異世界から来た聖女ではありません!

五色ひわ

本編

プロローグ

 眩しい光に包まれたと思ったら、ひんやりとした床に倒れ込んでいた。


 ここはどこ?


 石で出来た床をよく見ると、魔法陣が描かれている。焦げ付いたような灰で描かれた魔法陣。私の知識が間違っていなければ、魔法は発動済みだ。おそらく……


「やったぞ!」


「召喚成功だ!」


 部屋が歓声に包まれて、私は慌てて周囲を見回した。黒いローブを着た男たちが感動を分かち合っている。握手をしたり、抱きしめ合っている者までいた。


 その中でたった一人だけ、険しい表情で私を見つめる者がいる。私は負けないように、こちらを見つめる美しい青い瞳を睨みつけた。


 正面に立つその男は、ひと目で魔力を使いすぎたと分かる真っ青な顔をしている。それなのに私と目が合うと、一瞬も怯むことなく微笑みを返してきた。裏のなさそうな優しい笑顔が逆に怖い。


「本当に異世界から聖女様がお越し下さった!」


「異世界召喚の成功だ!」


 異世界?


 私ははしゃいだ声を上げる魔導師たちを見て、心の中で疑問の声を上げる。魔法陣の中心にいるのは私だ。彼らが異世界から召喚したと言っているのは、私のことだろう。 


 私は魔導師たちが着ているローブをじっくりと眺めた。彼らのローブには、見慣れたフルーナ王国の紋章が入っている。毎日のように見てきた紋章だ。見間違えるわけもない。


 それに何より目の前に彼がいるのだ。ここが私の生まれ育った世界であることは疑いようもなかった。


「さすがは殿下だ」


「我々は歴史的瞬間に立ちあったのだな」


 魔導師たちは、フラフラとこちらに歩いてくる彼を賞賛している。やはり、彼が私を召喚したらしい。


「聖女様? 我々の言葉がお分かりになりますか?」


 魔導師の一人が私にゆっくりと語りかける。


「問題ないわ。だって……」


「聖女様は、突然の召喚に動揺されているようだ。あとは、私が代表して話を聞こう」


 彼の声が、真実を告げようとした私の言葉を遮る。大きな声ではないのに威厳に満ちていて、私は何も言えなくなった。彼は私に喋らせたくないらしい。


 なぜ?


 私が動揺している間に、彼に抱き上げられた。不安定な状態に慌てるが、青い瞳に見つめられて、降ろしてくれという言葉が出てこない。


「少しの間、我慢しろ」


 彼が歩き出すと、先程まで子供のように騒いでいた魔導師たちが、思い出したかのようにこうべを垂れる。私は彼に抱き上げられたまま、魔導師たちの間を通って部屋を出た。


 異世界から来た聖女ではありません!


 その言葉を魔導師たちに伝えることは叶わなかった。

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