【緊急オフコラボ】後輩が家にやってきた【一ノ瀬柚子/茜坂マリ】
「わ た し が き た !」
『きちゃ!』『待ってた』『わこつです~w』『キャーマリチャーン』『つよそう(小並感)』『勝ったな(確信)』『わ た が し き た !』『オフコラボありがとう』『生きがい』『何気にあんまなかったマリゆずオフコラボ』
「おーおー、みんな盛り上がってるねぇ! これはマリちゃんも負けてられない! このままエンジン全開でぶっ飛ばしていくぜい!」
「それ以上うるさくしたら家から摘まみ出すわよ」
「はい、というわけでね」
『エンジン全開のマリちゃんはどこ? ここ?』『そんなものはない(腹パン)』『保護者きちゃ!』『えー現在時刻は夜の8時』『うーん、そろそろいい時間』『騒いだら完全に近所迷惑なんだよなぁ』
「そうだぞー? もういい時間なんだから、この枠を見る時は部屋を明るくして画面から離れて見るんだぞ?」
「騒ぐなって話から逸れてない?」
「まぁどっちも大切ってことですよ~」
「……さて。なんか知らないけどオチがついたから、いい加減始めていくわよ」
「いえーい!」
「うるさっ。だから……騒がないで貰える? ただでさえ近くて鬱陶しいのに、耳元で大声出すようなら本当に帰ってもらうわよ?」
「へへっ、すいやせ~ん」
『は? いちゃいちゃしないでもろて』『柚子ちゃん家の壁になりたいだけの人生だった』『じゃあ俺は観葉植物』『床は貰った!』『床になりたい兄貴はマゾヒスト?』『なんだかんだ言いつつ柚子ちゃんは追い出したりしない、俺は知ってる』『お前は誰やねん。でも俺も知ってる』『多分みんな知ってるゾ』
「とかコメントでは言ってるけど、どうする? そろそろ追い出されてみる?」
「流石にそろそろ夜は冷え込んできてるんで、ちょ~っと遠慮したいなぁ?」
「なるほど。じゃあ、追い出す時は前みたいに夏場にでも追い出してあげるわ」
『マリちゃん前科あって草』『いや、追い出されたことあるんか~いw』『夏場は逆に夜でも暑くて地獄なんだよなぁ』『夜だから街灯とかに虫が群がるしな』『最近は四季(大嘘)だし、家無いからこれから冬本番なのに大変だわ』『ホームレス兄貴!?』
「いやー、もうあれは勘弁してほしいな~ってマリちゃんは言ってみたり」
「だったら、ちょっとは大人しくしてなさいっての。……はい、それじゃあ今度こそ始まりました今回の生放送。お送りするのはチャンネル主である私、一ノ瀬柚子と」
「ゲストの茜坂マリでお送りします……はじまるよ!」
◇
「そろそろいい時間ね」
「あらら、ほんとですねぇー。今日は突発オフだったし、本番は明日だから……今日はここまでかな?」
「あんまり夜遅くしない為にちょっと早めに枠取ったから、これで長くやっても仕方ないし……終わりましょうか」
『いかないで』『マリゆず成分補給完了!』『明日はユキはやもあるぞ!』『えっ、いいのか!?』『どうでもいいけど、《ユキはや》じゃなくて《はやユキ》な。どうでもいいけど』『オタク君急に早口になるじゃんw』『実はゆずマリ派です(小声)』『柚子ちゃんは右固定って小学校で習わなかった???』
「まだまだコメントは盛り上がってるけど、さっきも言ったように本番は明日だから!」
「明日は私の枠で私、茜坂マリ、灰猫ユキ、早川はやての4人でオフコラボをするから、是非ご視聴ください。時間は午後の14時からです」
「いつもの柚子ちゃんパイセンの日曜昼枠に比べると、ちょ~っと遅いけど……なんと午前は4人でダブルデートをしてから、その後はランチの予定があるのでごめんね~!」
「それではこの配信は、メモリーズ所属の一ノ瀬柚子と」
「茜坂マリでお送りしましたー! また明日ね~!」
「……よし、これで配信は終了ね」
「お疲れ様です」
「お疲れ。って、言うほど長くやったわけじゃないけど、とりあえずね」
エンディングが流れ終わり配信終了を確認すると、それと同時に『茜坂マリ』のスイッチも切れるのを自覚する。
『茜坂マリ』は理想の自分だ。
年上の先輩にも物怖じせず、同い年の同期とも壁を作る事のない存在。
リアルの『ひまり』じゃできなくても、バーチャルの『マリ』ならできる。
逆に、『マリ』にできなくて『ひまり』にできる事は特に思いつかない。
私は現実世界に生きていながら、バーチャル世界に作った仮想の自分に劣っている。
「あの、これからどうしますか?」
「そうね……寝るにはいくら何でもまだ早いし、かと言って特に何かする事があるわけでもないし。なんとも贅沢な悩みだわ」
「……そうですね」
ほら、配信が切れただけでこれだ。
そうですね、じゃないだろう?
私は何の為に来たんだ?
ただ柚希先輩の家に泊まりに来ただけか?
「……違う」
「ん? どうしたの、ひまり。何が違うって?」
過去が、すぐそこまで迫っている。
かつて柚希先輩の隣に立っていた人が、再び姿を見せようとしている。
柚希先輩はどうしたいんだろう。
もう1度、あの頃のように戻れたらと思っているのだろうか……思っているのだろうな。
零那先輩がいなくなった直後の柚希先輩は、とてもじゃないけど見れたものじゃなかった。
1番近くにいた人を失った直後にも関わらず、いなくなったその人は全てを柚希先輩に託して――託したなんて綺麗な言葉なわけがあるか。
あれは押し付けだ。
柚希先輩が断れるわけがないと知って、あの人は押し付けたんだ……!
口では文句も言うだろうし、きっと不満だという態度を示すだろうけど……それでも断らないなんて零那先輩が知らないわけがない。
だって柚希先輩がそういう人だって、私ですら知ってるんだから。
「あ、ひょっとして贅沢な悩みだって事に対して違うって言ってるわけ? でも、空いた時間ができるっていうのは贅沢よ? 貧乏暇なしとも言うじゃない」
「…………柚希、先輩」
手を取ったふりをして傷付けられて、断れないと知りながら負担を押し付けられて……それでも、柚希先輩は零那先輩を諦めてなかった。
許せなかった。無力な自分が、再びあの人の後輩となれて喜んでいた自分が、違う世界で違う姿と名前を手に入れただけで変わったと思い込んだ自分が。
零那先輩がいなくなった事に喜ぶ自分が嫌いだ。あの人を隣で支えてあげたいという思いが、邪魔な女がいなくなって清々したという思いだと知ってしまうから。
零那先輩がいなくなった事に悲しむあの人が嫌いだ。なんで自分を捨てた人を未だに想っているんだ、もっと近くに貴女を想っている女がいるのに。
身勝手な零那先輩が嫌いだ、そんな零那先輩を想っているあの人が嫌いだ、勿論あの人を想っている自分も嫌いだ…………想い人の幸せを喜べず、不幸に喜ぶ自分が1番嫌いだ。
そして、過去は今、現実になろうとしている。
だとしたら、私が過去を捨てるのは――今しかないんだ!
私は『ひまり』で、私は『マリ』だから。
現実世界の私は、決して仮想世界にも劣っていない!
「柚希先輩、最近、何か悩み事……ないですか?」
「悩み? ……さぁ、特には思いつかないわね」
「そうですか……じゃあ、最近ちょっと暗く感じたのは、私の気のせいだったんですね」
「私が暗い? ちょっと、ひまりったら私に対して過保護じゃない? この間だって、急にチャットで悩みあったら聞くなんて送ってきたし」
「すみません……柚希先輩が、零那先輩が帰ってきたと聞いたようなので。つい」
柚希先輩の、ここまで目を見開いて動揺している顔は初めて見た。
初めて会った時から年上の、ちょっと口うるさいけどお節介焼でかっこつけな先輩のイメージしかなかったから。
でも、これでようやく私が状況を知っているという事を知ってもらえた。
一体、何に悩んでいるのか知らないし、本当は部外者な私は完全に余計なお世話だろうけど……今回だけは逃げるつもりは無い。
また知らないところで傷付けられて終わってたなんて、そんな結末を許すものか。
交ぜる気が無いなら自分から飛び込んでやる。
「……そう。ひまりも聞いたの」
「はい。頼み込んだら、リンゴンが教えてくれました」
「そう、そう……そう、ね」
「悩み事、零那先輩に関係してますよね? 今度はどうしたんですか? 私が、何か力になれる事はないですか……?」
「あぁ、零那ね……うん、確かに関係している事もあるわ。でも、それだけじゃないの」
「それだけじゃ、ない?」
「そう、それだけじゃない……私ね、先週の日曜日に事務所へ行ったの」
「はい」
「そこで、零那と会ったわ」
あぁ、もう既に遅かったのか。
柚希先輩は、もう既に零那先輩から傷付けられてしまったのか。
先週は予定が入ったから昼からの定期配信が出来ないと、その代わりに少し遅れて枠を取ると言っていたけど結局都合が合わないから無しになったとしか言っていなかったけど。
私が送ったチャットは、無駄だったのか……!
「そこで、何があったんですか……?」
「私はその日、メモリーズ運営に会議を行うから直接事務所に来て欲しいと呼び出されたわ。そこで起きた事は、言えないけど」
「それは……私が役立たずだから」
「じゃなくて、普通に考えて会議の内容なんて話せるわけがないでしょう? まぁ、会議の内容は今そこまで関係無いから置いておくにしても……そこで色々あってね」
「それを! それを、私に話してほしいんです……!」
「だから、言えないのよ」
「なんで! 私は、私は……ただ柚希先輩が何に悩んでいるのかを知りたくて……! 貴女が苦しんでいる姿なんて見たくなくて……それで……!」
「ひまり……」
駄目だ。
泣くな、泣くな。
私は『マリ』だから、『ひまり』になっちゃ駄目だ。
名前を呼ばれて揺らいだけど、踏ん張らなくちゃ。
私が泣いて何になる? 泣きたいのはあの人の方だろう?
「もう、何も出来ないで終わりたくないんです! あの娘に対しても、貴女に対しても何もできなかった私が嫌で仕方ないんです! 本当に少しでもいいんです、どんな事でもいい……何かできる事はないですか!? うざったいのは百も承知です! それでも、それでも……私は……もう、後悔だけはしたくないんです!」
「ひまり、あなた」
「お願いです、お願いです……」
「……ふふっ。相変わらず泣き虫なんだから」
ひどい。
今も昔も泣いてなんかないのに。
泣いちゃ駄目なのに。
私よりもっと泣きたい人がいるはずなのに。
なのに、なんで。
「……なんで、笑ってるんですかぁ」
「別に。笑ってなんかないわよ……ふふっ」
「うそつき」
やっぱり、柚希先輩は笑ってる顔が1番似合う。
私の顔なんか見て笑ってくれるなら、笑われてたっていいや。
……だって、柚希先輩の笑ってる顔なんて久しぶりに見た。
「あのね、ひまり。私、今とても悩んでいる事があるの」
「はい……」
「でもね、それをあなたに言う事はできない。なぜならこれは、私がこれからどうしたいかという事だから……私が決めるべきなの」
「それでも、相談くらいはいいじゃないですかぁ」
「そうね、もしかしたら相談くらいはするかもしれない。でも自分の人生の事は、最後に決めるのは自分自身じゃないといけないから。ひまりにも、零那にも、他の誰にも決めさせるわけにはいかないの。そうしないと私は、今まで生きてきた私を否定する事になってしまう」
たくさん傷付いたはずなのに、柚希先輩はどこまでも前を見ていた。
かっこいいと思った。追いつかれた過去に抗おうとするその姿勢が。
敵わないと思った。結局、私なんかにできる事は何1つなく今回も終わってしまいそうで。
そしてやっぱり、私が恋焦がれ憧れた人は……とても素敵な人だった。
「だからね、ひまり。ちょっとだけ待ってて。もし助けが必要な時には、あなたを呼ぶから……その時はお願いね」
「はい……! はい……!」
「あーほら、そんなに泣かないの! まったく……ちょっとはかっこよくなったと思ったのに、鼻水垂れてきたら台無しよ?」
「えっ、私が、かっこいい……? ……ていうか、鼻水なんて垂らしてません!」
「はいはい、さっさと顔洗ってきなさい。私は先に布団の準備しておくから」
「うそ、鼻水……ていうか、かっこいいって何? 誉め言葉? う、嬉し……くは、ない」
「せっかく一緒の布団で寝てあげようと思ったのに、鼻水まみれの人とはお断りだからね?」
「えっ、柚希先輩と、い、一緒の布団で……?」
「さっきあんたも言ってたでしょ、そろそろ夜も冷えてきたから。ね、ちょうどいいじゃない?」
どうやら、明日のオフコラボは睡眠不足が確定したようで……なんて。
「わわわわかりました今すぐ顔洗ってきます!」
「はいはい…………ありがとね、ひまり」
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