「黒のシャンタル」初稿置き場

１４ 行くか戻るか（初稿）

文字数が少なかったのと、冒頭のダルの言葉がダラダラ長く続いて読みづらかったので、分けて会話部分をもう少し深く踏み込んだ形にしてみました。

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「だからさ、もう隠さないでくれよ。俺がもしもトーヤの立場だったらって考えたら、そりゃ辛いよ。逃げたくなるよ。託宣（たくせん）だ託宣だ、天が遣（つか）わしたんだって大騒ぎしてさ、それにのぼせ上がってたんだよ、俺も、みんなも。そう言われてるトーヤの気持ち、誰も考えることがなかったと思う。それに今まで気が付かなかった、すまなかったと思ってる。俺なんかさ、トーヤのおかげで宮にまで出入りできてシャンタルやマユリアにもお目にかかれて、それどころかマユリアには直々にお声もかけていただいた、光栄だ、うれしいばっかり思ってた。本当に自分だけだよな……それにミーヤさんだって服まで準備してくれて、フェイちゃんも兄貴みたいにしてくれてさ、俺、末っ子だから妹ほしかったし、それもうれしかったんだよ」

「はっ……おじさんだろうが」

「だから、おじさんじゃねえって！」

　トーヤは力なく、ダルはほがらかに笑った。

「んで、どうすんだ？」

　トーヤが聞く。

「何がだ？」

「この後だよ」

「この後って？」

「俺のこと、どうするつもりだよ」

「何もしないよ」

「何もっておまえ……」

「何も変わらないからな。何があってもトーヤは俺の友達じゃねえかよ、この先も何があってもそれは変わらねえからな？」

「おまえと同じこと言ったやつがいるんだよな……」

「え、誰？」

「ミーヤだよ……」

　トーヤは続ける。

「自分が俺の立場だったらって、それ気付いてやれなくて悪かったってな。同じこと言ってたんだよ、あいつ……」

「そっか……」

　２人とも言葉がなく波の音だけがいつまでも行き来する。

「んで、どうすんだ？」

　今度はダルがトーヤに聞いた。

「どうすっかなあ……」

「行くなら本当、今の間だぜ？」

「ん……」

　トーヤが黙り込む。

「早く決めねえと行くにしても戻るにしても朝になっちまう」

「ん……」

　また沈黙。

「やっぱ、行けねえわ、俺……」

「なんでだよ？」

「なんでだろな……」

　トーヤが苦笑する。

「正直に言うが、俺もお前を気に入ってる、友達だと思ってる」

「ありがとうな」

　ダルがちょっと恥ずかしそうに礼を言った。

「だから迷惑かけたくないって気持ちも本当だ」

「うん」

「逃げたいって気持ちもある」

「うん」

「それとな、ずっとここで今のままいられたらって気持ちもある」

「うん」

「どうすっかなあ……」

「なんだよ、まだそれかよ」

　言いながらダルの顔がクシャっと歪（ゆが）んだ。

「なんだよおまえ」

　びっくりしてトーヤが言う。

「早く選べよ、行くのか戻るのか！」

　言いながらダルが横を向いた。肩が震えている。泣いているらしい。

　トーヤは胸が締め付けられた。

　出会った時、ちょうどいい相手が見つかったと思った。

　人のいい相手だ、色々利用できると思った。

　思った通りにダルは使える人間だった。

　だが、気付けば自分もダルを気に入ってしまっていた。

「分かった、決めた……」

「そうか……」

　トーヤはダルの後ろ姿に声をかけた。

「ダル」

「なんだよ」

「今までありがとうな……」

「そか……」

　なんとなくダルの背中が丸まったように見えた。

「そんで……」

「うん」

「もう少しよろしくな」

「は！？」

　ダルがぐるっと振り向いた。

「なんだよ、決めたんじゃねえのかよ！行くんじゃねえのかよ！」

「今は行かないことに決めたんだよ」

　トーヤが答える。

「なんでだよ、ばっかじゃないか？」

「勘違いするなよな」

　すでにいつものトーヤに戻っている。

「今は行かないって言ってるんだよ、いつかは行く」

「なんで今じゃないんだ？」

「なんでだろうな……」

「俺たちに迷惑かけるから、ってのはなしだぜ？そんなんでやめられてもうれしくねえからな？俺も、そんで多分ミーヤさんも」

「それも全くないことはないけど、それだけじゃない」

「だったらなんで……」

「なんでだろうな……」

　トーヤが自分の気持ちを探るように言葉を探す。

「すっきりしねえんだよな」

「は？」

「そもそも助け手ってなんだ？」

「ああ、シャンタルの託宣か」

「そうだ」

「それがなんだか分かんねえから逃げたいと思ったんだよ」

「そうなのか」

「ああ。だけどな、今はそれと同じぐらいそれが何か知りたいとも思ってる」

　トーヤが続ける。

「ミーヤにな、生贄だと思ってるのかって聞かれた」

「なんだよそれ」

「死刑前の囚人にたらふく食わせたり、生贄にする前のやつに贅沢（ぜいたく）させたりするってのがあるだろ？まるでそれだって言ったことあるんだよな」

「それは、そういうのはなんか聞いたことあるけどさ」

「だろ？だからそう言ったら、もしもそんなことがあるなら命をかけて守るって言われた」

「ミーヤさんが？」

「ああ、たまんねえ殺し文句だよな」

　トーヤがくしゃっと笑った。

「ルギのやつは俺の監視だと思う」

「誰がそんな」

「マユリアが供に付けるって言ったんだがな、そんだけとはとても思えねえ。それにミーヤとフェイも毎日のことを報告するように言われてるらしい」

「そんな……」

　ダルは信じられないという目をする。

「宮が、シャンタルやマユリアがそんなことするわけないよ！」

「そこなんだよな。俺はさ、おまえらと違ってよそから来た人間だ、簡単にそう思えねえからそのうちそれこそ生贄にされることもあるんじゃねえかって不安なんだよ」

　トーヤの本音を聞いてダルは息を呑んだ。