03-07 旅の終着(1)


 私とヤマトは町から少しだけ離れた森の中に馬車を止めて待っていた。ニコルとカルラの二人が戻ってくると思っていたのに、馬車に乗り込んできたのはカルラだけだった。


「ニコルは?」


「残るって」


 ニコルの荷物は元々馬車のあった場所に置いておけばいいらしい。挨拶くらいさせてくれてもいいのにと口を尖らせてみたけれど、亡くなってしまった人を弔ったりとか、捕まえた魔族を連行したりとか、司祭の彼にはいろいろやることがあるんだろう。


「まあ、また会うこともあるやろ」


 カルラにぽんと頭を叩かれ、私は彼女を見上げる。


「また連れてきてくれるってこと?」


「ええで。荒事ありでよければ」


「うっ……」


 フィオデルフィアに、というよりフィオデルフィアの書店にはまた行きたい。けれど今回のような荒事には正直巻き込まれたくない。


 硬直してしまった私を見て、カルラが苦笑を広げた。


「怖かったか?」


「うん」


「はは、すまんすまん」


 黙って連れてくるなんてひどいじゃないかと思ったけれど、頭をなでてくれたカルラの手が思いのほか優しかったから、私は口を尖らせるだけにした。


「大丈夫やって。いざとなったらお嬢一人くらい、うちが死んでも守ったるわ。あいつらの子供をうちが死なすわけにはいかんからな」


 カルラはケラケラと笑う。でもカルラが言うと本当に命を懸けそうに聞こえるから、縁起でもない冗談はやめてほしい。氷の槍が飛んできたときだって、彼女は自分が重症を負っているにも関わらず私を後ろに押しやった。


 カルラが手を離したので、私は彼女を見上げた。


「カルラは怖くないの?」


 離れて魔法を打つだけだった私と違って、カルラは何の武器も持たず、その身一つでリドーに向かっていった。剣も避けるばかりではなく弾いて間合いをさらに詰めようとしているのも見えた。あんな真似、私には絶対にできない。


「うちはるか死ぬかみたいな環境で育っとるし、慣れもあるなー」


 カルラは困ったように頭の後ろをかいてから、また私の頭をぽんぽんと叩く。


「うちかて全くこわない言うたら嘘になるやろけど……あいつらみたいなんは早よ止めんと被害が広がるから、うちらみたいにレベル高い奴がやらなあかんよ」


 もし私がリドー以外の魔族を早々に倒して、カルラに合流できていたなら、カルラがあんな怪我を負うこともなかったんだろうか? 今日逃してしまった魔族達は、またどこかの町や村を襲うんだろうか? また誰かを傷つけるんだろうか?


「……ごめんなさい。私、全然倒せなくて」


 視線を落とすと、カルラはまた私の頭をなでてくれた。


「ま、正直期待はしとったけどな。それはうちが勝手に期待しとっただけや。応えられへんかったとして、お嬢は悪くないやろ」


「それはそうだけど、でも――」


「もっとやれたかもって思うなら、次は倒したらええ! 以上!」


 背中を強く叩かれ、私は前につんのめる。転びかけたのでカルラを軽く睨んだけれど、彼女はもう私を見てはいなかった。こういう時の面倒は見てくれないのか。


 カルラを追いかけて馬車に向かう。先に御者席に座ったカルラが私の手を引いて持ち上げてくれた。


「リドーを追うの?」


「いんや。いったんナターシアに帰る」


 今回の寄り道はお父様には〝悪天候による足止め〟ということになっているらしい。時間切れやとカルラは肩をすくめた。


「ま、魔族に回復魔法が得意な奴はそうおらへんし、リドーもお嬢を送ってく間くらいは大人しゅうなるやろ」


「でも、他の魔族は?」


「その辺の魔族だけなら、人間でもどーにかできる奴はおるんちゃう? トロノチアの騎士団は強いっちゅー噂やで?」


「うーん」


 確かにゲームの正史でも、ディアドラが魔王になってからゲームが始まるまでの五年くらいは、人間は多大な犠牲を払いつつも持ちこたえていた。でもそれはギリギリ生き残っていただけであって、無傷ではないのだ。滅んだ国だってあったし、トロノチア王国の騎士団だって壊滅寸前にまで追い詰められていた。


 私はこのまま帰っていいんだろうか? ディアドラの力があれば、私が恐怖心さえ克服できれば、もっと助けられる人がいるかもしれないのに?


 どこを見ても真っ赤だった町の様子や、戦った敵の表情、カルラの怪我を思い出し、膝を抱える。あんなのはもう嫌だ。


 お父様を殺して魔王になる、それだけは回避した。けれどまだ、本来ディアドラがやるはずだったことをカリュディヒトスやリドーが行っている気がする。このまま放置していたら、結局ゲームのように聖女や攻略対象達がナターシアに攻め込んでくる可能性だって、ゼロとは言い切れないんじゃない? 私を友達だと言ってくれたルシアが敵に回るとは思えないけれど、この先の状況次第で変わることもあるかもしれない。


 ――もっとやれたかもって思うなら、次は倒したらええ。


 カルラはそう言った。

 でも私にできるんだろうか。


 考えても答えは出ないまま、馬車はナターシアに繋がる地下通路の近くに着いた。買ってきた本を土人形に運ばせ、カルラと魔王城へと帰る。地下通路に入る前にカルラが連絡していたからか、お父様とジュリアスが出迎えてくれた。


「お帰り、ディア。無事で良かった」


「ただいま、お父様!」


 久しぶりにお父様の顔を見たらほっとしてしまって、お父様に飛びついた。お父様は穏やかに微笑んでから私の頭をそっとなでてくれる。


 けれどその顔がなんだか疲れて見えて、私は首を傾げる。私がカルラと出かけている間、ジュリアスと山積みの仕事を片付けていて連絡する暇もなかった、とお父様はため息をついた。普段から仕事ばかりしているお父様が疲れたと言うくらいなのだから相当だったのだろう。


 ジュリアスが表情も変えずに「まだ残っておりますよ」と告げると、お父様はまた長いため息を吐きだした。


「わかっている。わかってはいるが……少し休ませてくれ。ジュリアスも一度休みなさい」


 ジュリアスは眼鏡をかけ直してから「承知しました。本日はおくつろぎください」と頭を下げる。


「さてディア、道中の話を聞かせてくれるか?」


「うん! カルラ、またね」


「おー、またなー」


 戦闘があったことはお父様には内緒だとカルラに言われているけれど、アルカディア王国の首都を見学したこと、巨大な書店が凄かったこと、ニコルに会って他の司祭に見つからないよう助けてもらったこと、くらいは話してもいいだろう。


 応接室に行こうとお父様が手を差し出してくれたので、その手をそっと握った。


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