大罪魔王の再教育
真先
大罪魔王の再教育
第1話 プロローグ:まあ、伝説なんてこんなもんだよな
かつて、魔王と呼ばれた男がいた。
名を、メガデスという。
天才的な魔導士であり、彼の確立した魔導理論は近代魔導研究の嚆矢となったといわれている。
その才覚は魔導にとどまることなく、哲学、自然科学、政治、軍事あらゆる面に発揮された。
そのあふれる才覚と魔導の力でもって、メガデスはアクラシア大陸に覇を唱えるべく兵を起こす。
魔族を召喚し、ゴーレムを操り、彼の作り上げた強大なる軍隊は戦乱のさ中にあった大陸に点在する有力勢力を次々と併呑。
ついには、大陸の支配者の証である“金剛石の玉座”をも手中に収め、ついには王の中の王、
戦乱の世を終結に導いたメガデスであったが、しかし彼の治世は長くは続かなかった。大陸の支配者となって程なく、メガデスは暴政を振るう。
民を虐げ、意にそぐわぬ者たちを次々と殺害、諫言する臣下を追放し、ついには神殿を焼き払う暴挙までに至った。
暴虐の限りを尽くすメガデスであったが、その覇業に立ちふさがる勇者が現れる。
名を、ライオットという。
龍殺しでその勇名を挙げたライオットは、虐げられた民衆を救うためにメガデスの圧政に敢然と立ち向かった。
高潔にして慈悲深き勇者の下には、多くの英雄、豪傑たちが集い、やがて反乱軍の編成へとつながってゆく。
ライオットの放った反乱の火の手は、燎原の火のごとく大陸中を覆いつくした。
その勢いはとどまることを知らず、ついには魔王の居城であるダーク・パレスまで達した。
●
燃えさかる街並みを、魔王は眺めていた。
魔王城ダーク・パレス。
その中枢である謁見の間に、魔王メガデスはいた。金剛石の玉座に腰掛け、築き上げた王国が崩壊していく様を、その深紅の瞳で、瞬き一つせずに見つめる。
破壊と殺戮。
怒号と悲鳴。
城外に繰り広げられる惨劇は、覇道を歩む魔王にとっては見慣れた風景であった。
傍らに侍る兵士たちの姿は、すでにない。
相次ぐ離反により、メガデス率いる魔王軍はすでに瓦解状態にある。
着実に押し寄せる破滅の瞬間を前に、しかし魔王のその口元には笑みすら浮かんでいた。
メガデスにとってみれば、王国の崩壊など星の瞬きほどの価値しかない。
盛者必衰。
悠久の時を生きる彼にとって、国家の興亡など星の輝きほどの価値しかない。
やがて、遠くから足音が聞こえて来た。
乱戦の隙を突いて、先発部隊が城内に突入して来たのだろう。城内に響き渡る足音は一直線にこちらに向かって近づいてくる。
「……来たか」
すでに、準備はできている。
メガデスの右手には、魔導文字を刻印された杖が握られていた。
高位魔導士であることを示す、滑らかな光沢を放つ漆黒のローブにその身を包み、その所々に装身具が輝いている。
それらの装飾品は、魔導の力を増幅する魔具であり、魔導士の戦装束である。
やがて、部屋の前で足音が止まる。
同時、突き破るような勢いで扉が開け放たれた。
金剛石の玉座に腰掛けたまま、メガデスは侵入者たちを出迎えた。
「……よく来たな。反徒どもよ。歓迎しよう。招かれざる客人たちよ」
扉をくぐり、部屋に入って来たのは、四人。
その一人一人に、魔王は視線をめぐらせる。
「きさまが竜騎士、スチールハートか?」
一人は、甲冑姿の騎士。
全身を覆う、金色色の甲冑を身にまとい、右手には身の丈ほどもある騎兵槍。左手には盾を携えている。
重量級の武器と甲冑は、相当な重量があるはずなのだろうが、その姿勢に乱れはない。
頭部は龍をあしらった大兜で覆われていた。
顔面をくまなく覆う面頬からは、炯々と輝く眼光が覗いている。
「貴公の武名は聞き及んでおるぞ。一騎当千、万夫不倒の戦士だそうだな。グーラ攻城戦における獅子奮迅の戦いぶりは、わが軍でも語り草よ。天晴。敵ながらまことに天晴であるぞ、スチールハート」
「…………」
竜騎士スチールハートは、答えない。
ただ静かにたたずみ、メガデスの言葉に耳を傾けていた。
「聖女、ミッドレイク」
一人は、僧服を着た修道女。
純白の僧服には金糸で聖印が刺繍されている。
その精緻な刺繍から、彼女が教会でも高位の役職にあることを示していた。
右手には、金色の錫杖を手にしている。
柄頭に宝石がちりばめられたその錫杖は、強大な魔力が付与されていることは明らかであった。
その半顔は黒いベールで被われており、薄く紅を指した口元だけが露になっていた。
「久しいな、魔女よ。魔王の名付け親よ。大聖母教会の教主という立場を利用し、平和の名のもとに民衆をたぶらかし、いったいどれだけの民を血の海に沈めたというのだ。このあばずれめ!」
「…………」
聖女ミッドレイクは、答えない。
ただ静かにたたずみ、メガデスの言葉に耳を傾けていた。
「魔導士、スカイクラッド」
一人は、ローブをまとった魔導士。
右手には賢者であることを示す杖が握られていた。
光沢のある漆黒のローブの上には、メガデス同様、数々の装飾品で飾られている。
その顔は目深にかぶったフードに覆われていた。
「いや、今は賢者スカイクラッド、と呼ぶべきか。よくもまあ、おめおめと顔を見せられたものだな? 我が弟子よ。何も知らぬ未熟者だったお前に、一から魔導を教授し、我が王国の重臣として取り立ててやった恩を忘れ、今では反乱軍の参謀だと? 恥知らずの裏切り者め!」
「…………」
賢者スカイクラッドは、答えない。
ただ静かにたたずみ、メガデスの罵声を受け止めていた。
「そして、勇者、ライオット」
最後の一人は、長身の青年であった。
軽装鎧に身つつみ、その手に携える武器は長剣のみ。
兜もつけておらず、癖のある金髪に、意志の強そうな顔立ちをさらしている。
「しばらく見ないうちに、随分と変わったではないか? 辺境の百姓からよくぞここまで成り上がったものよ。いや、成り下がったというべきかな? おとなしく畑でも耕しておればよいものを、勇者などとおだてられ、今では反徒の首魁とはな。身の程知らずの若造が、我が覇業を阻もうとは愚か者め!」
「…………」
勇者は、答えない。
ただ静かにたたずみ、その瞳でメガデスをねめつけていた。
彼ら四人は、反乱軍の中核。
勇者ライオットとその仲間達である。
王と王国に歯向かう反逆者たちに向かって、魔王メガデスは叫んだ。
「そろいもそろって、いまいましい! 実に度し難い! このメガデスを、よくもここまで追いつめてくれたものよ。しかし、貴様らの命運もここまでだ!!」
ローブを翻し、玉座から立ち上がると、勇者たちに向かってメガデスは吠えた。
「我こそが王! 我こそが国よ! 我がいる限り、王国は滅びぬ。かくなる上はこのメガデス、自らの手によって、貴様等を縊り殺してくれるわ!!」
かくして、魔王と勇者。
二人の雌雄を決する戦いは始まった。
戦端の口火を切ったのは、メガデスの魔導だ。
野獣のような雄たけびと共に、呪文を唱える。
「《奈落》より来たれ! 黎明の道化。猛き犬馬を以って、高山を穿て!」
杖の先端から放たれた、必殺の攻撃呪文が勇者を襲う。
すかさずに、傍らにいた竜騎士が動く。
全身甲冑を着ているとは思えない素早さで、勇者の前に出ると、スチールハートは盾を構える。
身の丈ほどもある長大な盾に、メガデスの攻撃呪文が炸裂する。
竜騎士の盾は、強力無比な魔導を受けて微動だにしない。
スチールハートが攻撃呪文を抑え込んでいる間に、聖女ミッドレイクが呪文を放つ。
「聖讃書。5:25。祈りの言葉は、彼の者の砦となる!」
聖女を中心に、神聖魔導による防御呪文が展開される。
大地母神の加護は、勇者たち肉体を防御するとともに、癒しの力を与える。
布陣が完成したところで、賢者スカイクラッドの呪文が放たれる。
「《仙境》より来たれ、雨水の墨客! 愚情の耽溺ありて、矧を複せ!」
メガデスに向かって、攻撃呪文が炸裂する。
賢者の放った必殺の攻撃呪文を、すかさずメガデスは防御する。
「小癪な!」
右手を横に振り払う、その動作だけで攻撃呪文は無力化された。
スカイクラッドの放つ呪文は、メガデスに傷一つ与えることはかなわなかったものの、次の攻撃へとつながる牽制にはなった。
動きを止めたメガデスに、長剣を振りかざした勇者が肉薄する。
「はあっ!」
迫りくる長剣を、メガデスは右手に持った魔導士の杖で受け止める。
魔導士であるメガデスであったが、戦士としても一流であった。
自らの力一つで兵を起こし、常に戦いの最前線に身を置いてきた。
戦場で鍛えた戦技は、一流の戦士に遜色ない。
右手に構えた杖で剣を受け止め、空いている左手で勇者の顔面を殴打する。
「ふんっ!」
勇者の右頬に拳は、
しかし、勇者はびくともしない。
ダメージを受けたのは、むしろメガデスの方だったろう。
砕けた左拳の痛みに、メガデスが顔をしかめるその隙に、ライオットは後方へと下がる。
「おのれ、勇者! 猪口才な!!」
再び、戦いは四対一となった。
メガデスの放つ攻撃呪文は、スチールハートが防ぎ。
傷付いた体は、ミッドレイクが癒す。
そして、スカイクラッドは前衛の竜騎士と勇者に対し援護呪文をかけつつ、メガデスに向かって牽制の攻撃呪文を放つ。
それら全ての技、呪文の一つ一つが高度に錬成された戦闘技術であった。
ここにいるのは、大陸でも最高の戦士、魔導士である。
達人たちの繰り出す技の饗宴は、いっそ美しいとさえ思えた。
永遠に続くと思えた死の舞踏も、着実に終焉へと向かう。
魔王といえども、多勢に無勢。
四対一の戦いは、無尽蔵とも思える魔王の魔力を着実に削っていった。
身に着けた装身具も、輝きを失ってゆく。
やがて、終焉の時は訪れた。
蓄積された疲労によってできた、魔王の隙。
その一瞬の隙をついて、勇者が動く。
「魔王メガデス、覚悟ッ!」
腰だめに聖剣を構え、体ごと魔王に向けて突進する。
防御を無視した捨て身の一撃。
勇者の手にしているのは古今無双の業物、聖剣バウンティ・ブレード。
その切っ先は、杖を断ち切り魔王の胸を捕えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
断末魔の悲鳴が、城内に響き渡る。
聖剣の剣先は、魔王の心臓を貫き背中へと抜けた。
並の人間であれば、それだけで致命傷である。
しかし、王としての矜持か、それとも勝利への執念か。
心臓を深々と貫かれた魔王はそれでも、倒れることはなかった。
「……おのれ、勇者よ」
口から吐き出す血とともに、メガデスは怨嗟の言葉を吐き出した。
「口惜しや。我が野望、ここで潰えるとは、口惜しや。……しかし、これで終わりではない。断じて終わりではないぞ! 勇者ライオット!! 幾星霜、幾年月が経ようとも、必ずや我は蘇る! この世に魔導の力を求める者達がいる限り!! わが命は永久にある!!」
そして、魔王はくずれるように倒れ伏した。
傷口からあふれ出た血が、花弁のごとく床に広がる。
血の海の中、それでも魔王の怨嗟は止まらない。
「……また会おう、勇者よ。永劫の時の彼方。遥かなる地の果てで。我が魂が、現世(うつしよ)に帰参するその時まで、せいぜい安寧を謳歌しているがよい」
かくしてメガデスは、死んだ。
大陸に未曾有の災厄をもたらした魔王は、その最後の瞬間まで世界を呪い息絶えた
魔王の死とともに、王国は崩壊する。
同時に、後に暗黒時代と呼ばれる戦乱の時代も終焉を迎えた。
そして大陸は、新たな時代を迎えることとなる。
恐怖と抑圧の時代から、自由と繁栄の時代へ。
戦火に焼かれた大地は再生し、人びとは新たな生命を育んだ。
砂礫のごとく積み重ねられる時の流れは、人びとから魔王メガデスの名を、否応なく忘却の彼方へと押しやろうとしていた。
そして、百年の時が過ぎた。
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