03-06 町を襲う魔族達(2)
子供の悲鳴が聞こえた家屋に私は駆け寄り、
「あのっ、大丈夫――」
開けっ放しの扉から屋内に入ろうとした瞬間、ぱっと鮮血が舞ったのが見えた。人形みたいに力なく倒れた女性の背中から赤い血が流れ続けていて、その隣では小さな子供がへたり込んでいる。女性と子供を一人の魔族が見下ろしていた。
「何――してんのよッ!」
かあっと頭に血が上った私はその魔族に火球を叩きつけた。魔族は壁を壊しながら外へ吹っ飛んでいく。魔族がどうなったか確認もせずに女性と子供に駆け寄ると、女性の傷口に手を当てた。大きな獣にでも引き裂かれたような、三本の大きな傷が並んでいる。
――こ、こんなの、私に治せる……?
回復魔法をかけながら、お父様が倒れていた時のことを思い出した。私の力では全然足りなくて、回復魔法をかけてもかけても効果がほとんどなかった時のことを。幸い女性の傷口は少しずつ塞がっていくけれど、その速度は遅い。子供がお母さんと女性を何度も呼ぶけれど、女性の反応はなかった。
――どうして、私はディアドラなんだろう。
魔王ディアドラじゃなくて、癒やしの力の強い聖女ルシアやニコルだったら、こんな傷もすぐに治せたかもしれない。ニコルは今頃こちらに向かっているかな? 来てもらわないと困る。他にも怪我人はいるだろうし、私一人ではとても追いつかない。私は土魔法なんかじゃなくて、回復魔法の練習をすべきだったんだ。
外ではいくつもの破壊音と悲鳴がまだ聞こえている。女性の傷があらかた塞がったのを確認すると急いで立ち上がった。
「大丈夫、すぐに司祭さまが助けに来てくれるからね! 何かあったら叫んで呼んで!」
と子供に言い置いて外へ出る。変化の魔法を解いて羽を出すと、空に飛び上がって集落の様子を見渡した。カルラとリドーが戦っているのが見える。それ以外にも複数の魔族が集落に散っていた。そして何人もの人間や動物が地面に倒れているのも、あちこちに赤い血が散っているのも見える。燃えている家屋だってある。どこもかしこも真っ赤だ。
その光景が怖くて泣きそうになった。
どうしてなんだろう?
ゲームに出てきたディアドラは、フィオデルフィアの各地で人間を殺しまくったという彼女は、どうしてこんな光景を見て笑っていられたんだろう?
二人の魔族がこちらに向かってきたので、慌てて火球を放つ。それは一人にはかわされてしまったけれど、もう一人の体を直撃した。
「ぐああああ――ッ!!」
炎に身を包まれた魔族の叫び声を聞いて、私はビクッと体を強張らせた。その魔族は空中でのたうち回るように体を激しく動かしながら、なおも叫び声を上げている。
その魔族の目が私を捉えた瞬間、後ずさるように下がってしまった。よくもやったな、許さない、死ね、と魔族の目が言っている気がする。激しい怒りと、
「あ……その……私……」
首を何度も横に振る。
今まで無意識のうちに考えないようにしてきたことが頭をよぎった。私の火球が当たったら、どれだけ熱いんだろう? どれだけ痛いんだろう?
魔王城でザークシードに戦いを挑まれたとき、私の炎を浴びたザークシードは、まるで痛みを感じていないかのような表情をしていたけれど、本当に痛くなかったんだろうか?
そんなわけない。
そんなわけなかったはずだ。
もしかしたらステータスの強さによって感じ方の差はあるのかもしれないけれど、炎に身を包まれれば熱いのは、痛いのは、誰だって同じはずだ。
ルシアの町を襲おうとしていた魔族たちを撃ち落とした時は距離が離れていたから、私の火球が当たった魔族たちの叫び声を聞くことも表情を見ることもなかった。けれどもしかしたら、ううんきっと、あの時私が撃ち落とした魔族たちは、皆同じように痛みを感じていたんじゃないの?
あの時の行動が間違っていたとは思わない。けれどだからといって、今感じてしまった、他人を傷つけることに対する恐怖は、なかったことにはできなかった。
――怖い。
収入を得るために獣を狩るのとは違う。
遠くの影に攻撃を当てるのとも違う。
表情の見える距離で誰かを傷つけるなんて、怖くて仕方がない。
――助けて、お父様!
泣きそうになりながら、魔族二人が放ってきた魔法を避け、下へと逃げる。建物の屋根に沿って飛んでいたら、私と魔族たちの間に誰かが割り込んだ。
「ディアドラ様、お怪我はありませんか?」
「ヤマト!」
急停止して振り返る。
ヤマトが魔族一人の剣を受け止めてくれたので、氷のつぶてを複数作り出してもう一人の持っていた剣にぶつけた。
「前衛は私が務めます。下がって魔法で狙ってください」
「う、うん」
た、頼もしい!
ありがたくヤマトの後ろに隠れさせてもらおう。
「余裕があれば、長の方にいる魔族も狙ってください」
言われてカルラたちのほうを見ると、リドーの他にもう一人の魔族がカルラを攻撃しているのが見えた。
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