第6話
突然現れた女性に連れられ、エンリ達はアトリエ、屋敷、と呼ぶにはいささか大きすぎる建物に到着した。
「どうぞ、こちらです」
森の中に突然現れたような無機質な塀に、馬車が三台は並んで入れそうな鉄格子状の扉がある。そのひときわ大きな扉の横の、こちらは普通の大きさの通用口のような扉を開き、エンリ達を招き入れる。
扉をくぐると、庭があると思いきや意外にも建物は近くにあり、数歩も歩くとまた扉があった。どうやらこちらが建物の入り口のようだ。とはいえ、外部の人を招くのに用いられる表のエントランスとは少し趣が違っており、どちらかというと関係者用という雰囲気がする。
「すみません。本日は校舎側はお休みなので、こちらから入っていただく形になります」
「校舎? ここは何かされている建物なんですか?」
意外にもクリエラが女性の会話に食いついた。
「もしかして、何か学問を教えておられるとか、でしょうか?」
「ああ、ご存知でしたか。王魔戦争の少し後くらいから、コリット姉さまを理事長とした学校ができたんです。ただ、生徒は普通の人ではないんです。魔女かそれに近い素質を持った方、あるいは錬金術にかなり卓越した技能を持った方しか募集していません。魔法学もしくは錬金学をより研鑽するための学校なんです」
女性は廊下を進みながらクリエラの質問に答える。
「おうま戦争……?」
「あ、オルトゥーラの王が世界中の魔女を使って他国に服従を迫った戦争の事です。今からおよそ五十年以上前に起こった戦争ですね」
ほどなくしてある部屋に通される。外から来た客をもてなすための広い部屋で、中央に大きな机が二つと、それぞれに八脚の椅子がつけられている。
「お、来た来た! 遅かったのう」
そのうちの一つに、少女が座っていた。見た目はかなり幼く、恐らく成人前のログレスの半分くらいしかないだろう。
「もしかして、彼女も魔女なのか?」
ログレスは、座っている少女を指して女性に聞いた。
「ええ、申し遅れましたが、私も魔女でピアルテと申します。で、こちらは……」
「さあ、こっちじゃ!」
座っていた少女は椅子を飛び降り、エンリの手を取って奥の部屋へと引っ張っていった。
「あ、ちょっと…… すみません、とりあえずお掛けになっておくつろぎください。お茶でも淹れてまいりますので」
そう言ってピアルテはエンリ達とは別の方へ向かった。
「お茶でしたら、私もお手伝いいたします」
その背中を、さらにパルティナが追いかけていった。
「……ここが、あの噂の錬魔学校なんですね。実際に存在していて、しかも校舎に入ることができるなんて思っても見なかったんですけど」
どうやら、クリエラはいまだに興奮が冷めやらぬようで、座っているのにそわそわしているのがわかる。
「そんなにすごい学校なのか? ここは」
「ええ。私も奉公がなければこの学校へ入学して、錬金術や魔法哲学の勉強をしたいと思っていたんですけど」
クリエラはくるくると指を回しながら答える。
「魔法哲学? 魔女の魔法の事か?」
「……本当にログレスは勉強がお嫌いなのですね。魔法哲学というのは、この世界における技術『魔法』『錬金術』『精霊魔法』についての学問です。『世界律』と言い換えることもできますけど」
クリエラは実際の授業さならがに説明を始める。ただ、早速チャイクロが大きなあくびをしているが。
「魔法はご存じのとおり、魔女をはじめとした魔法使いが扱う技術。生命が生まれながら持っている
「知ってるぞ。魔女だとその魔霊素がとんでもなくたくさん持ってるから強い魔法が使えるのであろう?」
「では、何故魔霊素が必要なんですか?」
「……何故、って、それは…… なんでだ?」
「そういうのを学ぶのが、世界律なんですけど」
「あ、ずるいぞ! 逃げたな!」
「しってるよ。かいいき、にカンショウするんだよね」
唐突にチャイクロが話に入ってきた。しかし、相変わらず眠そうにはしているが。
「……チャイクロさん? ご存じなんですか? ……意外、なんですけど」
クリエラが狼狽している。どうやら、内容は正解のようだ。
「しってる。えくとーるじたいが、ほかのかいいきにかんしょうできる、ぼくたちのもつゆいいつのちからなんだよ」
「……その通りです」クリエラは茫然としている。
「かいいき、とは何なのだ? 急に話が難しくなったぞ……」
「『
「ということは、魔霊素を用いれば、その界域というものによって隔たれた世界をまたいで、効果を発揮する現象を引き起こすことができる、と」
「そうだよ。リーリはとってもじょうずなんだ」
(チャイクロさんはもしかしたら、とても賢いのでは? 意外、というのは失礼かもしれないですけど)
「遅くなりました、お待ちの間によろしければ」
ちょうどいいタイミングでピアルテが紅茶を持って部屋に戻ってきた。
「私はエンリ様へお茶をお持ちします」
そう言って、パルティナは二人分の紅茶をトレイに載せて、再び部屋から退出した。
* * *
エンリを引っ張った少女は、最初に通された部屋からドア三つ分ほど離れた部屋へと案内した。扉には『図書室』と書かれている。
「どうぞ!」少女は扉を開き、先に中に入ってエンリに入室を促す。
「あ、ええ。ありがとうございます」
エンリは、図書室に入った。
そこは、外側の様式からは想像ができないほど、膨大な広さの部屋だった。天井に続く本棚は軽く二十段を超える高さを持ち、その棚一つで百冊をゆうに超える数を仕舞える幅を持っている。そんな巨大な本棚が、反対側の壁まで五十は超える量がずらっと並んでいる。
しかも、吹き抜けになっているのか壁側に階段が設置され、ぐるりと中二階が存在しており、そこからさらに本棚が飛び出している。
「遅かったじゃないか」
エンリは蔵書量に目が行っていたのを、突然の声で我に返った。そちらを向くと、やはり大量の本によって生まれた小さな山が少しずつ崩され、中から先ほどの少女と変わらぬ風貌の少女が現れた。
「……御無沙汰でございます。コリット姉さま」
エンリは両手首を重ねて交差したまま、手のひらを開いて自分に向けた姿で少女にお辞儀をする。魔女が目上の者に挨拶をするときのならわしだ。
また、魔女が目上の魔女を呼ぶ際は、敬称として名前に『姉さま』をつける。古くからの習慣なのだ。
「くふくふ。そんな挨拶を未だにしてくれるのは、お前や儂と同期の魔女くらいさ」
「コリット姉さまと同期の魔女なんて、いったい何人ご存命なんですか?」
コリット・ポー。世界三大魔女と呼ばれる、王魔戦争の終戦に尽力した魔女の一人。なかでもコリットは『千里眼の魔女』と呼ばれ、周囲の魔女の五感を共有する魔法を用いて、情報収集や魔霊素の共有を得意とする。
「まあ、王魔戦争でお前やシェンクがたくさん殺してくれたおかげで、今や二人いるかいないかになってしまったがね」
「私は、むしろ終戦に尽力しました。ようやく『余計な贖罪』も終わって、今に至るわけですし」
エンリは左手をかざす。今は
「ああ。もうそんな時期かい。お疲れさまだね。もともと外部の人間だった儂やドーミネンには全く意味がないものだったけど、いざ無くなると、余計なことも思い出すもんさ。……まあ、座んな」
コリットは空いている座席を指さし、着席を促す。そして、いまだ持っていた本を閉じて、エンリを正面から見据えた。
「例の、依頼品。持ってきてくれたんだろう?」
エンリは何も言わず、腰の鞄からいくつかの欠片を取り出し、コリットの目の前に並べ始める。どれも金属のようではあるが、赤だったり緑だったり、大きさもまちまちで関連性がない。
「くふくふ。やっぱりお前は天才だよ。絶対才能がある。魔女なんかやめて錬金術師になればいいのに」
コリットは並べられた金属片を、おもちゃを与えられた子供のように、手にとっては光にかざしたり重さを見たりしてそれらの出来を確認している。
「ああ、理論だけは完璧なのに、いざ自分が制作するとなると失敗する。見なよ、このパルトナードなんて、百年は遊んで暮らせるほどの量じゃないか」
いくつかある金属片の、ひときわ大きい赤銅色の塊をひょいとつまんでぼやく。
「そりゃあ、錬金術師の最終目標のひとつ〝賢者の石〟とも呼ばれた金属ですし。あ、でも頂いたレシピの一部が略されてて、最初何度か失敗したんですよ」
エンリは再度鞄に手を入れて、自身が作った方の新しいパルトナードの錬成レシピをコリットに渡した。
コリットは、魔女としての才能はさることながら、錬金術にもその才能をいかんなく発揮した。しかし、肝心の制作・実験に関してはてんでダメで、よく材料調合の段階で失敗することが多い。完全に『机上の空論』だけであらゆる錬金術理論を完成させてしまうのだ。
「パルトナードは魔霊素の保管ができる唯一の金属だったので、教えていただけて感謝です。私の旅行の目的も、これがあったからこそ、ですから」
そう言いながら、エンリはペンダントを外し、机に置く。ペンダントトップは特殊な形状に加工されたパルトナードが付いており、その中には先日ルピルナから受け取った彼女の魔霊素が入っている。一見するとガラス管のような見た目だが、ちょっとやそっとの衝撃では破壊はおろか傷をつけることすら困難である。
「くふくふ。見ていたさ。魔女の守り子が
コリットは面白そうに笑う。エンリもつられて笑うも、一呼吸置いてすぐにまじめな顔に戻り、コリットに向き直った。
「そう、お姉さまにお願いがあるんです。他の魔女の居場所を、お姉さまの千里眼で教えていただけませんか?」
まっすぐ、澄んだ瞳がコリットを貫くように見つめる。
「……くふっ。戻った、かね。まあ、あれから五十年以上経つんだ。死んだ奴もいれば引っ越した奴もいる。それに、会えたって魔霊素を分けてくれるかは分からぬぞ?」
「その時は、お姉さまに足りない分をなんとかしてもらいます」
「阿呆。アレにどれだけの魔霊素を使うか、分かって言っておるのか? 儂が不足分を出すとして、お前に何が出せる?」
ここで、前ぶれなく廊下への扉が開き、パルティナが紅茶を持って入室してきた。
「エンリ様、コリット様。ポカート茶をお持ちしました。工房にいたときと勝手が違いましたので、十分な蒸らしができませんでしたが……」
慣れた手つきでお茶を置いていく。それを見たエンリはパルティナを指さして、
「報酬は、この子でどうでしょう?」
と提案した。
「……ただの
「料理ができます。紅茶も風味ごとに違う淹れ方も学習してますよ」
「儂はあまりお茶を飲まぬのだが」
「今もお聞きになったと思いますけど、喋れるんです」
「大して珍しくもない。さほど使う機能でもない」
「パルトナードを併用してますから、ちょっとした形状変形もできますよ」
「いくら変形ができるとはいえ……」わずかな間、コリットの思考が止まる。「エンリ、お前今何と言った?」
パルトナードは、超高等錬金術の錬成式で作られる。材料の希少性もさることながら、完成するまでにかなりの時間を必要とする。先ほど机に出した小さな塊でさえ、およそ五年はかかるであろう。
コリットはパルティナをもう一度よく見る。体表に纏っている服装を除くと、体のほとんどは透き通るような銀色からは、他方から放たれる光を受けて赤色の光沢を見せる。この屈折のクセは間違いなくパルトナードのものだ。
しかし、ここで一つおかしな点があることを、コリットは思い出す。
もともと、
「パルティナのメイン素材はパルトナードです。お姉さまが思っている通り、核をそれと違うものを組み合わせることで、半永久的に魔霊素を取り込み続け、創造者の命令を実行し続けることが可能です」
そこまで聞いたコリットは、再び黙ってパルティナを眺め始めた。なにやらぶつぶつとつぶやいているようだが、少しして、「なるほど」と何かを納得したようだ。
「つまり、主人の命令から発する魔霊素吸収以外に、このコは自身の判断や機能によって、別の方法で魔霊素を蓄えることができる、と」
通常のゴーレムは、創造者および主人の命令を達成することで動力のもととなる魔霊素を手に入れることができる(そして命令者がいないと朽ちてしまう)。パルティナは、それに加えて自身が食事などで生命から直接魔霊素を摂取することができる。それは、体の全てがパルトナードだと絶対に不可能な行動である。よほどの改良がされていることは想像に難くない。
「面白い。ますます興味が尽きぬ。いいだろう、そのコをここに置くかどうかは置いといて、他の魔女の状況はある程度教えてやろう」
「ありがとうお姉さま。助かります」
コリットの返事に、思わす声が上ずる。
「ただし、一気に探し出すのは無理さ。時間がかかる。少しはここに滞在していきな。部屋はいくつか空いてるはずだし、そんな急ぐ旅行でもなかろうに」
「いえ。それだけでも十分な答えです」
ホッとしたのか、エンリはパルティナが淹れてきたお茶を冷ましながら飲む。
「んー、やっぱりパルティナの淹れたお茶は、どこで飲んでも最高ね」
「あの、結局私はエンリ様のお供を続けてもよかったのでしょうか?」
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