04-02 平和な日常(4)
その日の夕食時に食堂に行くと、珍しくジュリアスがお父様の隣に立っていた。何だろう?
自席の椅子を引いて腰を下ろし、ひとまずナイフとフォークには手を触れずに待つ。座っていたお父様がジュリアスを見上げると、ジュリアスは一つ頷いてから口を開いた。
「ディアドラ様にご相談があって伺いました。実は、少し前に人間の国に書簡を送っていたのです。カリュディヒトスやリドーを倒すまでの間でもよいから、不戦協定を結べないかと」
「あ、カルラが言ってた手紙がそれ?」
「はい。キルナス王国からのみ、条件について話し合いたいと返事が来たのですが……魔王の娘、つまりディアドラ様に来ていただきたいと書かれておりまして」
「え、なんで!?」
「わかりません。単に交渉への本気度を示せということなのか、人質として差し出せということなのか、書簡からだけでは何とも」
お父様が机の上で手を組み、ふうと一つ息を吐く。
「不戦協定は結びたい。が、相手の意図も読めんし、どうしたものかと思ってな」
「行く! 行きたい!」
テーブルに両手をついて立ち上がり、身を乗り出す。危険があるかもしれんぞとお父様は言ったけれど、それでも行きたかった。
レオンのことも、ゲームの通りならそろそろ滅ぶ国だということも気にかかるし、何より争わずに不戦協定を結べるというなら行きたかった。カルラから聞いたお父様の夢に、協力できることがあるならしたい。
「わかった。お前たちに任せよう」
お父様はそう言って頷いた。
「あっ、でも、協定の条件とか言われてもよくわかんないし、王様への挨拶ってどうすればいいのかな?」
不安になって身を引くと、お父様がふむと言ってあごに手を添える。
「条件についてはジュリアスに任せればよい。挨拶は……まあ、練習だな」
「れ、練習……?」
おっとこれは雲行きが怪しいぞ。顔をひきつらせた私に、お父様が再び頷いた。
その練習は翌日から始まった。朝食を食べて部屋に戻ると、サーシャとシフォンが待っていたのだ。
「ディアドラ様、出立の日まで精一杯サポートさせて頂きますっ」
「ディアドラちゃん、頑張りましょうねえ」
「う、うん……」
サーシャの手には本が一冊抱えられていて、その表紙にはお辞儀をする女性のイラストが描かれていた。どう見ても礼儀作法の本だ。本を見ながら練習するの? 不安を感じて二人に聞いてみる。
「二人とも、人間の礼をやったことは……?」
「ないですね」
「ないわねえ」
だよね!
もちろん人間の教師など呼べるはずもないので本に頼るしかないのは当然だけど、初心者が三人集まったところで正しい礼儀作法が身につくとも思えない。シフォンがこちらの不安を察したように、頬に手を添えながらにこりと笑った。
「でもまあ、優雅であれば良いのでしょう? それならお手伝いできると思うの」
「うーん、そうかな……」
「まずはお辞儀からやりましょう。えーと、片足を後ろに引いて、足をクロスして曲げるそうです。背筋は伸ばしたままで」
サーシャに言われたとおりやってみる。慣れない体勢を維持するのは結構きつい。シフォンが何か違う気がするわねえと顔を曇らせた。
そういえばドレスも必要ですかねとサーシャが言う。それはコルセットとかいう、物語のお姫様たちがよく苦しいと言っている下着を身につけるのだろうか、と私は眉を寄せるのだった。
◇
ディアドラとジュリアスが人間の国に向かってしまい、遊び相手がまたいなくなってしまったザムドは、つまらなさそうに家でゴロゴロしていることが増えた。
リーナとレナもカルラに置いていかれたとしばらく不貞腐れていた。けれど彼女達が不在の間に売られ始めた飴というものを買い与えたら気に入ったようで、今日も買いに出かけている。ついでに店内の本でも見てくればいいと、ザークシードは二人に小遣いも持たせてやった。
「……俺も行きたかった」
何度目になるかわからない息子の呟きを聞きながら、ザークシードは息をついた。ぽんぽんとその頭をなでると、ザムドは不貞腐れた顔を向けてくる。
「なあ、なんで連れてってもらえないの? 俺が子供だから? 俺が弱いから?」
「ザムド……」
息子の言葉にそうだと答えることは簡単だ。彼はまだ十一歳だし、危険があるかもしれないフィオデルフィアに送り出すにはまだ弱い。
リーナとレナだって、二人揃えば並の魔族くらいは軽く倒すことができる程度には強くなったし、カルラと一緒だからこそ送り出した。けれど一人ずつであれば、絶対に行かせはしなかった。
ザークシードは息子の小さな頭を上から押すように力を込めてぐりぐりとなでる。
「……強くなれ、ザムド。魔族は実力主義だ。お前がまだ若くとも、私にも勝って、ディアドラ様を一人で守れるほどになれば、誰にも文句は言えんだろうて」
「……うん」
ザムドが口を尖らせながらも頷いたので、ザークシードはその手を彼から離した。
親の贔屓目もあるかもしれないが、才は感じる。ゆっくりとでもこのまま腕を上げていけば、自分など超えてしまうかもしれないとザークシードは思っている。
「ちょうど部下を魔獣退治に向かわせるところだが、お前も行くか? 私は行けないが、連れて行ってくれるようカリュシオンに頼んでやろう」
「うん! 行く!」
ぱっと顔を輝かせたザムドに、ザークシードもつられて笑いながら、その背を叩いてやった。
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