?」


「もちろん――」


「そうですよ」


 想定していなかった声が横から割り込んできて、私は隣を向いた。ここまで私とフィオネの会話にまるで興味がなさそうな顔をしていたはずのジュリアスが、眼鏡を光らせながら私を見ている。


 あっこれはアレだ、オタクに推しの話を不用意に振るな、っていうやつだ。でもジュリアスを会話に巻き込むチャンス! 何より私が語りたい。


「過去の魔王はどうだか知らないけど、お父様はね、とってもとっても優しい方なのよ」


「はい。グリード様が即位された際、これまでナターシア内でも日常的に行われていた略奪行為や暴力行為を全て禁じられました」


「それでね、ボロボロだった町の家屋を修繕したり、用水路の整備をしたりするのに、魔王城にあった金銀財宝は全部売り払ったんだって」


「魔獣による被害を抑えるため、定期的に配下の者に魔獣討伐を命じてもおられます。おかげで魔族の死亡率はぐっと下がり、治安も落ち着きました」


「それからそれから、――」


 お父様について交互に語り続ける私たちの言葉を、しばらく唖然とした表情で聞いていたフィオネが、不意にふふっと笑みを広げる。


「ディアドラ様も、ジュリアス様も、魔王様のことをとても尊敬していらっしゃるのですね」


 それを聞いたジュリアスが、「ええ、そうですね」と表情を崩した。それは今まで見たこともないほど穏やかな笑顔で、冬を越えた枝に新芽が芽吹くような、やわらかな笑みだった。


 正面でそれを見ていたフィオネが、ぽうっと呆けたようになる。


(……ん?)


 私はフィオネとジュリアスを見比べた。

 何だ? 何か今、フラグが立ったぞ?


 フィオネの隣では、レオンがナイフとフォークを強く握りながら、鬼のような形相をジュリアスに向けているけれど、フィオネは気付いていないらしい。ジュリアスも全く気にしていないようだ。


(えーと、これは……)


 ゲームでジュリアスがルシアと出会ったのは、ディアドラ、つまり私が彼女を殺してこいと命じたからだった。それに彼がルシアの仲間になるのも、ディアドラを倒すためだった。お父様が存命であり私にもルシアを殺す気がない現状、もしかしたらジュリアスは、ルシアの仲間になるどころか出会うことすらないかもしれない。


 それならば――よいのでは?


 本来出会うはずもなかったであろうこの二人を、私は推してもよいのでは?


 よし、推そう。全力で推そう。気が済むまで見つめ合っていてくれ。いやあ、サラダが美味しいなあ。


 フィオネがはっと我に返ったのは、私が予想したよりは早くのことだった。


「そ、そういえば、図書館の件ですが、申し訳ありません。ご利用いただくのは難しいとのことです。その代わり、読みたい本がおありでしたら、この屋敷にお持ちすることはできます」


「そうですか。では申し訳ありませんが、食後にリストをお渡ししますので、可能な範囲で見せて頂けると嬉しいです」


「はいっ」


 まだ頬をほんのりピンクに染めながら、今度はフィオネは私を見る。


「書店についても同様とのことです。欲しい本がお決まりでしたらお申し付けください。それと、もしよろしかったら私のお気に入りの本をいくつか屋敷にお持ちしようと思うのですが、いかがでしょうか?」


「本当っ!? 嬉しい、ありがとう!」


 思わず立ち上がりかけて、勢いよくついてしまった手が皿に当たってカチャンと音を立てた。


 フィオネが好きだと言った騎士の活躍する物語は、馬車の中で聞いた限り私も好みのストーリーばかりだった。読みたい。ぜひ読みたい。魔族の私たち相手に普通に会話をしてくれて、可能な限りの便宜も図ってくれるフィオネは、なんていい子なんだろう。


「明日会うっていう女王様ってどんな方なの?」


 私が首を傾げると、「ディアドラ様、女王陛下とお呼びください」とすかさずジュリアスから指摘が入った。フィオネはやはり笑顔で答えてくれる。


「陛下は、少し厳しい面もありますが、我々国民のことを第一に考えてくださる素晴らしい方ですよ。とても凛々しい立ち振る舞いで、つい見惚れてしまいそうになることがあります」


 女王様――じゃなかった、女王陛下を語るフィオネはどこか誇らしげだった。フィオネも私たちと同じように、自国の王をとても尊敬しているんだろう。


「あっそうだ。あのね、私、この国流のお辞儀に自信がないんだけど、あとで少し教えてもらえないかな?」


「ええ、もちろんです。でしたら、食後に少し明日の流れも合わせて練習しましょうか」


 ジュリアスが私をちらりと見てから、ヘンスに視線を向ける。


「でしたら私も教えていただきたいのですが……ヘンス殿かレオン殿にお願いできますでしょうか?」


 ヘンスは少し考えてから、「教えて差し上げてください」とレオンに振った。レオンが頷いて、まだ難しい顔を引きずりつつもジュリアスに向かって言う。


「承知しました」


「よろしくお願いします」


 ようやくまともに会話を交わした二人を私は見比べる。この二人は仲良くなれるんだろうか? と淡い期待を抱きながら。


 ゲームでは、魔族に妹を殺されて国も滅ぼされたので、レオンのジュリアスに対する態度はニコル同様刺々しかった。ジュリアスが仲間になるイベントでレオンは「この間まで敵だった男に、いきなり背中を預けられるはずがない」と珍しく喋っていた。でも今は不戦協定を結ぼうとしているくらいだし、案外いいコンビになれるのでは、と期待したくなる。


 楽しみが増えたなあと思いながら、私はフルーツに手を伸ばした。



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